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22.桃の精

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「お疲れ様、シライ」 

「ああ、佳音。今戻った」 

 蓮の開けた引き戸を潜り、笑顔で佳音に近づいたシライがそのまま頬へ口づけようとするのを察し、佳音は目を見開いてその動きを止めた。 

「なんだ。嫌なのか?」 

「え、だってこれって、朝夕の挨拶なんじゃないの?今は、一旦戻っただけだよね?」 

「そんな訳あるか。行く度、戻る度、だ」 

「そうなの?」 

「おう」 

 半信半疑な佳音を引き寄せると、シライは当然と頬に唇づけ、にやりと笑って唇にも口づけた。 

「なっ」 

「別に頬とは決まっていない。ほら、佳音も早く」 

 急かされるまま頬に口づければ唇にもと言われ、昼休憩の時間も決まっていることから、佳音は時間節約と抗うことなくシライの要望通りに唇にも触れる。 

 いや、本当に触れただけなのだが、再び見たシライの顔は何故か脂下がっていた。 

 美丈夫なのに勿体ない、とは佳音の心の中だけの秘密である。 

「可愛い。背伸びしてオレに口づける佳音。このまま寝台へ行くか」 

「何を莫迦な事を。午後も執務があるんだろう?ほら、食事の用意してくれているから」 

 シライの手を引き、昼食の用意がされている高足の卓へと向かう佳音をシライが途中で止め、蓮に何かの指示を出した。 

「佳音。これを」 

 そして畳に端座したシライが、佳音の前に畳紙たとうしのような紙で包まれた何かを丁寧に置くのを見て、佳音は背筋を伸ばす。 

「ありがとう。洗濯してくれたんだ」 

 その紙に包まれていたのは、佳音の神官服。 

 袴の折り目もきっちりと、丁寧に扱われたことが分かる仕上がりのそれに、佳音はそっと指を這わせた。 

「もう二度と帰してはやれないが、この衣は佳音の誇りだ。大切に持っているといい」 

「ありがとう・・・ございます。それに、わざわざ持って来てくれて、ありがとう」 

 佳音が言えば、シライが安堵したように笑う。 

「佳音様。お預かりいたします」 

 すっ、と傍に寄った蘭が再び丁寧に包み、神官服を佳音の箪笥へと仕舞った。 

「それにしても、桃の衣か。オレの口づけを思い出したか?それとも、もう一度桃の口づけが欲しいという催促か?」 

 感慨深く神官服が仕舞われるのを見ていた佳音は、先ほどまでの厳粛さは夢だったのではと思うほど、ふざけた様子のシライの言葉に眉根を寄せた。 

「は?なに言ってんだよ」 

「とぼけなくともいい。その桃の装い。オレに喰われたいという意思表示だろうが」 

 言われ、佳音は自分の姿を顧みる。 

 今の自分の装いは、薄桃色の衣に若竹色の帯。 

「そんな意図は微塵も無い!」 

 瞬間、すべてを理解した佳音は寄って来るシライをぐぐっと押し返した。 

「遠慮など要らぬ。麗しい桃の精の願い、叶えてやろう」 

「誰が桃の精だよ・・っし掛かるなっ、って!」 

 佳音を畳に押し付けようと乗り上げて来る身体を押し戻そうとするもシライの力に適わず、 

敢え無く畳と仲良くなった佳音が喚く。 

「桃の精のようにきれいだ、ということだ。味も桃の如く甘いのだろう?」 

「知るか!いいからどけ・・って!」 

 言いつつ懸命に押し返そうとする佳音を、シライが簡単に押さえ込んだ。 

「オレは知っているぞ。佳音はどこもかしこも甘い」 

「んっ・・あっ・・だめっ」 

 首筋に吸い付かれ、衣が乱れるのを感じて佳音が暴れるも、両手首を掴まれ、足を足で押さえつけられて首を振ることくらいしか出来ない。 

「ああ・・・佳音」 

 唇に唇が下りてきて、そのまま舌が入り込もうと佳音の唇を舐めた。 

 

 これ、凄く気持ちいい奴。 

 

 その感覚を思い出し快楽に身を委ねようとして、佳音はその視界の端に蘭の沓先を捉えて跳ね起きる。 

「シライ!蘭達が見てる!」 

「見せておけばいい」 

「見られながらするって?俺にそんな趣味は無い!それに、午後も執務なんだろ?こんなことしてさぼりなんてしたら、国が傾く」 

 駄目、絶対、と懸命に言う佳音の横でシライが起き上がり、前髪をかきあげた。 

「見た目は傾国の美女なのに、中身は賢い妃か」 

「莫迦なこと言ってないで、お昼食べないと。食べ損ねちゃうぞ」 

 くつくつと笑うシライの手を引いて立ち上がらせた佳音は、聞こえてしまうのではと思うほどの激しい鼓動を感じてシライを盗み見る。 

 

 前髪かきあげる仕草、すっごくかっこよかった。 

 いや、いっつも格好いいんだけど。 

 

「どうした?」 

「う、ううん。なんでもない」 

「そうか。髪をかきあげるオレに見惚れたか」 

「っ!なんで分かったの!?」 

「分からいでか。オレの桃の精だからな。さすれば、やはりこれから寝台に」 

「それは駄目。執務大事」 

 ぐっと顔を寄せるシライの口を両手で押さえ付け、佳音はどきどきしながら抗戦した。 

 

 もう、そんな顔禁止! 

 格好よすぎるから! 

 

「では、夜の楽しみとしよう・・・お互い」 

「っ!」 

 ふっ、と耳に息を吹きかけられ頭のてっぺんに口づけられ、更にシライが蠱惑の笑みを浮かべるのに気持ちを乱された佳音は、真っ赤になったまま睨むことさえ出来なかった。 

 


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