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五、鮨

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「やっぱり、お酢もあった。となれば、おすし、食べたい」 

 そう思い立ったが最後、どうしても鮨が食べたくなったレオカディアは、ペンを手に思考を巡らせる。 

 鮨を食べるためには、米と砂糖と塩と酢が必要、そして何より生で食べられる鮮魚が必要、ということで、鮮度のいい魚を入手するべく市について知ろうとしたレオカディアだが、そういえば、生の魚を食べたことが無いと気づく。 

「魚料理はあるのに、生魚を食べないということは、ここ、海が遠いのかな」  

 そう呟いたレオカディアは、そもそも自国の地理を未だよく知らない事実に思い至った。 

「書き取りとか、かんたんな計算をしている段階だものね。まだ、地図も見たことないし」 

 ただ、アギルレ公爵家が領地を持っていることだけは知っている、とレオカディアは早速両親が執務を行っている部屋を訪ねることに決め、侍女に訪ってもいい時間を確認してもらう。 

 

 すぐに大丈夫、って。 

 本当に大丈夫なのかな。 

 

「おねえしゃま!どこいくでしか!?」 

 それはもう、いい笑顔の侍女から『すぐにお越しくださって大丈夫とのことです。お嬢様』と、報告を受けたレオカディアが庭にも続く廊下を歩いていると、自分付きの侍女と遊んでいたらしいブラウリオが、満面の笑みで突撃して来た。  

「きょうは、おとうさまと、おかあさまのところよ」 

「ああ・・・おいしいもの、ちがう」 

 しかし、今日は料理長の所ではない、と知った途端、ブラウリオはその小さな肩を大きく下げてしまう。 

「そんな、残念そうな顔しないで。おいしいものを食べるために、おとうさまとおかあさまに、お願いに行くの。ブラウリオも、いっしょに行く?」 

「おいしいもの・・いくでし!」 

 途端笑顔になり、ぴょんと抱き着くブラウリオを抱き締めてから、レオカディアはその手を引いて歩き出した。 

 

 ふふ。 

 可愛い。 

 美味しい物、大好きだもんね、ブラウリオ。 

 ・・・・・んん? 

 もしや、この子も食いしん坊。 

 

「おねえしゃま?」 

 そうか、自分たちは食いしん坊きょうだいだったのか、とひとり納得しつつ、レオカディアはブラウリオの頭を撫でる。 

「おねえしゃまのおめめ、きれいでし」 

「ありがと。ブラウリオの目も、とってもきれいよ」 

 言いつつ、レオカディアは、自分を懸命に見上げているブラウリオの新緑を思わせる美しい瞳を見た。 

「おねえしゃまのおめめ、いま、みどりでし」 

「あかるい場所だから、かな?ブラウリオとお揃いね」 

 レオカディアの瞳は、明るいところでは緑色だが、明度が落ちる場所では紫色に見えるという。 

 もちろん、鏡でしかレオカディアは確認することは出来ないが、他の家族やエルミニオは、その変化を美しいと、いつも言ってくれていた。 

「おそろい!おねえしゃまとおそろい!あ、でも。むらさきも、きれいでしよ?」 

 明るい陽の差し込む廊下で、嬉しいと屈託なく笑うブラウリオの頬に自分の頬を寄せ、レオカディアはぎゅっとその小さな体を抱き締める。 

「ありがとう、ブラウリオ」 

 もしもこの可愛い弟に『おねえしゃまのおめめ、こわい、きらい』などと怯え、言われたら、相当な衝撃だっただろうと、レオカディアは、今の幸福に感謝した。 

 

 

 

「・・・・で、今度は何を思いついたんだい?レオカディア」 

「はい、おとうさま。うちの領に、海はありますか?」 

 執務室を訪ねるなり、レオカディアに、にこにこと質問したアギルレ公爵は、そう質問を返されて目を丸くした。 

「あるよ。でも、海がどうかしたのかい?」 

「えっと、おすしが食べたくて。なので、地図が見たいです」 

「・・・・お鮨とやらが食べたくて、だから、地図を見たい?」 

 ふむ、と不思議そうに首を捻り、鮨と地図の因果関係を問いたげなアギルレ公爵に気付いたレオカディアは、慌てて言葉を付け足す。 

「地図をみながら、せつめいします!」 

 

 お父様。 

 お鮨には、新鮮な、生食可能な魚介が必須なんです。 

 いや、田舎寿司とかもあるけど、今私が食べたいのは海鮮の鮨なので! 

 地図見せてください。 

 そして、新鮮な魚介を私に! 

 

 

 

「・・・・・なんてこと。うちの領には海があるのに、生魚を食べるのは、島に住むひとたちだけだなんて」 

 その日。 

 地図を見つつ、両親から領地について簡単に教えてもらったレオカディアは、領地に海があったその事実に狂喜するも、すぐに生魚はあまり食べないという現実を知り、膝を突きたくなった。 

「ううん。食べないだけで、手には入るんだから、食べるようにすればいいのよ」 

『うちの子たちは、領地思いで嬉しいよ』 

『本当に。我が領は、安泰ですわね』 

 そんな親馬鹿な発言を思い返しつつ、レオカディアは、自分と共に熱心に地図を見ていたブラウリオを思い出す。 

『おねえしゃま。うみがあると、おいしいもの、たべられるでしか?』 

 きらきらと瞳を輝かせて言った、その言葉は食いしん坊そのものだが、鮨を食べさせたなら喜ぶに違いないと思えば、やる気も湧く。 

 

 漁港はあると言っていたから、そこで今扱っている魚介の種類と、うちの領で獲れる魚、生息している魚介を調べて、それから、王都まで生で食べられる状態で運べるか検証して。  

 それが無理なら、お鮨は領で食べることにしてもいいかな。 

 あとは・・・・・。 

 

「え?海栗うにがいない?」 

 うきうきと、鮨計画を進行させていたレオカディアは、その報告に愕然となった。 

「海老は生息しているのに、海栗はいない。そして、鮭がいないから、いくらも無い・・・鮭はまあ分かるけど、海栗うには、いてもよさそうなのに」 

 『何で?』と思うも、いないものはいない、ということで、諦める・・・なんてことをするはずもなく『何処かの領には、生息している筈』と、レオカディアは調査を進めていくことに決める。 

「おねえしゃま!おいしいでし!」 

「うん、ディア。ほんとうにおいしい」 

 雲丹うにといくらが調達できないなかでも鮨計画は順調に進み、領地の海に公爵一家で訪れる際には、エルミニオまでもが付いて来るようになった。 

 因みに、公爵夫妻は、この地に鮨レストランなるものを開店させるべく、忙しく飛び回っており、跡継ぎであるクストディオも、今回は両親に同行している。 

 

 鮨レストランかあ。 

 これまた予想外だけど。 

 漁師さんや地元のみんなも嬉しそうだし、ブラウリオとエルミニオの笑顔も見られたから、まあいいか。 

 それにしても、海栗うにといくらよね。 

 ああ、私の海栗よ、いくらよ、何処に生息しているの? 

 

「うん。おいしい」 

 何処かに生息している筈の海栗といくら・・否、鮭に思いを馳せつつ、レオカディアは、エルミニオ、ブラウリオと共に、美味しい鮨を満喫した。 

 
~・~・~・~・~・~・~・~・
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