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36、水上艇障害物競走
しおりを挟む「予選を行い、得点の高かった八艇が決勝に進める、か。まずは、決勝に残れるかが問題ということね」
「何を嫌味な。パトリックの娘サヤが残れずに、誰が残れるというのですか」
説明の表示された液晶板を手に呟くサヤに、フレイアが呆れた声を出した。
「そんなの分からないじゃない。水上艇だけで障害物競走なんて、初めてなんだもの。しかも、どんな障害があるか分からないっていうし、他の予選の様子も見てはいけないと言うのだから」
「それはそうですが。わたくしは、公平で安心しましたわ。予選各組で障害が異なると言いますし、しかも前の組のレースを見ることは出来ないというのですから、後の方が得だなどという理不尽が発生しませんもの」
不安しかない、と言うサヤに、だからこそ安心なのだと言いつつ液晶板を操作し、フレイアがにこりと笑う。
「ともあれ、選出方法が得点でよかったですわ。もし各組の順位で、などとなったら、わたくしはとても不遇な予選組に入ったということになりますから」
「どうして?確かに得点の方が、純粋に競えていいとは思うけど。例え順位だとしても、フレイアは残れるんじゃない?」
それこそ、その実力からいって問題なさそう、と呟くサヤに、フレイアが呆れたような目を向けた。
「はあ。またも、のほほんさんですのね。自分は分からないとかいいながら・・・いいですか、パトリックの娘サヤ。わたくしの予選組には、海洋科の一位と二位が揃っているのです」
「ナジェルも私も、フレイアと同じ組だものね。でも、さっきも言ったけど、だからって初めての障害物競走で一位、二位になれるとは限らないじゃない」
「確かに。勝負はどうなるか分からないからな。時の運ともいうし」
サヤが尤もらしくそう言った時、そんな言葉と共にナジェルが現れた。
「あ、ナジェル!おはよう」
「おはよう、サヤ、フレイア」
「はあ。おはようございます、ヴァイントの息子ナジェル」
言葉遣いは丁寧ながら、フレイアがナジェルを見る目は、サヤを見るそれに等しい。
「何だか、軽蔑をされているようだが」
「軽蔑ではありませんわ。おふたりとも、ご自分の実力をよく分かっていらっしゃらないので、呆れているだけです」
はあ、と幾度目とも知れぬため息を吐き、フレイアは首を横に振る。
「フレイア?」
「・・・・・ヴァイントの息子ナジェルも、パトリックの娘サヤも、その実力が頭抜けているんです!他者の追随など許さないほどに。ああ、もう。これだから天才は」
「でも、この競技が初めてであることに、変わりはないわよ?みんなと一緒だわ」
「その通りだな。予選では後の組だからと、様子見も出来そうにないし。お互い全力で頑張ろう」
細縁の眼鏡を押し上げて言うフレイアに、サヤがのんびりとした調子で言い、ナジェルもにこやかに返した。
「うわっ。転移で目の前に敵機来襲とか。凄い」
水上艇障害物競走という、聞いただけでは楽しそうでもあるそれは、実際の戦闘機に攻撃され、水中からも敵が接近し、更には転移で数機の敵に囲まれるという、とても厳しく、難しい状況が繰り返されるとんでもない訓練だった。
「おまけに、味方機も並走しているから。ぶつからないようにもしないと」
互いに敵と戦いながら、目的地を目指す。
味方機とは共闘できないうえ、もし万一味方機にぶつかってしまえば、もっとも大きな減点対象となるため、皆必死でそれだけは避けようと水上艇を操って行く。
「わっ。また来る!」
進路方向に転移の気配を読み取ったサヤは、それが姿を現した瞬間に撃ち落とし、ふう、と息を吐いた。
「これ、この機に仕組まれているんでしょうね。味方機が居るところには絶対に敵機は出現しないのだから」
各自のコースというものはなく、海上のどこを走っても自由というこの競技で、各機それぞれに敵機が来襲するということは、そういうことなのだろうと感心しつつ、サヤは予選を終え、無事ゴールへと滑り込んだ。
「はあ。やっぱり二位」
