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116.側面のお話<愛馬と愛しの婚約者、そして俺の嫉妬>パトリック視点
しおりを挟む「フォルトゥナ。恨むぞ」
思い切り俺と駆けて満足したのだろう。
嬉しそうに小川の水を飲むフォルトゥナの首を撫でてやりながら、俺は恨みがましい声を出してしまった。
尤も、そんな声は聞こえないかのように甘えてくるのが可愛くもあって、俺はため息を吐く。
「まったく、お前は」
ぺちぺち、と首を叩けば嬉しそうに鼻を伸ばす。
フォルトゥナは俺の頼もしい相棒で、大切な愛馬。
だからこそローズマリーに紹介して、ローズマリーと共に乗せてもらおうと思ったのに、当のフォルトゥナに完全拒否をされてしまった。
それでもフォルトゥナがローズマリーを嫌ってはいないことは分かったので、最終的にはローズマリーを抱え上げてフォルトゥナに乗せてしまえば大丈夫だと安心もしていた。
それならば、さっさとそうしてしまえばよかったものを、フォルトゥナに何度そっぽを向かれても、頑張って仲良くなろうとするローズマリーが可愛くて、もう少し見ていたい、などと思ってしまったのが運の尽き。
懸命なローズマリーの気持ちも考えず、フォルトゥナと仲良くなろうと頑張るローズマリーが可愛い、俺とフォルトゥナの関係の近さに妬いてくれているローズマリーはもっと可愛い、などという理由で碌に助けることもなく見つめていた俺の傲慢さが、最悪な結果を導いてしまった。
『アポロン!』
見覚えのある馬が突然ローズマリーに擦り寄った、と思う間もなく飛び込んで来たメイナード。
その姿に、俺は思わず眉根を寄せた。
涼やかな貴公子、と、その美しいと評判の容姿からも女性達に人気の彼は有能なうえ、見た目に反して物凄く腕の立つ騎士でもある。
ウェスト公爵家騎士団副官としての働きも申し分なく、俺個人としてもメイナードを信頼している、のだが、いや、だからこそ、ローズマリーとは余り近しく会わせたくないと思っていた。
「メイナードさま」
副官として、一度だけ紹介されたメイナードをきちんと覚えていたらしいローズマリーが、その愛らしい声でメイナードを呼ぶ。
「ローズマリー様、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
心から気にしていないことが分かる可愛い笑顔を、メイナードに向けるローズマリー。
ローズマリー。
そんな可愛い笑顔、俺以外に見せなくていいから!
声に出せたらいいと思うが、狭量な男だとローズマリーに知られたくない。
それにしても、メイナードもメイナードだ。
俺が、幼少の頃からローズマリーに執ちゃ・・・んんっ、ローズマリーを好きなことを知っているくせに、遠慮するどころか、普段は見せることのない、心からの笑みを浮かべてローズマリーを見つめてさえいる。
しかもあの人を寄せ付けないアポロンが、ローズマリーの手から砂糖の塊を食べただけにとどまらず、甘えるように擦り寄ってもいる。
他者に対し、厳しく冷たい姿勢を崩さないメイナードとアポロンが、ローズマリーには心を許している。
ローズマリーなら、アポロンに乗れるかもしれない。
メイナードもアポロンも懐かせてしまうとは、流石俺のローズマリー、と思いつつも心中のもやもやは無くならない。
ローズマリー。
俺がここに居ること、忘れていないか?
なかなかに複雑な思いを抱え、楽しそうなローズマリーとその他、一頭とひとりを見つめていると、真摯な表情になったメイナードが、凛々しい騎士の態度でローズマリーに向き直った。
「ローズマリー様。よろしければ、アポロンに乗ってくださいませんか?」
そして、言葉にしたのは俺も思った可能性。
確かにアポロンは、ローズマリーなら喜んでその背に乗せるだろう。
だかしかし、だがしかしだ!
「メイナード。ローズマリーは、ひとりで騎乗できない」
最悪の未来を回避すべく急ぎローズマリーの傍へ行こうとした俺は、フォルトゥナに阻まれて前進することさえできなかった。
そんな俺を見ていたローズマリーが、何かを決意したようにアポロンへと向き直る。
「アポロン。わたくしを乗せてくださる?けれど、わたくしひとりで馬に乗れないの。というか、乗ったこともなくて。だからね、メイナードさまに一緒に乗っていただけたら、と思うのだけれど、どうかしら?」
そして、俺が回避しようとした最悪の未来。
メイナードとローズマリーが共にアポロンに乗ること。
それを望む、と何とローズマリー本人が口にした。
俺以外の男とローズマリーが、共に馬に乗る。
何の悪夢だ。
どうして俺が、ローズマリーが俺以外の男、しかも女性からの人気も絶大なメイナードと共に騎乗する姿を見なくてはならないのか。
しかも今現在、上目でメイナードに懇願しているローズマリーは物凄く可愛いし、そんなローズマリーを見つめ返すメイナードの瞳もやわらかく優しくて、それはもう、美男美女でこれ以上ないくらい絵になっているし、いっそもう想い合う恋人同士の様相。
そこに見事な黒馬までいるのだから、その構成は完璧。
近い!
近いだろう、その距離!
一体何を見せられているのか、と俺は心のなかで叫んだ。
いや、厩舎の中のことなので、距離の近さはある程度致し方無いのだが。
だがしかし、物理の距離はそれにしても近すぎるし、何より心理の方も近い気がして、俺は苛立ってしまった。
しかも、俺が見るに、アポロンはローズマリーの願いを聞き入れた様子。
あの人嫌いのアポロンが。
それは、感慨深いことでもある。
あるのだが。
「それであの。メイナードさまはいかがでしょう?」
俺と同じくアポロンの出した答えが判ったらしいメイナードから、アポロンが乗せてくれると言っている、と聞かされたローズマリーが、そう言って再びメイナードを見あげる。
その可愛さ。
そして俺は初めて、メイナードが女性に請われて息を飲み、瞳を震わせるのを見た。
いつもは、女性に近寄られただけで不快そうになるくせに。
分かっている。
ローズマリーに他意は無い。
ただ、馬に乗ってみたいと思っているだけだ。
しかし分かってはいても、ローズマリーが他の男と見つめ合っているのは面白くないし、俺以外と馬に乗ろうとしているのは、もっと面白くない。
というか、許せない。
「私はもちろん構いません。ですが」
俺の心情も分かっているだろうメイナードが殊勝な様子で俺を伺うが、実際にはローズマリーと共にアポロンに乗る気満々なのが見て取れる。
「パトリックさま。フォルトゥナさんは、パトリックさまとふたりきりがいいのだと思います。いつも傍に居られるわけではないのですから、当然でしょう。幸い、わたくしのことはアポロンが乗せてくれるようなので、メイナードさまに甘えたいのです」
メイナードがこれほど期待に満ちているのは、アポロンに乗れるから、なのか、ローズマリーと共に、だからなのか。
一体、重きはどちらにあるのか。
そんなことを考えていた俺の耳は、とんでもないローズマリーの言葉を捉えた。
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