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37.邂逅

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「はじめまして。佳音と申します」 

 

 麗人だ、麗人が居る! 

 いや、神様の眷属だからひとじゃないけど正にその言葉ぴったり! 

 

 シライの言っていた通り、佳音が過ごす部屋を訪れた客を出迎えた佳音は、緊張しつつも脳内で絶叫していた。 

 銀の髪に銀の瞳。 

 長身でありながらその嫋やかな容姿は中性的で、麗人というにこれ以上の存在は無いと思えるほど。 

 

 シライはすっごい美丈夫だけど、また違う美人さん。 

 はう。 

 綺麗だ。 

 

「んんんっ!」 

 思わず見惚れていた佳音は、わざとらしいシライの咳払いに現実へと引き戻された。 

 けれど、それは麗人の方も同じであったらしく、苦笑と共に佳音へと微笑みかける。 

「これは、失礼をいたしました可愛いひと。私は、水神の眷属でヒスイと申します」 

「可愛いひと?」 

「はい。佳音殿の余りの愛らしさに、思わず声も出せずに見惚れてしまいました」 

「っ!綺麗なのはヒスイ様の方でっ。俺の事は佳音って呼び捨てにしてください」 

「ありがとうございます、佳音。では、私のこともヒスイと呼び捨てにしてくださいね」 

  

 うわああ。 

 声まで麗しい・・・じゃなくて! 

 

 うっとりとヒスイの声に聞き入った佳音は、判断を仰ぐためにシライを見た。 

  

 俺如きがこの麗人を呼び捨てにしていいのか? 

 

 シライの生贄である佳音は、その立場上そのままシライの指示を待つ。  

「佳音のことも呼び捨てにするのだ。呼び捨てで構わぬだろう」 

 しかしむすっとした顔で言われ、佳音は焦った。 

 

 どうしよう! 

 神様の眷属に殿なんて付けられて焦っちゃったけど、これも聞くべきだった!? 

 勝手に呼び捨てにしてなんて言っちゃいけなかったのか!? 

 

 混乱する佳音の頭に、シライの大きな手がぽんと乗る。 

「ああ、大丈夫だ佳音。お前は何も間違ったことなど言ってはいない」 

「そうですよ、佳音。ただ天空の神様が狭量なだけです」 

「佳音。こいつの言うことなど聞かなくていい」 

「ふふ。いつもの余裕は何処いずこへか」 

 謳うように言うヒスイの唇は、麗しい声を裏切ることなく笑みを形づくっているけれど、瞳は少しも笑っていないしそれはシライも同じ。 

 心なしか、部屋の温度も下がっているように感じる。 

「あ、あのっ。お茶にしませんか!?」 

 あちら、こちら、と、おろおろふたりを交互に見ていた佳音は、胸元で拳を握って渾身の一撃を繰り出した。 

 

 

 

 

「おいしいお茶ですね」 

「ですよね!蘭は、とてもお茶を淹れるのが上手いんです。あ、今日はいませんけど杏もうまいんですよ・・って。すみません、分かりませんよね」 

 三人で脚の高い卓に座り蘭が用意したお茶を楽しむ、というよりは笑顔のまま肚を探り合っているようなシライとヒスイに困惑を極めた佳音は、ヒスイが漏らした言葉を懸命に拾った結果、敢え無く失敗した。 

「大丈夫ですよ。あそこに控えているのが蘭という使用人で、もうひとり杏という使用人がいるということでしょう?」 

「俺にとっては友人というか、姉というか。とてもよくして貰っているんです」 

「姉、ですか。佳音には本当のお姉さんもいますか?」 

「いいえ。俺に兄弟姉妹はいません。俺、戦災孤児なんで記憶に無いだけかもしれないですけど」 

 心なしか視線を落とした佳音をシライが案じるように見つめ、ヒスイはその秀麗な銀の瞳を眇める。 

「戦災孤児、ですか?お母さまは」 

「ほんとに小さかったからか、記憶に無くて。気づいた時には神官様に保護されていて・・・ヒスイ?どうかした?」 

「ヒスイ殿?」 

 突如真っ青になったヒスイを、佳音だけでなくシライも驚いた顔で見た。 

「ああ、いえ。何だか気分が。申し訳ありませんが、今日はこちらで失礼します」 

「それは大変!すぐお医者様に・・って。神様の眷属って、お医者様いるの?」 

「大丈夫だ。オレの方で手配する。ヒスイ殿、こちらに。佳音、また少しいい子にしていてくれ」 

 青い顔のヒスイを前に、ぶれることなく佳音の頬へ口づけたシライだけれど、その顔には佳音が見たこともない焦燥を浮かべていて、佳音を堪らなく不安にさせる。 

「シライ?何か隠しごとしてる?」 

「っ。後できちんと説明する。ヒスイ殿、とにかく行こう」 

 ヒスイの肩を抱くようにしてシライが歩き出せば、蓮もそれに付き従う。 

「あ、シライ!」 

 見送る間もなく慌ただしく引き戸が閉じられ、後にはぽつんと佳音が残され、思わずシライへと伸ばした手がぱたんと落ちる。 

 佳音を振り返ることもなく出て行ってしまったシライ。 

 その隣にいたのは、佳音など到底及ばない麗人。 

 お似合い、と誰もがいうだろうふたり。 

「俺、頬に口づけしてないよ、シライ」 

 卓にある茶会の名残がより侘しさを増し、佳音は切なく目を閉じた。 

  

 
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