今回は、異能と言われることも恐れずに臨んだにも関わらず、やはりというか、予選の一位はナジェルだった。
「しかし、得点差は少ない。これは、僕も気合を入れ直さないといけないな」
「ふたりとも、嫌味にしか聞こえませんわ。いえ、これも実力なのですけれども。でも、何というか、理不尽なほどの得点ではありませんこと?」
ため息を吐きつつ液晶板を確認するフレイアに、サヤがにこりと笑いかける。
「フレイアだって、三位じゃない。次も、負けないように頑張らないとだわ」
「・・・・・パトリックの娘サヤ。先ほどの予選前にも思ったのですが。貴女は、わたくしが、貴女は実力者なのだから予選を通過する、と言った時には分からないと言いながら、わたくしに対しては、実力があるのだから大丈夫、と言ったのですよ?本当に矛盾しています」
じとりとした目でフレイアに言われ、サヤは思考を巻き戻してみた。
「ああ、そういえばそうね。でも私、嘘は言っていないわよ。自分に自信はないけど、フレイアならやれるんだろうな、って思ったから」
「はあ。それで、この得点。それにしても、見れば見るほど凄いですね。あれほど近接に転移して来た敵機を撃墜したのですか。わたくしは、避けるので精いっぱいでしたわ」
止まらないため息と共に、サヤの履歴を見ていたフレイアの瞳が、徐々に強く輝いて行く。
「本当に凄いですわ・・・ですが、少し猪突猛進なのでしょうか」
「え?」
「ほら、ご覧ください。パトリックの娘サヤは、ほぼ直進に突き進んでいます。つまり、敵機を避ける行動をすることなく、撃墜しているのです。もちろん、それは素晴らしいことではありますが、敵機を回避しつつ撃墜する、という技能の評価が低いように思います」
説明しつつ、フレイアはナジェルの履歴をサヤに見せた。
「あ、ナジェルは、凄く動きが煩雑ね」
「その通りです。ヴァイントの息子ナジェルは、目前に出現した敵機を一度躱した後、回り込んで撃墜しています。もちろん、そのまま撃墜している場合もありますが、より視線が広範囲を向き、味方機への配慮も抜群と見えます」
「なるほど。私、味方機とぶつからなければいいと思っていたわ」
味方機の進路の配慮など考えることなく、自分にぶつかりそうになる味方機だけを避けた、と言うサヤにフレイアが苦笑する。
「わたくしもですわ。というか、それが普通だと思います。ここまで出来るのは、ヴァイントの息子ナジェルなればこそ。本当に、正規の軍人ばり、いえ、それ以上の実力、胆力かもしれませんわ」
味方機への配慮が出来るのは、その人格もある、と言って、フレイアは歩いて来るナジェルを見た。
「ナジェル、予選一位おめでとう」
「おめでとうございます、ヴァイントの息子ナジェル」
「ありがとう。そしてサヤ、二位おめでとう。フレイア、三位おめでとう」
互いに検討を称え合ったところで、ナジェルがフレイアの液晶板に気付く。
「僕の履歴を見ていたのか」
「そうなの。フレイアが、私の履歴とナジェルの履歴を分析してくれて。私の得点が、ナジェルのそれに及ばなかった原因も分かったところなの」
フレイアはすごい、と無邪気に言うサヤを、ナジェルが嬉しそうに見つめる。
「そうか」
「嬉しそうですわね、ヴァイントの息子ナジェル」
「フレイアは凄いな。どれほど僕が言おうとも、サヤは確認しようともしなかったのに」
「敵に塩を送るつもりは無かったのですけれど」
今回、初めての経験で興奮して思わず、とフレイアは赤い耳でそっぽを向いた。
「敵って。私たちは、味方じゃないの」
「それもそうですわね。味方に強い者が多ければ多いほど、生き残れる可能性は高くなりますし」
「フレイアって、参謀タイプね」
「・・・・・悪く、ありませんわ。というわけで、パトリックの娘サヤ。これからは、このわたくしが、貴女ののほほんを見逃しません!」
「ええええええ」
まるで鬼教官の如くのフレイアの言葉に、サヤは本気で震えあがった。
~・~・~・~・~・~・~・
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