27 / 46
二十七、マグノリアのガゼボ
しおりを挟む「アギルレ公爵令嬢。王妃陛下が、お呼びでございます」
その日、王太子妃教育の一環として寄付用の刺繍を刺していたレオカディアの下に、そう言ってひとりの侍女が訪れた。
「王妃様が?」
「はい。マグノリアのガゼボでお待ちになるとのことです」
マグノリアのガゼボで?
今の時季に?
通称、マグノリアのガゼボと呼ばれるその場所は、今レオカディアも居る王族が使う棟から離れており、貴族であれば誰でも訪なう事の出来る区域にあることもあって、花の季節が終わった今の時期に王妃が利用したことなどないと、レオカディアは首を捻りつつも言葉を繋ぐ。
「そうなの。エルミニオ殿下もご一緒なのかしら?」
「それは、伺っておりません」
・・・うーん。
怪しい。
今の時期にマグノリアのガゼボでお茶をする王妃様、そしてエルミニオ様の所在は不明。
有り得ないわ。
何か、計画していそうな感じね。
でも、王妃様のお呼びと言われて行かないわけにもいかないし。
相手もそれが狙いなのだろうと思いつつ、レオカディアは分かったと返事をした。
「・・・ねえ、アガタ。どう思う?」
「怪しいです」
伝達に来た侍女が去って行った扉を見つめ、アガタと呼ばれた部屋の隅に控えていた彼女は苦い顔になる。
「そうよね。エルミニオ様がご一緒かどうか分からないなんて。王妃様のお使いとは思えないわ」
王妃からお茶に誘われることは少なくないが、そのほとんどがエルミニオも一緒で、もし万が一一緒でないとしても、同席するかどうか分からないということは、今までに一度も無かった。
「アギルレ公爵令嬢。あの侍女は確かに王城勤務の者ですが、王妃陛下付きではなく伝達の係です。いかがなさいますか?」
「だとしても、王妃様のお名を出されて行かないわけにもいかないから、行って来るわ。本当ならそれでいいし。ね、アガタ。それでお願いなんだけど、私がマグノリアのガゼボに王妃様に呼ばれて行ったと、エルミニオ様に伝えてくれる?それから、王妃様にも。まあ、王妃様は呼び出しが本当であれば、居室にはいらっしゃらないでしょうけれど」
今王妃が居る場所を思い浮かべて言うレオカディアに、アガタは恭しく礼をする。
「畏まりました。至急お伝えしてまいります」
「お願いね」
レオカディアに一礼して、すぐさま行動に移したアガタを見送り、レオカディアは席を立つ。
するとアガタから連絡が行ったのだろう、アガタと同じく王城でのレオカディア付きの侍女、マルシアが扉の外で待機しており、護衛と共にレオカディアの後ろに付いた。
さってと。
鬼が出るか蛇が出るか。
マグノリアのガゼボまで、聊か緊張して歩いたレオカディアは、見えて来たそのガゼボに女性の姿を認め、足を止める。
ヒロインと、さっきの侍女。
隠す気もないのね。
「ねえ、マルシア。最近王城で、侍女を付けてもらった女性はいるかしら?」
「なっ。そのようなことは、絶対にございません。アギルレ公爵令嬢」
レオカディアの問いに、マルシアは即座に否定した。
「そうよね。エルミニオ様からも、両陛下からもそのようなお話、伺っていないもの」
「王城で侍女を付けられる女性は、王妃陛下とアギルレ公爵令嬢だけです」
自国の貴族令嬢に、王族が侍女を付ける。
それは、貴族令嬢を妃として迎え入れるということを意味するものであるとあって、マルシアも必死に否定を繰り返す。
「そのような誤解、王太子殿下がお聞きになったら、どれほどお嘆きになられるか」
「大丈夫よ、マルシア。わたくしは、エルミニオ様を信じているわ」
そもそも側妃という制度が無いこの国に於いて、エルミニオが婚約しているレオカディア以外の貴族令嬢を妃に迎えるというのは、婚約者を挿げ替えるという意味を持つ。
「そのお言葉を聞いて、安堵いたしました」
王城、否、この国で知らない者はいないと言われるほど、エルミニオがレオカディアを溺愛していることは有名で、横槍を入れようとすれば家が滅びるとまで言われている。
「では、突撃しますか」
一呼吸置いて、着衣に乱れの無いことを確認したレオカディアは、しずしずとマグノリアのガゼボへと歩を進めた。
「あ、レオカディア!今日はね、あんたにも飴をあげようと思って来たの!どう?嬉しいでしょ」
ガゼボのテーブルに着き、お茶とお菓子を楽しんでいる最中のピアが、近づいたレオカディアに呼びかけた途端、お菓子の屑が辺りに飛び散る。
「このお茶の支度は、貴女が?」
その惨状にも眉ひとつ動かさず問うレオカディアに、ピアの後ろに立つ侍女、先ほどレオカディアの下へ伝達に来た侍女が頷いた。
「はい。ドゥラン男爵令嬢が、お望みになられましたので」
「そう。それがどういうことか、当然分かっているのよね?」
王城には、貴族であれば入れる区画が幾つかある。
しかし、そのいずれの場所も、王城の侍女が茶席の用意をすることはない。
王城の侍女が茶席の用意をするのは、王族、もしくは王族の婚約者の命を受けた時だけ。
つまり茶席の用意をしたということは、その相手を王族、もしくは王族の婚約者と判断したとみられても、何ら文句は言えない。
「もちろん。分かっております」
「そう。それは、貴女の独断かしら」
王族の意思はと問い詰めるレオカディアに侍女の顔色が悪くなり、ピアが怒りの形相で立ち上がった。
「ちょっと!なに侍女さんいじめてんのよ、この性悪レオカディア。ああ、かわいそうに。あんな奴の言うこと、気にしなくていいからね」
レオカディアに食いつき、後ろに立つ侍女へ優しい笑みを見せるピアに、侍女が心底嬉しそうに小さく頷きを返すのを見て、マルシアが強く拳を握った。
「これは、王家に対する侮辱、いえ反逆です」
「もう一度聞くわね。このお茶席は、両陛下かエルミニオ王太子殿下がお許しになったものなの?」
「・・・・・・」
「エルミニオなら、絶対許してくれるもん!」
レオカディアの問いに対し、無言になった侍女に代わってピアが明るい声で答える。
「その根拠は?」
「根拠って。だって、もう飴を三つあげたから、そろそろ次のクッキーに進んでいい頃合いだもん」
なに、その理由。
ていうか、ちゃんと舐めているかとか、効き具合の確認とか、しなくていいの?
