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105.続 欲張りな希望でも
しおりを挟む「さあ、着いたよローズマリー。お手をどうぞ」
そのとき小舟が島に着き、パトリックさまは手を伸べて私を丁寧に下ろしてくれると、そのまま小舟を固定して、再び私へと手を差し出した。
「探索ですか?」
砂浜も森も、歩くだけで楽しそうだと思いわくわくと尋ねれば、パトリックさまも楽しそうに笑う。
「この島に、危険な生き物はいないから安心して」
「はい。あの私、こうして砂浜を歩くの初めてです。湖にもあるのですね」
きゅ、きゅ、と鳴る砂が珍しく、子どものようにはしゃいでいる自覚はありつつも、鳴らして歩くのを止められない。
「浜が無い湖は、いきなり深くなっている可能性も高いから気を付けるんだよ?うん、いい音だ」
子どものようだと思うのに止められない、とジレンマになっている私と同じようにパトリックさまが砂を鳴らす。
それは、私の行動を肯定してくれる動き。
『気にしなくていい』と、態度で示してくれるパトリックさま。
そんなパトリックさまと居ると、私ものびのびと自由で、本当に心から楽しい。
「パトリックさまと居ると、本当に幸せな気持ちになります」
なので、その気持ちそのままに音にすれば。
「俺も、凄く幸せだよローズマリー。ずっと、君とここに来たかった」
パトリックさまも、蕩けるような笑顔を見せてくれた。
「こうして森を歩いていると『虹色のトマト争奪戦』を思い出します」
パトリックさまと手を繋いで歩く森。
ここには、何のトラップも無いと判っているけれど、あの日のことを思い出して私は何となく周囲に注意を払ってしまう。
「あの日一緒に行動できなかった悔しさを晴らすためにも、ローズマリーとふたりで冒険、というのも楽しそうだな。とはいえ、君を危険に晒すのは絶対に嫌だからしないけれど」
「私も、少しはお役に立てると思いますけれど」
それでも駄目ですか?と問えば、パトリックさまが苦笑した。
「ローズマリーに何かあったら、俺が絶対冷静に対応できなくなるから、却下」
「私も、パトリックさまに何かあったら、パニックになってしまうと思います。けれど考えてみれば、人生というのは一大冒険譚のようなものなのかもしれませんね」
木漏れ日を心地よく浴びながら歩く森のなか。
私は、その人生を共に歩くパトリックさまと繋いだ手をじっと見つめた。
「ローズマリー。俺は、その人生のなかで、君に冒険より危険な、魔獣討伐という任を課さねばならない時があるかも知れない。けれどどんな時も、君の安全を第一に考えることを誓う」
私と繋いだ手を、ぎゅ、と握り直したパトリックさまが、真摯な瞳でそう告げる。
「いいえ。第一に考えるべきは、より多くの方の安全と魔獣の討伐です。当主たる者が私情に駆られてはなりません」
その大好きなはしばみ色の瞳を見つめ、私は強くそう言葉にする。
パトリックさまは、やがてウェスト公領の領主に、そしてこの国の重鎮になる存在。
その公人たるパトリックさまが、私のために道を誤るような真似はしてほしくない。
「ローズマリー。すまない、訂正する。有事の際には、俺と共に闘って欲しい。最大、俺が君を護るから」
「はい、パトリックさま。パトリックさまのことは、私が精いっぱいお護りします」
優しく髪を撫でられ、私はパトリックさまの手のあたたかさに心が潤うのを感じる。
「ああ。でもね、ローズマリー。本音を言えば、俺は何よりも君が大切で、優先したい」
私を真っ直ぐに見つめて言うパトリックさまに、私は、ほっこりと温かい気持ちになった。
「嬉しいです。本当は私も、パトリックさまに何より優先されて幸せだと思うのです。あの、先ほどは生意気なことを言ってごめんなさい。間違ったことは言っていないと思いますが、言い方が」
「うん。公爵夫人の威厳があった」
もじもじと言っていると、パトリックさまが茶目っ気たっぷりな瞳で楽しそうに私を見つめて来る。
「やっぱり意地悪です」
ふい、と顔を背けた私の瞳を、パトリックさまが追いかけるように覗き込んだ。
その瞳には、最早ふざけた色は無くて、私は吸い込まれるようにパトリックさまを見つめる。
「領民も君も必ず俺が護るから、信じて付いて来て欲しい」
そして言われた真摯な言葉に、私は強く頷きを返す。
「はい。パトリックさま」
やがて、重責を背負うことになるパトリックさま。
私は、その伴侶として、パトリックさまが信頼して背を預けられるような同士に、そして同時に癒しの存在として傍に居たいと思う。
欲張りな、お話だけれど。
それでも、どんな時もパトリックさまの一番近くに在るのは私でいたい。
パトリックさまと手を繋ぎ、再び森を歩きながら私は強くそう思った。
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