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15.過去の覗き見

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「佳音、どうした?」 

 寝台まで運ばれて来た角盥をじっと見つめる佳音に気づき、シライが問えば眉尻を下げ困り切った顔がシライを向いた。 

 一体何事か、それほど重要な何かがあったかと焦るシライに、佳音がおろおろと口を開く。 

「どうしよう。俺、濡らさないでここで顔を洗う自信が無い。きっと、寝台もなにもかもびしょびしょにしちゃうよ」 

「っ・・それでそんな困った顔を?」 

 思わず吹き出すように笑ったシライを、佳音が睨む。 

「大げさだ、って顔に描いてあるぞ。まったくもう。仕方ないだろ、こんな誰かに仕えられるような暮らししたことないんだから」 

 むしろ仕える方だった、と胸を張って言う佳音の髪をシライはそっと撫でた。 

「そうか。ならば、佳音がいつもしていたように洗顔するか」 

 そう言うと、角盥など朝の支度のための道具を持って来た蓮と杏に命じて、その道具を流しの方へ持って行かせ、自身も寝台から下りようとしたシライを、佳音が押し留める。 

「シライ、もしかして俺がどうやって顔洗っていたか知ってる?」 

「おうよ。いつも井戸の傍で桶に水を張って洗っていた。茶碗なども、そうして洗っていたな」 

 悪びれることなく答えたシライの背を、佳音がばんっと叩いた。 

「何をする。痛いじゃないか」 

「覗きしてた罰」 

 少しも痛みなど感じていないようなけろりとした顔で、わざとらしく背に手を当て言うシライに佳音がきっぱり言えば、何を思ったかシライが偉そうに胸を張る。 

「全部じゃないぞ。見ていたのは、祈りを捧げているところや洗顔。それから食事の支度からの食事、だが、これは時間が足りなくて続きで全部見られたことは無い。あとは村を歩いているとき、人や動植物と話ししている時、くらいだ」 

「くらい、って。充分だろ」 

「そんなことはない。もっと四六時中見ていたかったが、我慢したのだ。まあ、執務があるので切れ切れにしか時間が取れなかったというのもあるが」 

 ぶつぶつと言うシライを、佳音はじとっと見た。 

「それ、執務が無くて時間があったら我慢しなかった、って聞こえるけど?」 

「それは無論!執務の無い日は本当に佳音を愛でる時間が長くて楽しかった」 

「へええええ」 

「が、しかし!覗かれて嫌だろう場面は覗かぬようにしたぞ。身体を清める時など、肌を晒す場面は絶対に見ぬようにした」 

「当たり前だから!」 

 そんな所まで見られていたら恥ずかしいより先に許せない、と佳音が言えば、シライが心底安心したような顔をする。 

「良かった・・・死ぬ気で耐えて」 

「そんなにかよ!?」 

「そんなにだ。耐えるといえば、襲いに行くのも必死で耐えた。特に辛かったのは禊の時だな。白い単衣の衣というだけでもそそるのに、水に入って、その衣が佳音の肌に纏わり付けば胸の頂までもが見て取れて・・己が兆してしまうのを感じて慌てて視線を逸らせば、濡れた髪が額に張り付いていて、唇は赤く、肌はより白く青いほどで、直ぐに抱き締め温めてその唇を塞ぎたいほどだった」 

 その時を思い出したかのように、ほう、と息を吐くシライに佳音はひと言言い放った。 

「変態」 

「なっ」 

「ああ、信じられない。神に祈りを捧げるための禊を、そんな風に神が見ていたなんて」 

 わざとらしく言い募り、勝ち誇ってシライを見た佳音は、予想とは異なるシライの様子にそのまま固まった。 

「だが、実際に近くで見た佳音の肌は、より肌理細かできれいだった。触り心地も最高で」 

 佳音に変態と言われ、自失していた筈のシライがにやりと笑いながら、思わせぶりな手てきで佳音の肩に触れる。 

「っ!」 

 昨夜の情交を思い出させるような手の動きに佳音が反応すれば、その笑みが益々深くなった。 

「それに何より、湯にも共につかり、佳音を隅々までこの手で清めることが出来た。僥倖だ」 

 仕上げのように、ふっ、と耳元に息を吹き込めば真っ赤になった佳音が万歳をするように手をあげた。 

「もうっ。俺の負けでいいから!」 

「ならばこのまま寝台で」 

「俺は腹が減った!」 

「オレもだが、先に佳音を食すでも」 

「シライ!今日の執務は?」 

 昨夜の行為が初めてだった佳音には辛いかもしれないが、やはりもう一度抱きたい、挿れるのが辛いのなら触れるだけでも、否、それは我慢がききそうにないから浅く挿れるだけでも、などと考えていたシライの耳に、聞きたくない言葉が飛び込んで来た。 

「・・・ある」 

「なら、朝ごはん食べて、執務に行って、それから!分かった?」 

「っ!その言いよう。すべてを終えてからならいいのか?」 

「ああ。存分に食え」 

 ふんぞり返って答えた佳音は、嬉しそうに佳音に口づけて寝台を下りるシライを見てふと首を傾げた。 

 

 俺、生贄らしくなくない? 

 

 
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