上 下
35 / 46

三十五、薔薇祭 ~遭遇~

しおりを挟む
 

 

 

「あっ、あった!ヘラルドの勘、大当たりよ!」 

 それぞれ馬を引いて歩いて行くと、再び道沿いに暗号の描かれた木を見つけ、レオカディアは弾けるような笑顔を浮かべた。 

「これが何を意味してるか分かりゃ、もっといいんだけどな」 

 再び木の板を作り、暗号を描き移しながら、ヘラルドが考えるように言う。 

「うーん。さっきの所にあったのが、ぐるぐるって渦と縦型の波で、今度のは横型の波だけ。で、さっきの所で縄を投げているから・・・あ、さっきの所の暗号は『ここで投げろ』で、今度のは『進め』とか?」 

「ああ、なるほど。それだと、意味が通じるな」 

 描き移し終えたヘラルドは、そう答えながら、暗号を記した木の板を、馬に括りつけた革袋へと仕舞った。 

「こういう暗号、あと幾つあるのかな・・・あっ、あそこにも、横型の波だけの暗号がある」 

「ああ。ここからは、同じ物は何枚あったかだけ記録しておこう」 

「そうね・・・あ、もしかして。波や渦の数って、歩く歩数とか、距離なんてものも関係あるのかな」 

 『戻って数えてみようかな』というレオカディアに、ヘラルドが首を横に振る。 

「数えているから、戻らなくて大丈夫だ。だけど、どうだろうな。特に、波や渦の数と歩数は関係無かった。まあ、俺の歩幅だけどな」 

「え。凄い、ヘラルド。最初から分かっていたんだ」 

「俺は、護衛も兼ねている側近だからな。こういう訓練も受けてんだよ」 

 いつものようにへらりと笑って、ヘラルドはレオカディアを促し歩き出した。 

「じゃあ、暗号の意味を分かったりはしないの?そういう勉強は?」 

「してるけど、これは知らない奴だ。資料にも無かった・・・つまり、これを使う奴ら、もしくは国は、敵になったことが無いってことだな。だが、殿下とレオカディアを狙ったってことは、国として侵略を目論んでいるか、国家転覆を狙っているか、はたまた王位に関係するかだと考えていいだろう」 

「そっか・・・そんな人たちが、エルミニオ様を狙ったのね」 

 これまで敵対したことのない国が、人が、エルミニオを害そうと狙ったかもしれない。 

 そう思うだけで、レオカディアは頭が沸騰しそうになる怒りと、必ず捕らえるという冷静な気持ちが溢れ出す。 

「まあ、国内の組織ってのは、かなり確率が低いけどな。殿下のことは、大臣たちも高位貴族も文句無しって言っているし」 

 『大体、あの殿下に喧嘩売るとか、かなりの考え無しとしか思えない』と、ヘラルドは、再び同じ横型の波が描かれた木を確認しながら呟いた。 

「そうよね。エルミニオ様、凄く有能だもの。そんなエルミニオ様より自分が相応しいと言うなんて、かなりの勇気よね」 

「ああ。それもあるけど、俺が言いたいのは、命知らずってこと・・・っと、何でもない」 

「ヘラルド?」 

「ほ、ほら!殿下は、剣術も抜きんでているから」 

 敵と見做した相手には容赦ない。 

 そんな自分をレオカディアには見せたがらない、もうひとりの主を思い出し、ヘラルドは冷や汗をかく思いでそう誤魔化す。 

「確かに。エルミニオ様、とっても強いものね・・・で、また横型の波だけ・・なみなみ~なんてね。そろそろ、違うのが出てきそうな予感。ね、ヘラルド。次に違うのが出たら、そこがアジトだったりして!」 

