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二十七、複雑な嫉妬

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「俺の魂が孔雀のぬいぐるみと融合する、か。そうなると、俺はこの体に永遠に戻れないということだな」 

 バルケリー伯爵邸に戻ったエヴァリストは、ピエレットに抱かれた状態で己が体を見つめ、小さく呟いた。 

「エヴァ様!そのように弱気になられないでくださいませ。きっと、エヴァ様は元のお体にお戻りになられます」 

「しかし、ルシールの言うことも一理あるだろう」 

 孔雀のぬいぐるみを新たな体としてエヴァリストの魂が定着、融合したのなら、そういったことも有り得るとエヴァリストは続ける。 

「たとえそうだとしても、わたくしはずっとエヴァ様のお傍におります。どこにでもお供しますので!どうぞ、わたくしを手足としてお使いください」 

「・・・・・ああ、ごめんレッティ。冗談だった」 

「え?」 

「だから、その。俺の魂が孔雀のぬいぐるみと融合して、という話だ。確かに、状況だけを見ればそういう可能性もあるのだろうが、あの女が言っていただろう?ペンダントがあれば、俺は元の体に戻れる、と」 

 エヴァリストに言われ、ピエレットは、ぴきぴきと音がしそうな動きでエヴァリストの体と、孔雀のぬいぐるみを見た。 

「そういえば、そうでしたね」 

「まあ、ルシールはあの話を聞いていないからな。可能性として、言ったのだろうが。否定することもでないし、確定したことでもないからな。一瞬、どきりとはした」 

 

 つまり、エヴァ様は、あのお話を聞いた時は一瞬驚いたけれど、ペンダントの件を思い出して冷静になった、ということですわね。 

 ええと。 

 ルシール王女殿下は、そもそもペンダントのお話を知らないので仕方ないとして。 

 私は? 

 

「わたくし、ペンダントの件も知っていましたのに、考えがそこまで及びませんでした。浅慮ですね」 

 ずううん、と落ち込んだピエレットに、エヴァリストが焦ったような声をあげる。 

「レッティ!すまない。俺が元に戻れなかったら、と言った時のレッティの言葉が嬉しくて、調子に乗ってしまった」 

「エヴァ様」 

「そもそも、俺がそんな風に言ったら、レッティはどうするかと思っただけなんだ。本当にすまない」 

 軽い気持ちで傷つけてしまった、とエヴァリストに謝罪され、ピエレットは首を横に振った。 

「大丈夫です。でもちょっと悔しかったので、何かの折にお返しします」 

「え」 

「ふふ。冗談、ですよ」 

 軽く孔雀のぬいぐるみの頭をつつき、ピエレットがくすりと笑う。 

「レッティ」 

「それにしても。こうして見ると、エヴァ様って本当にきれいなお顔立ちをされていますね」 

「そうか?」 

 自分の顔になど然程興味はない、とエヴァリストは素っ気ない。 

「そうですよ。まつ毛も長いですし、お鼻の形も見事です。それに、唇も赤くて。あ、そうだ。以前、侍女が眠っている方のお話をしてくれたのです」 

「眠っている方の話?それで、話が成立するのか?寝ているだけなのだろう?」 

 どういうことだ、というエヴァリスト・・孔雀のぬいぐるみに笑いかけて、ピエレットは眠るエヴァリストの襟元を優しく叩いた。 

「眠りについた理由が、なんでも、どなたかの嫉妬で呪いを受けたから、だそうなのですが、その方には、相愛の許嫁がいらして。許嫁の姫君は、毎日その方を見舞ったそうです。そして、ある日」 

「ある日?」 

「いつまでも目覚めないその方の唇に、目覚めてくださいと呟きながら、指をそっと当てたのですって。そうしたら、瞼が震えて。あとすこし、と思った姫君は、そのまま唇を重ねたそうです」 

「っ!」 

「触れるだけの口づけをして離れた時、ぱっちりと開いた彼の方と視線が合って。恥ずかしくも幸せな気持ちになった、と聞きました」 

 眠るエヴァリストを優しく見つめて言うピエレットに、しかし孔雀のぬいぐるみに仮住まいのエヴァリストは、発火しそうなほどの羞恥、衝撃を受けた。 

『レッティが俺の唇に指で触れて、そして』 

「でも、エヴァ様の場合、必要なのはあのペンダントであって、わたくしではないのが残念です」 

「残念・・そうだな」 

『俺も、とても残念だレッティ。いやしかし、レッティには俺から口づけするのが理想だから、いいのか』 

 少々複雑な思いがするエヴァリストに、ピエレットが明るい声を出す。 

「ですが、ペンダントは何とかしてこちらへお借りいただけると、デュルフェ公爵夫妻もお約束してくださいましたし、一安心ですね」 

「ああ。そして、そのペンダントで、俺を戻すのは、レッティ、君がやってくれ」 

 エヴァリストの言葉に、ピエレットは不安そうに瞳を寄せた。 

「わたくしに、あのペンダントが扱えるでしょうか」 

「あの女に扱えたのだ。問題ないだろう。俺は、レッティがいい」 

 目覚めると確信していても、もしものことがある。 

 その時に、ピエレットの手によってそうなったというのなら、諦められるとエヴァリストは言い切った。 

「分かりました。わたくしも、エヴァ様をこの手で目覚めに導きたいです」 

「頼むな、レッティ」 

「はい。エヴァ様」 

 そう言って、ピエレットは孔雀のぬいぐるみの頭を撫で、次いで眠るエヴァリストの前髪をそっと払う。 

『ああ。早く戻りたい』 

 ピエレットの手が優しく自分の体に触れるのを見つめ、エヴァリストは何とも言えない気持ちが込み上げるのを感じていた。 

 


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