24 / 40
23、父のような存在
しおりを挟む他者の力に包まれ、他者の能力に頼って転移する。
そんな、幼少期以来の懐かしい感覚に身を預け、目を閉じていたサヤは、その優しい繭から出るように転移先へ着いたのを感じ、目を開けた。
「大丈夫か?サヤ」
「うん。ナジェルの力って、あたたかいわね」
うっとりと言ったサヤは、名残の心地よさに息を吐き、その現状に目を見開いた。
「ナジェル!待って!」
転移した先は、救護室の扉の前。
そして今、ナジェルがその扉を迷うことなく開けようとするのを見て、サヤは全力でそれを止める。
「どうした?」
「え・・えっと、だから、私・・・本当に何ともなくて」
ぴりっとなったナジェルの空気にしどろもどろになったサヤが言えば、その藍色の瞳が益々細められた。
「サヤ。そんなことを言って回避しようとしても無駄だ・・・ん?もしかして、薬が苦手だとか、そういった理由で逃げたいのか?」
『それは駄目だぞ。きいてやれない』と子供相手に言うように宥めるナジェルに、サヤはぶんぶんと首を横に振った。
「苦い薬は確かに嫌いだけど、今はそうじゃなくて!本当に、何ともないの!」
「そんな赤い顔で何を言う。分かった。僕からも、なるべく苦くない薬を頼んでやるから」
「だから違うの!」
器用にサヤを片手で支え、そのまま扉を開こうとするナジェルを、サヤはその腕を掴むことで何とか止める。
「サヤ」
「本当に何でもないの」
「だから、そんな赤い顔で言っても信憑性は皆無だと言っているじゃないか」
「・・・・・恥ずかしいから、だから」
「え?」
「この体勢が恥ずかしいから、赤くなっているだけなの!」
「・・・・・」
自棄になったように叫んだサヤに、ナジェルが絶句して固まった。
「ナジェル・・・おろしてくれる?」
「サヤは、この体勢が恥ずかしいのか?それは、僕が相手だからか?」
ナジェルの腕からおりようとするサヤを留めて、ナジェルが深刻な顔で問う。
「ナジェル相手だからっていうか。慣れていないから」
「そうか」
「ナジェルは、平気そうね」
「サヤだからな」
きっぱりと言って、ナジェルはそっとサヤを下ろした。
「ありがとう」
ふーん。
私だから、か。
運命相手なら、動揺してそれどころじゃない、ですか?
はい、はい、ごちそうさま。
「本当に体は問題無いんだな?」
「まったく、問題ございません」
運命相手のナジェルはどうなるのか、などと考え、にやけそうになっていたサヤは、おどけて言って、その口元の緩みをそのせいにする。
「何だか、嬉しそうだな」
「うん。ナジェルは、私だと平気なんだな、って」
誰なら、平気じゃないのかな、って。
「ああ。サヤなら、何も問題無い」
「ふふ。ありがと。それから、巻き込んじゃってごめんなさい」
面倒をかけた、と頭を下げるサヤに、ナジェルが優しい笑みを浮かべた。
「いや。辛くないなら、良かった」
「お世話かけました。で、これからナジェルはどうするの?結果発表の所へ戻る?」
『そういえば、級友たちとの時間を邪魔してしまった』と改めて謝罪するサヤに、ナジェルは問題無いと首を横に振る。
「そんなことは気にしなくていい」
「でも」
「本当に大丈夫だ。それより、サヤの方こそ大丈夫なら、食堂へ行かないか?」
「あ、それはいいわね」
夕食には少し早い時間だけれど、食堂は既に開いている。
つまり、いつもより混んでいないに違いないと、サヤは一も二もなく賛成した。
「では、行くか」
「ねえ、ナジェル。歩いて行かない?」
サヤの提案に、ナジェルが、ふっと笑う。
「歩きが、気に入ったのか?」
「うん。何だか気持ちがいいから。でも、ナジェルが嫌なら」
「嫌じゃない。サヤとの散歩は、とても楽しいからな」
「じゃ、行きましょう」
揚々と歩き出し、サヤはうきうきと空を見上げた。
「凄く、きれいね」
食堂のある棟へ移動するため出た外には、夜へと向かうオレンジの世界が広がっていて、サヤは思わず大きく息を吸い込む。
「ああ」
「窓から見るのと、こうして空気を感じるのとでは大違いね」
「そうだな。外の世界は、景色それ自体が何等かの音を奏でているようだ」
「ナジェルってば、詩人」
「サヤといるからだろう」
「私といるから?」
言われた言葉に首を傾げたサヤは、ナジェルの耳が赤くなっていることに気が付いた。
「分かった。詩人、って揶揄ったと思ったのね?違うわよ。本当にそう思ったの。それに、誉め言葉のつもりだったわ」
「いや。僕は、サヤといると詩人に・・・いや、何でもない」
もごもごと何かを言いかけ、やめたナジェルを不思議そうに見てから、サヤはもう一度空を見上げる。
「それにしても、懐かしかったな」
「懐かしい?何がだ?」
やわらかな表情で言ったサヤに、今度はナジェルが怪訝な顔を向けた。
「さっき、ナジェルが私を連れて転移してくれたでしょう?ああいうの、子供の頃以来以来だったから」
「なるほど。言われてみれば、そうだな」
納得と頷き、ナジェルはサヤを見る。
「私が未だ瞬間移動できなかった時に、父さんがよく抱いて跳んでくれたなって。もちろん、母さんもしてくれていたんだけど、ナジェルだからかな。より、父さんを思い出しちゃって」
「父さん、か。それは、どういう意味でだ?」
照れたように言うサヤに、ナジェルが何故か眉を寄せた。
「意味、って。ぬくもりっていうか、安心感っていうか」
「まあ、悪くはないが。しかし、父さんか」
顎に指を当て、考え込むナジェルにサヤがにこりと笑いかける。
「あ!そんな表情も、ちょっと父さんに似ているかも!意識したからかな、そんな風に見えるのは」
「・・・光栄なのか、それとも・・いや、それほどに意識されていない、ということか?」
「ふふ。何だか、父さんに会いたくなっちゃった」
ぶつぶつと言い続け、考え続けるナジェルの横を歩きながら、サヤは、故郷の両親に思いを馳せていた。
~・~・~・~・~・~・~・~・
しおり、お気に入り登録、ありがとうございます。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして
Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。
公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。
