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三十六、推しからのご褒美
しおりを挟む「・・・・・オリヴェル様。またもお手数、ご負担をおかけすることとなり、真に申し訳なく」
帰り道。
トールと別れてから、デシレアは隣を歩くオリヴェルにそう切り出した。
「忙しくなるのは君だ。それに俺も、結婚記念としてその年数に合わせた仕様の装飾品を贈るというのは、なかなかいいと思っていたからな」
「そうなのですか?」
「ああ。それより、今日は随分令嬢然としていたな。伯爵令嬢らしかったぞ」
揶揄うように言われ、デシレアは小さく拳を握る。
「私が侮られて、モルバリ様にご迷惑が掛かってはいけませんからね。お出かけ仕様で頑張りました」
「ありがとう。お蔭でトールも、納得のいく贈り物が出来ると喜んでいた」
「お役に立てたなら、何よりです」
ほっとしたように胸を撫でおろすデシレアをちらりと横目に見て、オリヴェルは何となく息を整えてから、用意の言葉を音にした。
「そこで、だ。その礼と、今日頑張った褒美など、どうだ?」
「どうだ、って。それって、私にご褒美くれるってことですか?」
「ああ」
「嬉しいです!何でもいいですか?」
「ああ、いいぞ・・・では、取り敢えず貴族街までもど」
「なら、行きたいお店があります!」
言いかけたオリヴェルの言葉に被せるように言って、デシレアは満面の笑みを浮かべた。
「おかしい・・・」
こんな筈では、と小さく呟くオリヴェルの横で、デシレアは嬉しそうに街中を見渡す。
「オリヴェル様、すっごく人目を引いていますよ。注目の的です。熱視線たくさん。庶民にも知れ渡っている有名人だから、というのもありますが、やっぱりこれだけの美しさ、格好よさだから。ほら、あの女性など振り返ってまで・・・!」
「俺の顔が庶民にも広く知れ渡ったのは、君のせいでもあると思うが」
「凱旋の時のオリヴェル様、格好良かったですものねえ」
「ひとの話を聞け」
「あっ、分かりました!私最近王城へ行くと、何となく見られているな、と思うことが増えたのですが、私がオリヴェル様の婚約者だって、認識されるようになったからなんですね。はあ、納得」
デシレアはそう言って笑うが、その実オリヴェルが媚薬を盛られた際に『娼婦は不要。邸に帰ればデシレアがいる』と断言したこと、その後すぐに瞬間移動で私邸へ戻った、その後を想像されてのことなのだが。
「まあ、その認識も間違いではない、が」
オリヴェルの婚約者として、デシレアが認識されていることは確かだが、周りが注視しているのは、熱い夜を過ごしたに違いない、と想像されているからだとは口にし難く、それでも何とか伝えようとオリヴェルが言葉を選んでいる間に、元気よく歩いていたデシレアの足が止まった。
「その。あの夜、俺達が、実質夫婦になっ」
「あ、オリヴェル様!こちらのお店です。飴がとってもおいしくて、子どもの頃からのお気に入りなのです・・って、どうしました?」
「はあ・・・何でもない」
今一つ噛み合わない会話にため息を吐き、オリヴェルはその店を見あげた。
「こういう店に入るのは、初めてだな」
恐らく余り貴族は訪れないだろう、その素朴な佇まいを珍しく眺めている間に、デシレアは慣れた様子で扉を開けて入って行く。
「モアさん、こんにちは!」
「おや、デシレア!久しぶりじゃないか。元気にしてたかい?」
そうこうするうちそんな会話が聞こえて来て、オリヴェルも遅ればせながらデシレアに続いて、人が五人も入ればいっぱいになってしまいそうな店に入った。
「公爵様のご子息様と婚約なんて、いじめられたり・・・ひぃっ!」
「いじめてなどいないから、安心してくれ」
「そうよ、本当によくしていただいているの。今日も、頑張ったご褒美をくれるって」
「しっ、失礼なことを申し上げ、まっ、まことに・・・」
「気にしていない。むしろ、デシレアを気に掛けてくれて、嬉しく思う」
オリヴェルに言われ、モアの口元に笑みが浮かぶ。
「当たり前だよ!じゃなかった・・でございます。デシレアとは昔っからの付き合いなんだか・・ございますから?」
「気楽に話ししてくれて構わない」
「で、ですが、公爵様のご子息様に・・・」
「大丈夫よ、モアさん。オリヴェル様が、いいと言ったのだから」
「そうかい?」
「うん。後から、やっぱり許せない、なんて理不尽なこと、オリヴェル様は絶対に言わないから平気。私が保証する。で、りんご飴くださいな」
お出かけ仕様から、すっかり庶民仕様になったデシレアが嬉しそうに注文する傍で、オリヴェルはふとそれに気づいた。
瓶に入れられた、幾つもの紅茶色の飴が、デシレアの瞳のように陽に輝く。
「でも、何だか可愛いねえ。ご褒美がりんご飴だなんて」
「そうよ。オリヴェル様は、美しくて格好良くて可愛いの!」
「ああ・・・。こちらも貰えるか」
「おや、まあ」
