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二十三、新緑祭

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「ディア。ひとつ提案なんだけど。今年の新緑祭で、すずかげの箱に、ディアお手製のレース編みを入れるっていうのはどう?」 

「何のいじめですか、エルミニオ様。貰った人も嬉しくないし、入れた私も居たたまれない・・・ああ、なるほど。一度でふたりをいじめられる、画期的な方法ということですね」 

 春に行われる新緑祭。 

 その特徴的な行事として、すずかげの葉を描いた箱に何かを入れて探し合うというものがある。 

 箱に入れるのは、お菓子や小物など様々だが、そこには相手を喜ばせるという意図があり、決していじめの要素となるものではないと、レオカディアはエルミニオを軽く睨んだ。 

「だって、どんなに頼んでもディアがくれないから。だから考えたんだ。すずかげの箱に入れてもらったら、手に入れられる可能性があるからね」 

「あれを欲しがるのは、エルミニオ様だけです」 

「そんなことない。ディアが知らないだけで、需要があるんだよ?だから、十箱くらい」 

「絶対に嫌。却下です。ほら、そんな埒も無いこと言っていないで、真面目に考えてください」 

 すずかげの箱探しは大体自宅で行うのだが、アギルレ公爵家と王家、そしてミラモンテス公爵家とキロス辺境伯家は、共に王城で行っている。 

 そこで、各家で用意することになっている中身を自分たちとしてはどうするか、レオカディアは真面目に検討しようとペンを握り直した。 

「至極真面目な意見なんだけど?」 

「はいはい・・・ああ、何にしましょう。建物内に隠す用に、お菓子でしょ、それからハンカチなんかもいいですね。定番ですけど、消耗品でもありますし」 

 手編みのレースの件を軽く流したレオカディアに苦笑しつつ、エルミニオも会話に参加する。 

「そうだな。誰が受け取ってもいいものにしないといけないからな。その辺りが妥当だろうな」 

 それぞれの家が用意してくる品、そして国王と王妃が用意する品と合わせれば、結構な数になるそれを、総括するのはレオカディアとエルミニオの役目。 

「箱は大中小用意しましたし、使用人たちへの資金も、平民街への補助金も渡し終わりましたから・・うん。全体の前準備は、これくらいで大丈夫そうですね」 

「ああ。後は、箱に銘々好きな物を入れて、隠すだけだな」 

「楽しみです」 

 新緑祭は、その朝、すずかげの箱に品物を入れるところから始まる。 

 それぞれが、テーブルに並べた品を見て選び、箱に詰めて隠す。 

 当然中身は分かってしまうのだが、その時間からもう楽しいと、レオカディアは満面の笑みを浮かべた。 

「僕も楽しみだ。それぞれ家ごとに違う物を用意するから、目移りするんだよな」 

 親族の集まりのようでありながら、各家の夫人にとっては腕の見せ所でもある祭りは、色々な意味で盛り上がると、エルミニオも頬を緩める。 

「少ししたら、街へ視察にも行った方がいいですよね?」 

「そうだな。組合が横領するなど考えられないが、視察は大切だろう」 

 補助金を渡すだけでなく、それが健全に利用されているか確認するのも大事だと、レオカディアとエルミニオは頷き合った。 

「新緑祭が終わったら、次は建国祭ですね」 

「今年も、お揃いにしようねディア」 

「はい。エルミニオ様」 

 建国祭は、純粋に楽しむ要素の強い新緑祭とは趣が異なり、貴族たちにとって重大な意味を持つ。 

 当然のことながら国をあげて祝うのだが、その際、国王主催で大規模な夜会が開かれる。 

 そこに招かれることは栄誉とされるため、貴族たちは皆その夜会に憧れ、参加できるとなればその装いに全力を注ぐ。 

 そんな貴族たちが集う夜会に、レオカディアとエルミニオは、いつも揃いの衣装で出席していた。 

「今年のドレスも、いい出来になりそうだよディア」 

「エルミニオ様の衣装も、素敵な仕上がりです」 

 その、互いに贈り合う衣装は、いつもすずかげの箱経由。 

 誰でも獲得の権利がある、探す用の箱ではなく、個別に贈り合うすずかげの箱で、ふたりは今年も互いの衣装を贈り合う。 

『ねえ、ディア。建国祭のドレス、僕に贈らせてくれない?』 

 最初にエルミニオがそう言ったのは、いくつの時だったか。 

『では、エルミニオ様のお衣装は、私に用意させてください』 

『じゃあさ、すずかげの箱で贈り合おうよ』 

 衣装の件を即座に了承した自分に、わくわくした表情で言ったエルミニオはとても可愛かった、とレオカディアは回想する。 

「ディア?何か、楽しいことでも思いついた?」 

「いえ。最初に、建国祭のお衣装をすずかげの箱でと言った時のエルミニオ様は、本当本当に可愛かったなって」 

「何を言うかと思えば。『お衣装の箱は大きいから、大きなすずかげの葉っぱを!』と言って、本当に大きなすずかげの葉の絵を描かせたディアの方が、ずっと可愛い」 

 悪戯っぽく笑いながら言われ、レオカディアは真っ赤になった。 

「っ!・・・あ、あれは、一枚の葉でなければいけないと、本当にそう思って。でも、悪くない出来でした・・・ひとえに、画家の才能ですが」 

「うん。あれはあれで、良かったよね」 

「本当に、画家に感謝です」 

 大きな箱とは言え、すずかげの箱なのだから、それに見合う大きさの葉を描いてもらわねばならない。 

 そう思い込んでいたレオカディアは、当日エルミニオに贈られたドレスの箱を見て固まった。 

 何も、一枚の葉に拘ることは無かったのだと、その瞬間悟ったのである。 

  

 あれは、衝撃だったわよね。  

 自分の芸術的センスの無さを思い知ったというか。 

 

「僕のディアは、いつだって可愛い。今、そうしてどこか魂抜けたみたいな顔も可愛い」 

「それ、あばたもえくぼって言うんですよ。エルミニオ様」 

 本当に蕩けそうなはちみつ色の瞳で自分を見つめるエルミニオを見つめ返し、レオカディアは、今年は久しぶりに幾枚かの葉ではなく、一枚だけのすずかげの葉を描いてもらおうかと考えた。 


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