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二十二、ピアVSセレスティノ セレスティノ視点

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「海の恩恵、アギルレ公爵令嬢の恩恵、か。俺はそのレオカディアに、施しのつもりかと言ったのだったな。初対面で」 

 自領からの帰り。 

 父と共に馬車に揺られながら、セレスティノは領民の言葉を思い出し、自分が初対面の折、レオカディアに放った暴言を苦く思い返した。 

「過去の失言は、己の行動であがなって行くしかない」 

「はい、父上」 

「セレスティノ。お前は、よくやっている。先だっても、陛下よりお褒めの言葉をいただいた。自信を持ちなさい」 

 そう言った父公爵は威厳に満ち、確かな自信を感じさせる。 

『セレスティノ、すまない。お前の家庭教師を雇う余裕もない』 

 幼い頃、貧しい自領を何とかしようと奔走し、顔色を悪くしていた幽鬼のような父はもういない。 

 セレスティノは、あの頃と同じように忙しくしながらも、あの頃には得られなかった確かな成果を得、生き生きとした目をしている父の姿に、喜びが湧くのを強く感じた。 

 

 ・・・思えば、今こうして我が家が平和なのも、レオカディア達のお蔭なんだよな。 

 

 セレスティノ達が八歳の頃、ミラモンテス公爵夫妻の不仲が社交界の話題をさらったことがある。 

『いい?セレスティノ。悪い噂なんて、原因を究明して、そこを叩けばいいのよ』 

 その時レオカディアは、落ち込むセレスティノに向かって、はっきり堂々と言い切った。 

『大丈夫よ!おじ様もおば様も、お互いを見る目が優しいもの!そんな噂、誰かの策略に決まっているわ!』 

 

 レオカディアは、あの頃から正義感が強くて、面倒見がよくて。 

 そうだ。 

 未だあの頃は、俺とそう背も変わらなかったな。 

 

 今では自分の肩ほどしかないレオカディアを思い、もうかなり遠い記憶になったと、セレスティノは、その時を思い返す。 

 

『・・・知らない人たちが、僕に囁くんだ。ご両親は不仲なんですってね、大変ねえ、って。くすくす笑いながら。その人たちの子も、わざと近づいて意味深に笑ってみせたりするし』 

『大丈夫よ。私たちが、付いているわ』 

『そうだぞ、セレスティノ。ご両親の不名誉な噂は、僕たちが払拭すればいい』 

『俺も協力すっから、安心しろ』 

 もう嫌だ、耐えられない、と、両親が不仲だという噂のたったことを気に病むセレスティノに、レオカディアもエルミニオも、そしてヘラルドも変わらぬ笑顔で傍に居てくれた。 

『ともかく、元凶を見つけることが第一ね』 

『そのやり方が、問題ということか』 

『噂している奴らに聞いたらいいんじゃねえか?最初は誰が言い出したのか、ってさ』 

 みんなで頭を寄せ合い、ひそひそ相談するそれを秘密会議と名付けて、四人は真剣に話し合いを続ける。 

『まずは、お父様、お母様とお話ししてみればいいんじゃない?』 

『・・・父上も母上も、僕には、心配ない、大丈夫としか言わない』 

『そっか。じゃあ、私のお母様にお茶会を開いてもらおうか。うちのお母様とセレスティノのお母様、ミレーラ様は、仲良しだから』 

 それはいいと全員が合意したお茶会には、アギルレ公爵夫人とミラモンテス公爵夫人の他、王妃とキロス辺境伯夫人も参加し、セレスティノ達も一緒にアギルレ公爵邸へ行って、皆で楽しく遊ぶ、ふりをして、母親達の会話を盗み聞いた。 

『・・・実は、旦那様に避けられているのです。ご存じの通り、最近は夜会に行っても別々に行動することが多くて。理由を知りたくて会おうとするのですが、侍女長が言うには、わたくしに会いたくないと仰っているとかで。お部屋を訪ねようとすれば、無理強いはよくない、お忙しい旦那様を煩わせるつもりかと、侍女長に呆れたように言われてしまって』 

 それを聞いていたレオカディアは、叩くべき元凶は侍女長で間違いないと言い切り、ミラモンテス公爵に真実を問うのが近道だと、怒りの表情を浮かべた。 

『きっと、ミラモンテス公爵には、夫人の言葉を歪めて伝えていると思うの。離間の計りかんのけいってやつよ。嫌なひと』 

 離間の計が何なのか、セレスティノにはよく分からなかったが、ともかく話を聞こうということで、何と子供たちだけでミラモンテス公爵の元へ突撃した。 

『仕事中だぞ、セレスティノ』 

 そう言いつつも、恩義あるレオカディアを追い返すことも出来ず、ミラモンテス公爵は、何とか話を聞いてくれた。 

『・・・・・私は、ミレーラに会いたくないなどと言った事は無い。むしろ、私の方が望まれていないと侍女長が言っていた。奥様は旦那様を好きな振りをするのがお上手、すべて演技で、本心では不満に思っている、旦那様への悪口が絶えず心を痛めている、奥様のことは、もうお気になさらない方がいい、と・・・どういうことだ』 