「この森に建物はねえ、って言ったのレオカディアじゃん」 

「うん。だから、建物じゃなくて、テント張っているとかして・・・そう!待機場所!」 

「・・・・・レオカディア。それ、もう少し早く聞きたかった」 

「・・・・・私も、心からそう思う」 

 顔を引き攣らせて言うふたりの横の木には、渦だけが描かれた木があり、ふたりの視線の先には、野営用の簡易テントが見える。 

「狩猟大会の日に、大胆だな」 

「誰もいないから、出来ちゃう所業?」 

「ともかく、ここを離れよう。気づかれないうちに、そっとな」 

「分かったわ。騎士団に連絡ね。ああ、でも。役目を終えて引き上げるところだったら、逃げられちゃう・・・え」 

 レオカディアが冗談のようにそう言った時、テントがめくれて数人の男が姿を現し、レオカディアとヘラルドの姿を認めると、何か異国の言葉で騒ぎ始めた。 

「レオカディア。それも、もう少し早く聞きたかった」  

「ははははは。それよりあれ。何を言っているのか全然分からないけど、仲良くしましょう、って感じじゃないことだけは分かるわ」 

「だな。それで、あの装備。あれは、バリズラの原住民が使う武器だ。レオカディア、俺から離れるなよ」 

「私も戦う」 

 初の実戦に震えながらも、レオカディアが、予備として持って来ていた弓を素早く取り出す間に、動きが遅いと言わぬばかりに先制の攻撃を仕掛けられる。 

「させるか!」 

 しかし、その飛んできた矢のすべては、既に抜剣していたヘラルドによって撃ち落とされた。 

「レオカディア。この矢、恐らく毒が塗られている。触らないように、気を付けろ」 

「ヘラルドもね」 

 どうしても緊張で高鳴る鼓動を抑えるように大きく息を吸い、レオカディアは意識してその息を吐く。 

 

 相手は六人。 

 鎧も何も着けていないけど、動きが戦士そのもの。 

 こちらを獲物と認識しているのか、じりじり迫って来る。 

 

 獣の皮で作った衣服を身にまとっている彼らは、狩猟をしているかの足取りでゆっくりと前に、つまりレオカディアとヘラルドに向かって進んでいる。 

  

 飛んで来る矢は、全部ヘラルドが切り落としてくれるけど、私が矢を射ることも出来ない。 

 そんな動きをすれば、即座に襲い掛かって来る。 

 

 自分の動きが契機けいきとなってしまえば、ヘラルドの動きを邪魔してしまうと、レオカディアは、じんわりと汗の滲む手で弓を握り締めた。 

「あっ、あの縄!」 

 矢を幾ら打っても無駄だと判断したのか、相手が縄の先に重りを付けた物を振り回し始め、三人が時間差でその縄を投げる。 

「くっ」 

 二本の縄は避けたものの、一本の縄がヘラルドの剣を握る手に絡み付き、ヘラルドの動きを拘束した。 

「ヘラルド!」 

 その隙を逃さず走り寄る相手の足元にレオカディアが矢を打ち込み、再び足を止めさせることに成功するも、事態が好転したわけではない。 

  

 どうしよう。  

 どうしたらいいの。 

 私が連続で矢を射る速さよりも、攻撃される方が絶対に早い。 

 でも、ヘラルドの剣技なら、今の状態でも三人相手くらいなら出来るはず。 

 となると・・・。 

  

 縄が絡んだままの手で、それでもレオカディアを庇いつつ剣を握るヘラルドの後ろで、矢を番え相手を威嚇しながら、レオカディアが何とかこの場を打開すべく考えを巡らせていた、その時。 

「ディア!無事か!?」 

 レオカディアにとって誰よりも心強い、エルミニオの声が辺りに響いた。 




~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私は愛する婚約者に嘘をつく

白雲八鈴
恋愛
亜麻色の髪の伯爵令嬢。 公爵子息の婚約者という立場。 これは本当の私を示すものではない。 でも私の心だけは私だけのモノ。 婚約者の彼が好き。これだけは真実。 それは本当? 真実と嘘が入り混じり、嘘が真実に置き換わっていく。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字は存在します。 *不快に思われれば、そのまま閉じることをお勧めします。 *小説家になろうでも投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...