デシレアの言葉に遠い目になったオリヴェルを見て、モアは何かを悟ったように苦笑した。
「オリヴェル様。紅茶の飴ですね。それもおいしいですよ」
「陽に当たって輝く様が、君の瞳のようだったから」
今も能天気に、オリヴェルの前でにこにこ笑っているデシレアには、はっきり言わなければ通じない。
本当なら、ドレスでも宝石でも買う予定がりんご飴になったオリヴェルは、思い切ってそう口にした。
人生初の試みに、耳がやけに熱い気もすると思いつつ、じっとデシレアの瞳を見つめて言い切った。
「え?オリヴェル様。それって私の目がおいしそうだって、見る度思っていたってことですか!?確かに紅茶みたいな色ですけれども!」
「・・・・・」
「ああ、その。ご子息様。こんな子ですけど、ほんっとうにいい子なんで」
「それは、知っている」
「鈍いのも、愛嬌ってことで」
「そうか?・・・まあ、そうか」
何だかんだ納得し、気を取り直して会計をする際、オリヴェルはその金額が、表示してある価格に対して足りないことに気づく。
「料金が、合わないようだが」
「ああ。デシレア価格だからね。これで大丈夫なんだよ」
「デシレア価格?」
モアが楽しそうに言う、デシレア価格なるもの。
それは何だと、オリヴェルはデシレアを見た。
「私は、気にしなくていい、って言っているんだけど」
「そんな訳にはいかないって、いつも言っているだろ。いえね、ご子息様。このりんご飴、うちの人気商品なんだけど、考えたのはデシレアなんだよ。もう何年前かねえ。未だデシレアが幼い頃、急に『りんごの飴掛けを作ってくれ』って。貴族のお嬢様が、こんな店に来るのだって驚いてたのに、思いもかけないこと言われて。でも、デシレアの言う通りに作ってみたら、お蔭さまで潰れそうだった店が立ち直ってね。その後も、季節の果物を使うといいとか、色々。なのに、権利をまったく主張してくれないもんで」
モアの説明に、オリヴェルは納得して頷いた。
「それで、デシレア価格か」
「苦肉の策さ。それだって、きちんと契約しているわけじゃないし、そうしょっちゅう来る訳でもないからね。少ないんじゃ、って思うんだよ。やっぱり、ちゃんと契約した方がよかないかね?」
「それはいいの!来づらくなっちゃったら、嫌だから」
そこは譲れない、とデシレアが真剣な目でモアとオリヴェルを見る。
「・・・デシレアもこう言っているから、いいだろう。これからも、仲良くしてやってくれ」
「いいのかい?あたしゃ、平民だけど」
「デシレアを利用しようとするなら容赦しないが、違うようだからな」
「利用なんてする筈ないだろ!そこは安心しとくれよ。それから、この先何かあったら、ご子息様に相談しな、って言うようにするよ」
「そうしてくれると、助かる」
心の底からそう言って、オリヴェルは飴の入った包を受け取った。
「夏は、いちご飴がお薦めなんです。はう。思い出したら食べたくなっちゃいました」
「今日のところは、りんご飴があるだろう」
「ですね!今度は、お邸のみんなにも買いたいな」
弾むようにデシレアが言えば、オリヴェルも笑顔になった。
「差し入れか。いいんじゃないか?」
「差し入れといえば、いっつも私のお菓子ですからね」
「あれはあれでいいと思うが。そういえば、デシレアは飴細工も作ると言っていたよな?今日買ったような物も、作れるのか?」
「出来ますよ」
「なら以前、隣国の王子殿下に大量に注文されると言っていたのは、こういう飴か?」
顔も碌に見た事の無い王子であるし、特段興味も無い相手ではあるが、デシレアと繋がりがあると思えば別、意識もする。
しかし余りしつこく喰いつくのも、となるべくさり気なく、大して気に留めていない風を装って聞けば、そのようなオリヴェルの苦労など、気づきもしないデシレアが飄々と答えた。
「エリアス殿下にお造りしているのは、煮溶かした飴で絵を描いたものです」
「煮溶かした飴で絵を描く?どうやって」
理解不能、と眉間にしわを寄せたオリヴェルに、デシレアが考えながら言葉を繋ぐ。
「ええとですね。鉄板に煮溶かした飴を少しずつ流して、絵を描く、うーんと形作るんです。動物とか、花とか」
通じました?とデシレアがオリヴェルの顔を覗き込む。
「それは、凄い技術だな。今度、見せてもらえるか?」
「いいですよ、もちろん」
「完成品だけでなく、制作しているところも見たい」
「じゃあ、今度一緒にやってみましょう。あ、道具の関係で工房でになりますけど」
不安を表情に乗せ、覗き込むようにして言うデシレアを、オリヴェルは笑顔で見返す。
「俺は構わない」
「分かりました。楽しみにしていますね」
「ああ。俺も楽しみにしている」
不安そうな表情から一転、弾けるような笑顔を見せるデシレアに、オリヴェルもまた心が浮き立つのを感じていた。
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