『すべて、侍女長が仕組んだこと、ということです。ミラモンテス公爵閣下。今すぐ、奥方様とお話しなさることを、おすすめいたします』 

 侍女長は、ミラモンテス公爵家に連なる子爵家の出で、幼い頃より公爵邸に仕えている彼女に、ミラモンテス公爵は絶対の信頼を寄せていた。 

 しかし実際は、侍女長となったのをいいことに、部下も巻き込んで、輿入れして来たミレーラ夫人を敵視し、泥棒猫のくせにと下に見ていたことが判明した。 

 夫人は侯爵家の出身で、才色兼備との誉れ高い女性だというにも関わらず。 

 事実が発覚した後、自分がミラモンテス公爵夫人になる筈だった、旦那様の真の妻は自分、今からでも遅くない、旦那様は女狐に誑かされた、と泣きわめく侍女長は見苦しく、彼女におもねったがために共に処罰されることとなった使用人たちは、侍女長であった彼女を悪しざまに罵った。 

 

「どうした?セレスティノ」 

「・・・いえ。我が領は、随分潤ったと思いまして」 

 不仲の噂など、既にして過去のもの。 

 思い出させて不快にさせることもないと、セレスティノは、見て来た領地に話題を変えた。 

「ああ。以前からは考えられないほど発展し、豊かになった」 

 嬉しそうに言うミラモンテス公爵は、今回の領地視察の土産に、留守を守る夫人へ珊瑚の首飾りを用意している。 

「父上、嬉しそうですね」 

「それはそうだろう。ミレーラに贈り物が出来る。それが、とても嬉しい。まあ、お前もそういう相手が出来れば分かる」 

 愛妻家で有名な父の少々崩れた笑みに、セレスティノは、くすぐったいような気持ちを覚えた。 

「残念ながら、未だそういう相手はいませんが、レオカディアが気にしていた孤児院の様子を見ておきたいので、ここで降りてもいいですか?」 

「レオカディア嬢か。今は、王太子殿下と共に民の教育に力を入れているのだったか」 

「はい。おふたり共、学力の底上げは、国力に繋がるとお考えです」 

「頼もしい次代だ。しっかりお支えするんだぞ」 

「はい」 

 必ず、と力強く頷いたセレスティノが馬車から降り、父を見送った所で、不意に護衛が近づく。 

「危険人物と思しき者が、接近してまいります」 

「セレスティノ!こんな所に居たのね!」 

「・・・・・あいつか」 

 護衛の言葉に振り向いたセレスティノは、桜色の髪を靡かせ、走り寄って来るピアを認めて苦い顔になった。 

「あのね!エルミニオとヘラルドにはもうあげたから、セレスティノにもあげるね!」 

「殿下とヘラルドに、何だって?」 

 ふたりの名前を出したピアが何をしたのか確認するため、セレスティノは護衛を下げる。 

「この飴をあげたの!ふふ。セレスティノ。ふたりの後だからって、いじけなくていいよ。おんなじ飴だから。それにしても、領地が貧しいと大変だね。苦労することも多いと思うけど、きっといいこともあるから元気出して」 

 

 ・・・・・うちの領が貧しい? 

 いつの話をしているんだ? 

 今やうちの領は、国内でも一位、二位を争うほど裕福だが。 

 

 整備された公道や港、そして街の活気をじかに感じてきたばかりのセレスティノは、ピアを不審人物と確定した。 

 

 食堂の一件から、可笑しな奴だとは思っていたが。 

 可笑しいだけでなく、何か企みがあるのかも知れない。 

 今の話から推察するに、こちらの弱点を突くのが第一の目的とみえるが、情報がかなり古いのが気になるな。  

 殿下とヘラルドに連絡して、対策を練るか。 

  

「ちょ、ちょっとセレスティノ!何処行くの!?もっと話をしようよ!もっと一緒に居よう?あたし、この後空いてるから大丈夫だよ!」 

 話は終わったと言わぬばかり、既にピアになど目もくれずに歩き出したセレスティノに、ピアが叫ぶように言うも、セレスティノは止まらない。 

「セレスティノってば!今!今すぐ、その飴舐めて!舐めたら、あたしと居たくなるから!」 

 

 慌ててセレスティノの後に続き、ピアがその腕を掴もうとするも、さっと動いた護衛が割り込むことで止め、セレスティノは難なく歩き出すことが出来た。 

 

 ・・・未だ諦めない、か。 

 仕方ない。 

 少し、寄り道するか。 

 しかし『この飴を舐めたら、あたしと居たくなる』とは、どういう意味だ? 

  

 いつまでもセレスティノを追おうとするピアを確認したセレスティノは、このまま行けばピアに目的地を知られることになると判断し、まったく違う方向へと歩き出す。 

 

 殿下にも、ヘラルドにも同じ飴を、か。 

 あの言葉から察するに、意識操作の薬か何かを入れたのだろうな。 

 奴の目的は、何だ? 

 単独犯か? 

 それとも、組織だっているのか。 

 

 いずれにしてもこれは証拠になると、セレスティノは鑑定へと回すべく、ピアから押し付けられた飴をハンカチに包んだ。 

 
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