仮に舐めていたとしたって、飴三つじゃ、未だ王城でのお茶会は早いでしょうに。
「ディア!」
レオカディアが呆れて思ったその時、エルミニオが突風の如き勢いで駆けて来た。
その後ろに、セレスティノとヘラルドも続いている。
「エルミニオ様」
「ディア、無事か?怪我は無い?嫌なこと言われたりとかは?」
腕や肩に触れ、心配そうに確認するエルミニオに安堵している自分に気付いたレオカディアは、心のどこかで、エルミニオがピアを選ぶ万が一を恐れていたのだと知り、それを逃れた嬉しい気持ちで優しいはちみつ色の瞳を見つめた。
「大丈夫です。ところでエルミニオ様。一応の確認なのですが。エルミニオ様は、ドゥラン男爵令嬢に、王城の侍女をお付けになられましたか?」
「なっ。そんなことするわけないだろう!」
浮気を疑われたも同意のことを言われ、エルミニオは叫ぶように言うとレオカディアの両肩を強く掴み、その陽の下で緑に輝く瞳に視線を合わせる。
「ですが、そこな王城の侍女が、ドゥラン男爵令嬢のために茶席を用意したと」
「なんだと?」
「エルミニオ!あたしがお願いしたの。だから、侍女さんは悪くないのよ。そもそも、この茶席に呼んだのだって、仲間外れはかわいそうだから、レオカディアにも飴をあげようかなって親切心で。それなのに、レオカディアが意地悪を言って・・・きゃあ!」
じろりと睨んだエルミニオにも怯むことなく、自分も侍女も悪くない、レオカディアが性悪で意地悪なのだと訴えるピアを、護衛が押さえつけた。
「ちょっと!なにすんのよ!」
「侍女もろとも、牢につないでおけ」
「はっ」
「ちょっ・・・!なにすんの!エルミニオ、やめさせてよ!ねえ!セレスティノ!ヘラルド助けて!」
ずるずると引きずられながら叫ぶピアの声が遠くなるより早く、エルミニオはレオカディアの顔に自分の顔を近づけて、自身の潔白を訴える。
「ディア。僕は、あの女に王城の侍女を付けるなどしていない。信じてくれるよね?」
「もちろんです。エルミニオ様」
エルミニオを疑う様子も無いレオカディアに安堵したように、エルミニオが息を吐けば、それを見たセレスティノも安心したように小さく微笑み、改めて不快そうにテーブルに用意された茶席を見た。
「しかし何故こんなことが?」
「あの侍女、完全にあの女の支配下にあるみてえだったな」
「もしかして、王城の使用人にもあの飴を配ったのかしら」
不安そうに言うレオカディアに、エルミニオが難しい顔になる。
「確認する必要があるな」
「王城の侍女か。しかし、どうやって接近したんだ?」
「偶然行き会って、飴くれたって食わねえだろ。絶対」
そんな愚かな者は侍女になどなれない、そもそも貴族として有り得ない、ではどうやってと、四人は同時に首を捻った。
「お茶とお菓子の用意があるということは、厨房も関係しているのかしら」
侍女が勝手にお茶やお菓子を持ち出すことは出来ないはず、と考え込むレオカディアにエルミニオも頷きを返す。
「早急に、王城の使用人全員に対し、危険薬物に関する調査をすべきだな」
「まずは、両陛下にご報告を」
「ああ。行こう。必ず、あの女の企みを暴く」
決意の表情で告げたエルミニオは、三人をゆっくりと見つめてからレオカディアの手をしっかりと掴んで歩き出した。
~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
189
お気に入りに追加
430
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる