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六、すべては、うにといくらのために
しおりを挟む「え・・海栗といくら・・じゃなかった鮭の生息地が、ミラモンテス公爵領?そこに交易の話を持ち込んだら、セレスティノと無関係でいられなくなるってことじゃない。そんな・・・私にどうしろっていうのよ」
この世の絶望を見た、とレオカディアは報告書をはらりと落とす。
ミラモンテス公爵子息セレスティノは、現在レオカディア、エルミニオと同じ五歳。
先日、盛大に誕生日を祝ってもらったレオカディアより、少し前の生まれだったと記憶している。
そして余談だが、エルミニオはそのセレスティノより更に前。
こちらは、当然のように国のあげての祝いが行われた。
しかして、問題なのはそこではない。
問題は、セレスティノもゲームの攻略対象だということ。
「これ以上、ゲームの攻略対象と関わり合いになりたくないんだけど」
海栗が、海栗が他の領にも生息していれば、と僅かな望みを持ったレオカディアであったが、そう上手い話は無かった。
「仕方がない。セレスティノとは会わないようにしながら、海栗を融通してもらえるようにするしかないわね」
父親同士の遣り取りにすれば、子供同士が会うことも無いだろう、とレオカディアは、海栗を入手すべく父、アギルレ公爵の元へと向かった。
「・・・・・お父様。ミラモンテス家って、公爵の位を賜っていますよね?」
「ああ、そうだよレオカディア。建国当初からの由緒あるお家柄だ。我が家と同じだな」
にこにことレオカディアの問いに答えるアギルレ公爵とは逆に、レオカディアは、ミラモンテス領の現状を伝えるその書類を見つめて、頽れそうになってしまう。
ミラモンテス公爵家は経済状態が苦しい、ってゲームで確かにあったけど。
本当に公爵家?ってレベルじゃないの。
「ああ。心配しなくていいよ、レオカディア。確かに、ミラモンテス公爵領は公道の整備もなされていないようだけど、うちが出資して直ぐにも整えるから」
領と領を繋ぐ公道さえ整備されていない、というミラモンテス領の現状に白くなっていたレオカディアは、父公爵の当然というような笑顔に唖然となった。
「お父様。そんな、簡単に」
海栗が食べたいがために、父であるアギルレ公爵にミラモンテス領との交易を頼んだのは確かに自分だが、とあまりに早い話の展開に、レオカディアは不安さえ覚えて父公爵を見つめる。
「同じ公爵家だからね。昔から付き合いもあるし、何とか援助できないかと思ってきたんだが、向こうにも矜持がある。だから、今回の交易の件はいい口実になったんだ。ありがとう、レオカディア」
「お父様・・・」
ミラモンテス公爵家は、元は豊かな家だったというが、数代に渡って当主に恵まれず、事業に失敗したり、投資に失敗したり、挙句、領地をまともに経営しないで贅沢三昧を繰り返したりした結果、今のように国内でも最下位を争うほどの貧しさになってしまったのだという。
そっか。
もともと、ミラモンテス公爵家とはお付き合いがあったのね。
でも、うちのパーティなんかでも会わないのは、きっと家計の事情のせいってとこね。
それにしても、お父様優しい。
きっと、ずっと気にかけていたのね。
「大丈夫だよ、レオカディア。ミラモンテス領に海栗といくらを融通してもらえば、鮨の種類も増えて、益々儲けが出る予想だからね」
そのための先行投資だよ、と笑う父公爵に領主としての逞しさを見、レオカディアは思わず笑ってしまった。
「うわああ。港も立派になったのね。これなら、うちの領へも船で行けるわ」
西南にあるアギルレ領と北に位置するミラモンテス領は、決して近いとは言えないものの、山越えの無い海路を使うことで、その移動時間を大幅に短縮することが出来る。
更に、専用の船にいけすを積み込むことで、鮭や海栗を生きたままアギルレ領へ運び、帰りはアギルレ領の魚介を載せることで、ミラモンテス領でも鮨レストランを開業する運びとなった。
それを記念して、今日はアギルレ公爵一家でミラモンテス公爵家へと招かれており、早速と、見事に変貌を遂げたという港を見に来たレオカディアは、満足のため息を零す。
「これで、アギルレ領でも雲丹のお鮨が食べられるわね。ああ、王都でもお鮨が食べられたらいいのに」
今のところ、鮨が食べられるのは、アギルレ領とミラモンテス領のみ。
そして、鮨についても法的に守られることになったが、如何せん生ものため王城で披露することは出来ず、国王も王妃も、実際に食したことのあるエルミニオの話を聞いては羨ましがっていると、エルミニオが誇らしそうに教えてくれた。
『ディア!また一緒に、お鮨を食べに行こう!』
「・・・・・この港に、これほど大きな船が停泊できるようになるとはな」
無邪気に笑うエルミニオを思い出していたレオカディアは、地を這うような怨嗟の声に震え上がって、そちらを見る。
「な、なに?」
「知っているか?船というのは、岸壁の深さで停泊できる大きさが決まる。以前までの貧相な港では、こんな立派な船は入ることも出来なかったということだ」
え。
もしかして、セレスティノ?
その見事な銀色の髪と、レオカディアを蔑むように見つめて来る青い瞳を見返して、レオカディアはゲームの知識を呼び覚ます。
「へえ。岸壁の深さで。そうなのね」
「へえ、って貴様」
馬鹿にしているのか、と鋭く睨まれるも、レオカディアは頓着しない。
「だって、そこまでは知らなかったもの」
「っ・・・港だけじゃない。公道まで整備して。貴様、施しのつもりか?」
「違うわ。私は、雲丹やいくらが食べたいだけよ」
未だ幼いながらも、その矜持の高さを示す言葉と瞳、その表情を真っすぐに見つめ返し、レオカディアは咄嗟にそう言い返していた。
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