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52.今とこれから

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「この庭も、ちゃんと見られるようになるのか」 

 シライからの求婚を受けた翌日、佳音は期待に満ちた目で硝子の向こうを見つめた。 

 庭の風景は相変わらず何も見えない白い世界だけれど、その白が大分薄れているように感じて佳音は目を凝らす。 

「霧が薄くなっているようなのに、何も見えないって不思議」 

 普通、霧が薄れれば薄れただけ、影のように景色が見えるものなのにと佳音は硝子に張り付いた。 

「佳音様、お茶がはいりました」 

 後ろから蘭に声をかけられ、佳音は名残惜しそうに硝子から離れる。 

「ねえ、蘭。ここのお庭、蘭には見えているんだよね?」 

「はい」 

「俺には未だ未だ霧景色でさ。霧自体は薄くなっているのに、何にも見えないんだ。そういうものなの?」 

 庭に在る筈の物の影も形も見えない、と佳音は畳の方へと移動し、卓に座ってため息を吐いた。 

ぎょくをお使いになること自体初めてのことだそうで、天空神様方にもお分かりにならないことばかりのようです。佳音様にはご不安にさせることばかりで申し訳ありません」 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げられ、佳音はぎょっとする。 

「蘭!そんな風に頭を下げたりしないで!誰が悪いわけでもないんだから」 

「ですが、佳音様はご自身を生贄だと思われていたとか。杏もわたくしも、佳音様の口から『生贄』という言葉を聞いたことがありましたのに、そのようなつもりで嫁してこられたのだと勝手に判断してしまいました」 

「嫁して来た、って。そっか、蘭も杏も最初から俺のこと」 

「はい。大切なご内室様をお迎えすると聞いておりました」 

 内室、とはっきり言われて佳音は赤面した。 

 

 つ、つまり最初から俺はシライの妻扱いだったってことか。 

 そりゃあ、大切にされるよな。 

 

「ごめん。俺、何も分かってなくて」 

「いいえ。少し考えれば分かることでした。いくら天空神様と佳音様が仲睦まじくおなりだとしても、佳音様が仰った『生贄』という言葉を軽んじるべきではありませんでした」 

 心底後悔している蘭の眉は、佳音が見た事もないほど寄っている。 

 最初は生贄のつもりで嫁いだ佳音も、シライの想いに絆されてその仲を形成していくなかで、その心づもりも変わったと理解していた蘭と杏にとっても、佳音が自分を生贄だと認識していた今回の件は衝撃だった。 

「俺は、それはもう思い込んでいたから。それでさ、俺はいずれ消える身だからって、ここの事を学ぼうとも思ってなかったけど、これからここで生きて行くなら必要だと思うから。蘭にも色々教えてほしい」 

「もちろんです」 

 にこりと言われて、佳音はお茶に口を付ける。 

「おいし」 

「良かったです。こちらは天空神様が特に気に入られている茶葉で、天空神様の域で栽培されているものです」 

「へえ。お茶の葉も栽培されているんだ。いつか見に行けるかな」 

「佳音様がお望みになれば、連れて行っていただけると思います」 

「楽しみにしとこ」 

 それにはまず完全なる眷属となる必要があることを思い出し、佳音は息を吐き出した。 

「焦らずとも、順調だと伺っております。佳音様は、水神様のお子様だということも判明されたとか。あの素晴らしい力は、ご両親様譲りのものでいらしたのですね」 

 火の神の襲撃を受けた際の佳音を思い出し、蘭が大きく頷く。 

「そうみたい。でも、ああいう力はカハ様も持っていないから、これからちゃんと使えるように訓練するらしい」 

「はい。そう伺っております」 

「術の使い方って、難しい?」 

 かなり高度な防御の術を展開していた蘭に聞けば、彼女はきらきらとした目で言い切った。 

「やれば、できます」 

「え?できれば、もう少し具体的に。どんな訓練した、とか」 

「訓練はありませんでした。見ていて、やってみたら出来ましたので」 

「そ、そうか」 

「はい。そういうものです」 

 だから大丈夫だ、と蘭は胸を張って言うけれど佳音の胸には一抹の不安が宿る。 

 

 それって、実力あるひとが言う台詞。 

 

 元々の才能がある者は、見ているだけで技を盗めてしまうことを佳音は知っている。 

 そして自分が、そういった天才肌ではないことも。 

 

 俺は俺で、出来るように努力しよ。 

 そのためにも、今ヒスイとやっている力を循環させる訓練が大事になるんだろうな。 

 

 自分は今、基礎の基礎に居るのだと佳音は改めて気を引き締めた。 

 

 
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