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29、収穫祭 2
しおりを挟む「アクティス!そろそろ出番ですって。何でも、少し前倒しになってしまったそうよ」
「貴様。本当に来たのか」
一般市民は立ち入り禁止となっている海洋科の訓練室の窓辺で、ひとり外を見ていたアクティスが、呆れたような、それでいてほっとしたような表情を浮かべて、サヤを見た。
「来るに決まっているじゃない。ちゃんと、約束のパイも焼いたわよ・・・合格をもらえるかは、分からないけど」
自信なさげに、少々目を泳がせてサヤが言えば、アクティスが面白いものを見つけたように、目を細める。
「手抜きでもしたか」
「そんなことしないわよ!ただ、その時々で出来不出来はあるから、心配なだけで」
もごもごと言うサヤに、アクティスの口角があがる。
「貴様。腑抜けと言われるだろう」
「なっ。どうして急に、そんな悪口」
驚きのあまり、それ以上何も言えずにアクティスを見上げるサヤに、アクティスがにやりと笑った。
「小動物みたいだな」
「・・・・・そういう貴方は、悪戯っ子みたいよ。何よ、ひとを甚振って楽しそうに笑っちゃって」
『上手いこと言い返した!』と得意げな顔をするサヤを、アクティスが呆れたように見やる。
「悪戯っ子、って貴様」
「なによ?」
「何というか、悪人くらい言えないのか?」
語彙力が無いのか、と思いつつ言うアクティスに、サヤはからりと笑った。
「言えないわね。あ、言っておくけど、語彙力の問題じゃないですからね!?そう評するには、アクティスの表情は可愛すぎるというだけで・・・あ、急がないと!みんな待っているから、さ、行こう?」
「・・・・・」
「アクティス?」
可愛いと言われ、固まってしまったアクティスを、サヤが何事かと覗き込む。
「・・・・・いいことを教えてやろう。俺の条件は、あのパイを焼くこと。味については、言明していない」
「あ」
『そういえば!』と内心で叫ぶサヤに、一本取ったとアクティスが溜飲を下げた表情で言い切った。
「それで?食堂へ行けばいいんだな?」
「・・・あ、うん。それで、ナジェルとレナードと演奏してほしいの」
「は?」
何の話だ、と目を見開くアクティスに、サヤが首を傾げる。
「言っていなかったっけ?フィドルを弾くナジェルと、ハープを弾くレナードと一緒に合奏してほしいって」
「聞いていないぞ」
初耳だ、というアクティスにサヤは満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫!ナジェルとレナードもアクティスが来るって知らないから!」
「・・・・・」
「だって、アクティスはクラヴィコードを弾くことを、あまり公表したくないみたいだったから、ぎりぎりまでクラヴィコードの演奏者を知っている、としか言っていないの。だから、安心して」
そう言って無邪気に笑うサヤに、アクティスは自らの額を抑える。
「・・・・・・あのな。それで、いきなり合奏しろというのか、貴様は」
「いや?」
「嫌、という問題だと思うのか?」
「それは、練習する時間が無かったのは大変だと思うけど、三人なら出来るんじゃないかな、って思っている」
きらきらと輝く瞳で言い切るサヤに、アクティスが大きなため息を吐いた。
「分かった。何とかしてやる。ただし!今回だけだからな。次からは、きちんと事前に報告、相談をしろ」
「分かったわ。大事なことだものね」
「はあ。本当に、貴様と話をしていると、疲れる」
やれやれと首を横に振り、アクティスは仕方ないと息を吐く。
「大変だと思うけど、演奏が終わるまでは頑張って!そうしたら、美味しいパイがたくさん待っているから!」
「能天気め」
じろりとアクティスに睨まれ、サヤは首を竦めた。
「それは、私が演奏するわけじゃないからかも。みんなが失敗しませんように、とは思うけど、やっぱり実際に演奏するアクティス達とは、緊張感が違うと思うもの」
「別に俺は、緊張などしていない。時間が無いのだろう。行くぞ」
「あ、そうだった!・・・って!きゃあ!」
アクティスに続いて能力を発動しようとしたサヤは、意図せず何かに躓き倒れかけた所で咄嗟にアクティスの腕を掴んだ、その結果。
「貴様!危ないと言っただろうが!」
サヤは、アクティスの腕にしがみ付いたまま、みんなが待つ食堂へと転移した。
~・~・~・~・~・~・
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