周囲にそう期待されて育って来た。
だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。
そんなある日、
殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。
決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう──
婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。
しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、
リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に……
※先日、完結した、
『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』
に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。
距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?
hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。
待ってましたッ! 喜んで!
なんなら物理的な距離でも良いですよ?
乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。
あれ? どうしてこうなった?
頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。
×××
取扱説明事項〜▲▲▲
作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+
皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。
9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ(*゚ー゚*)ノ
悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい
たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた
人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ
そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ
そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄
ナレーションに
『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』
その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ
社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう
腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄
暫くはほのぼのします
最終的には固定カプになります
浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~
飴雨あめ
BL
溺愛ハイスペα彼氏が腹黒な美人幼馴染Ωと浮気してたので、二人の裏切りに激怒した主人公Ωが浮気に気付いていないフリをして復讐する話です。
「絶対に許さない。彼氏と幼馴染もろとも復讐してやる!」
浮気攻め×猫かぶり激怒受け
※ざまぁ要素有
霧下すずめ(Ω)…大学2年。自分を裏切った彼氏と幼馴染に復讐を誓う。164㎝。
鷹崎総一郎(α)…大学3年。テニスサークル所属。すずめの彼氏ですずめを溺愛している。184㎝。
愛野ひな(Ω)…大学2年。テニスサークルマネージャー。すずめの幼馴染で総一郎に一目惚れ。168㎝。
ハッピーエンドです。
R-18表現には※表記つけてます。
お幸せに、婚約者様。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
私のバラ色ではない人生
野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。
だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。
そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。
ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。
だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、
既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。
ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。
乙女ゲームの悪役令嬢になった妹はこの世界で兄と結ばれたい⁉ ~another world of dreams~
二コ・タケナカ
ファンタジー
ある日、佐野朝日(さのあさひ)が嵐の中を帰宅すると、近くに落ちた雷によって異世界へと転移してしまいます。そこは彼女がプレイしていたゲーム『another world of dreams』通称アナドリと瓜二つのパラレルワールドでした。
彼女はゲームの悪役令嬢の姿に。しかも一緒に転移した兄の佐野明星(さのあきと)とは婚約者という設定です。
二人は協力して日本に帰る方法を探します。妹は兄に対する許されない想いを秘めたまま……
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる