36 / 51
35、収穫祭 8
しおりを挟む「それでは、改めまして・・本当に素敵な演奏、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「おつかれー」
サヤの発声にフレイアとレミアも続き、一同は手にしたコップを掲げる。
「ああ・・・本当に旨そうだ」
「レミアは、私たちへの労い労いよりも、食欲が勝っているのがありありですね」
そして、じゅるりと口元に手を当てたレミアに、レナードが皮肉るように言うも、レミアに響くことはない。
「当然であろう。本当にどれも旨そうで、どれから手を付けるか迷う・・と、しかし。これは斬新なパイだな」
ずらりと並んだパイの数々を楽し気に見ていたレミアが、そのパイで視線を止めた。
「確かに、凄いパイっすよね。魚の頭がにょっきり出ているなんて」
「ふふ。それは、アクティスにリクエストされたパイなの。私も初めて見た時は驚いたわ」
明るく言ったサヤが、アクティスとレミアが厨房から運んでくれた飲み物を、コップに追加しながら笑う。
「ザイン出身がリクエストしたパイ。これが」
「初めて見るっす」
「何というか。食べるのに勇気が必要ですわね」
レミア、バルト、フレイアが、恐る恐ると言うようにパイを見つめるなか、サヤはアクティスにナイフを渡した。
「何だか、慣れていますね」
サヤに渡されたナイフを扱い、魚の頭が飛び出しているパイを起用に切り分けるアクティスに、レナードが揶揄うような声を出す。
「アクティスは、子供の頃に親しんだパイというだけあって、切り分けるのも上手なの。私は、どうしても均等に切れなくて」
「なるほど。それで、サヤがナイフを渡せばパイを切り分ける、という動作をごく自然にするようになったわけですね。アクティス」
何となく含みのある言い方にサヤは首を傾げ、アクティスは眉を顰める。
「確かに、幾度か試食をしてもらったから、そういう流れが自然に出来るようになったけど、それが何かあるの?」
「いいえ。何もありませんよ、サヤ。しかし、子供の頃の話などもしたのですねえ」
そう意味深に笑って、レナードはナジェルを見た。
「サヤ。もしかして、燻製肉と野菜のパイもあるか?去年もらったあれは、とてもおいしかった」
「作って来たわ!」
レナードの視線を受け止めたナジェルが、何故か気合の入った声で言えば、サヤがぱあっと表情を輝かせ、一枚のパイを指す。
「では、そのパイはナジェルに切り分けてもらうのはどうでしょう、サヤ」
「お願い出来るなら」
「もちろん。僕でよければ」
にこりと言って問題無くパイを切り分けるナジェルを見て、レミアがにやりと笑う。
「ザイン出身もヴァイントの息子も、いい夫になりそうだな」
「「っ」」
トルサニサの一般家庭では、パイを作るのは妻、切り分けるのは夫の役目とされる傾向が強く、どんなパイでも均等に美しく切り分けるのが良い夫だとされている。
「え!?俺もやるっす!ほら、レナード先輩も、こっちのパイ切って!」
「バルト。私は別に」
「そうっすか・・・でもまあ。俺のパイ、ごろごろ肉が入っているんで、自信ないなら避けた方がいいかも知れないっすね」
結構切り分けるの難しいんで、と言いながら自作のパイを切るバルトに、レナードの目が不機嫌に眇められた。
「そう言われては、やらない訳にはいかないですね」
自信がないわけではない、とレナードは、バルトより美しくパイを切り分けていく。
「フィネスの息子は、嫌味なだけでなく、負けず嫌いでもあるのだな・・・うん。旨い」
「フレイアのパイも美味しいわ」
一部雲行きが怪しくなりつつも、和やかにパイや飲み物を楽しめば、自然と笑顔が広がっていく。
「そういえば。ザイン出身は、パトリックの娘が迎えに行った時、どこに居たんだ?」
「・・・・・」
「海洋科の訓練室よ。ね?アクティス」
レミアの問いに、当然のように答えないアクティスに代わりサヤが言えば、レミアがにんまりと笑った。
「そうか。海洋科の訓練室。なるほど、なるほど」
「寄宿舎にいれば、サヤは迎えに行けないからな・・・そうか。最初からそのつもりで」
レミアの言葉にナジェルも呟き、それに対し皆も頷くのを、サヤは不思議な気持ちで眺める。
「パトリックの娘サヤ。もし、ザイン出身アクティスが寄宿舎の自分の部屋に居れば、貴女は迎えに行けなかったでしょう?」
「それは、そうね」
そんなサヤにフレイアが解説してくれるも、確かにそうだけれどそれがどうかしたか、としかサヤには思えず益々首を傾げれば、レナードが呆れたような声を出した。
「つまり、アクティスはサヤの迎えを待っていた、ということですよ」
「うん。でも、約束していたのだから、当然よね?」
パイも合格していたし、とサヤが言えば、皆が酢を呑んだような顔になる。
「約束、していたのか。その、海洋科の訓練室というのも・・・いやしかし、あの時サヤは、探してから行ったよな?」
「あの場所で、とは約束していなかったけど。パイを焼いたらクラヴィコードを弾いてくれる、って約束していたもの。ね?アクティス」
「ああ」
アクティスにその通りだと頷かれ、サヤは呆然とする皆を見つめた。
「無垢の勝利でしょうか」
「いや、ザイン出身が約束を律儀に守るなど信じがたい・・というか、そもそもザイン出身と、我は約束をしたことが無いな」
「・・・・・サヤ。アクティスと、約束の指合わせもしたのか?」
「ええ。もちろんそうよ。私、クラヴィコードを弾けるひとと約束をした、とは言ったと思うんだけど」
そりゃ、アクティスとは言っていなかったけど、と不思議がるサヤをこそ、皆が不可解だと見つめる。
「そのアクティスを相手に、指合わせの約束を交わし、しかも実行に移せたというのが、凄いのですよ、サヤ。恐らくサヤが、世界初です。快挙ですよ」
「・・・・・黙って聞いていれば。貴様ら、俺を何だと思っているんだ」
まるで、アクティスと約束の指合わせをし、それを実行できたのは奇跡だと言わぬばかりのレナードのとどめの言葉に、アクティスが静かに吠えた。
~・~・~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、投票、ありがとうございます。
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる