トルサニサ

夏笆(なつは)

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32、収穫祭 5

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「お、いよいよか」 

「それにしても、本当に大丈夫なのでしょうか。事前の打ち合わせ、ほとんど出来ていないと思いますけれど」 

 レナードが、己の身長ほどのハープを運び込み、アクティスが舞台に備えられているクラヴィコードの確認をする。 

 そして、ナジェルがフィドルを携えて舞台に登場したところで、食堂は大きな歓声に包まれた。 

「おお。これが、俗に言う黄色い声というやつか」 

「凄いですわね」 

「本当。みんな、目がきらきらしているわ」 

 驚きと共に周りを見つめ、サヤが三人の人気は本当だったか、と目を丸くする。 

「今日の心の潤いは、ばっちりというところだろうな」 

「心の潤い?」 

「ええ。思い入れのある方の姿を見て声を聞くと、心の潤いになるそうなので。演奏まで聞ける今日は、楽園のようなのではないでしょうか」 

 きょとんとしたサヤに、フレイアが苦笑して説明した。 

「へええ。凄いのね」 

 三人が話す間に、三人は舞台の上に一度並んで立ち、客席へ向かって頭を下げる。 

 

 す、すごい。 

 一瞬で、場が静かに。 

 

 すると、あれほど騒がしかった食堂が一気に静かになり、その見事さにサヤは下を巻く。 

 これまでも演奏者は居たのに、これほど静かになった場面はなく、むしろBGMのように楽しみながら食事を楽しんでいた人々も、一斉にその手を止め、舞台に見入っている。 

 

 つまり、老若男女からの人気、ということね。 

 なるほど・・・あ、凄い。 

 きれいなメロディ。 

 

 サヤがひとり納得する間に始まった演奏は、その場を魅了するもので、騒がしく食事を楽しみながら聞く音楽ではなく、特別な演奏会にでも招かれた気持ちにさせるものだった。 

 殊に女性たちは、両手を胸の前で組み、うっとりと聞き入っている。 

 

 分かるわ。 

 演奏も素晴らしいうえに、三人とも凄く恰好いいもの。 

 

 アクティス以外のふたり、ナジェルもレナードも、演奏する姿を見るのは初めてだけれど恰好いい、といつもの彼らとは違う様子にサヤも見惚れてしまう。 

 

 ああ。 

 ずっと、この時間が続けばいいのに。 

 

『ああ、素敵』 

『恰好いい』 

『目の保養、耳の保養』 

『この時よ、永遠なれ』 

 そしてそれは皆も同じらしく、最早隠すつもりもないらしい念話があちらこちらに飛び交うのを聴き取って、サヤはくすりと笑った。 

  

 みんな、考えることは一緒ね。 

 

 しかし無常にも時は流れ、その楽園も終わりを迎える時が来た。 

 見た目は氷の表情のまま、ゆっくりとした動作でアクティスが鍵盤から手を離し、余韻を残してレナードの指がハープの弦から外れ、そして、ナジェルがゆっくりと弓を下ろす。 

「「「わああああああ!!」」 

 瞬間、沸き起こった大きな歓声と拍手に応えるべく、三人が再び並んで立って客席へと礼を取った。 

 それでも鳴りやまない歓声と拍手、そしてアンコールの声に三人は目配せをしあって、再び楽器を演奏する位置に着く。 

「もう一曲聴けるのね!」 

「素晴らしいわ!」 

 そして、興奮冷めやらぬ人々の声に応え演奏した三人は、間違いなく、その日一番の喝采を受けた。 

 

 

 

「本当に、素晴らしい演奏だったわね」 

「ええ、本当に。それに、あの三人に潤いを求める方が更に増えたのも確実でしょうね」 

 サヤが興奮冷めやらぬ様子で言えば、フレイアは素直に頷いてから、少し皮肉な笑みを浮かべた。 

「さ、心の潤いの後は、腹ごしらえであろう」 

「ふふ。そうね。三人も演奏を終えてほっとしているでしょうから、労ってあげないと」 

「そうですわね。あと、サヤ。カルドアの息子バルトの労も忘れずに、ですわよ」 

 フレイアの言葉に、サヤは頷きを返す。 

「もちろんよ。裏方も、準備などで大変だったでしょうし」 

「ああ。パトリックの娘の考える以上に、大変であっただろうな」 

「大挙して押し寄せていそうですものね」 

 しみじみと言うレミアとフレイアに、サヤはまたも置いて行かれた気持ちになった。 

「ねえ、どういう意味?裏方のお仕事って、楽器を用意するのを手伝ったり、何か用事を片付けたりすることじゃないの?」 

「それもあるでしょうけれど、一番大変なのは、三人をめがけて来る女性たちへの対応でしょうね」 

 楽器を片付ける場へでも乗り込まれれば、こちらへ来るのは大分遅くなるだろうと苦笑するフレイアに、レミアは渋い顔をする。 

「そんなことになれば、食すのが遅れるな」 

「まあ、三人ともいなすのは慣れているでしょうから、大丈夫と思うしかありませんわね」 

「何か、大変そうだけど、待っているしかないものね。じゃあ、私たちはパイを食べる準備を始めておきましょうか」 

 よく分からないが、自分たちに出来るのはそれだけのようだと判断したサヤがそう言った時、言い辛そうに、席を変わってくれないかと声をかけられた。 

 聞けば、その人たちは次の演奏者の仲間なのだが、明らかに先に演奏した三人に委縮している仲間を励ますためにも、舞台に近い席で応援したいと言う。 

 そういうことなら、とサヤはじめ、レミアもフレイアもすぐさま承諾し、明らかに先ほどよりがらんとした食堂内を見渡して、多少騒いでも舞台に響かない奥の席へと移動した。 

 
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