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103.ふたりきりでの旅行、なのです。
しおりを挟む「ローズマリー。あの城が、目的地だよ」
「凄い・・・素敵・・・」
パトリックさまに言われ馬車の窓から外を見た私の目に映ったのは、未だ遠い白亜の優美なお城。
それは、瀟洒、というのにこれ以上相応しいお城は無いのではないかと思うほど。
「とても綺麗なお城ですね」
領都のお城から、ここまで馬車で大体一時間。
目の前に広がる湖とその湖畔に佇む優美なお城に、私は気持が際限無く高揚するのを感じる。
そして湖のカーブに添って馬車が走れば、一枚の風景画のように端然と佇むお城の全貌が見えて来る。
「本当に素敵」
美しい曲線を多く取り入れられたその造りはまるで気高い貴婦人のようで、うっとりとした声が出てしまう。
「気に入ってくれたみたいでよかった。今日から三日間、短くはあるけれど、あそこでゆっくり過ごそうね、ローズマリー。ふたりだけで」
ローズマリーと、やっとふたりきりになれた。
今日、もう幾度も口にされた言葉をまた音にして、パトリックさまが嬉しそうに笑う。
「ああ。でも泊まる部屋はもちろん別だから、安心して」
パトリックさまの笑顔、やはりとても素敵です。
などと考えていた私は、パトリックさまが、少し意地悪そうな笑みを含んで言った言葉に即、発火してしまった。
パトリックさまと、同じお部屋に泊まる。
それは、寝巻姿を見せる、とか、そういうこと、で。
寝巻姿など、お父さまにだって久しく見せていない、と思うだけでどんどん恥ずかしくなってしまう。
「ローズマリー?もしかして、同じ部屋が良かった?」
「い、いえ、あの!別々のお部屋で、お願いします!」
勢いよく返事をして顔をあげた私は、目の前のパトリックさまの瞳が楽しそうに輝いているのを見た。
「パトリックさま!また、からかいましたね!」
もう、何度やられても上手く返せない、これが惚れた弱みということかしら、と私は脱力してしまう。
「からかってなんていないよ。ローズマリーさえよければ、俺は同じ部屋に泊まりたい、と思っているからね」
けれど、一緒の部屋がいいなんて当たり前のことだよね、とさらりと言われ、私は絶句してしまった。
「だって、俺はローズマリーと出来るだけふたりきりで過ごしたいのだから」
それなのに色々邪魔が入って、と呟くパトリックさまが、はあ、と大きなため息を吐く。
「あの、すみません。土地神さま方のことでは、本当にお世話になりました」
西の土地神さまに『他の土地神の元も訪って欲しい』と言われた私は、フレッドお義父さまの決断で、その翌日から他の公爵領を土地神さまと訪問することとなった。
『他の公爵には、私が話をしよう』
とおっしゃったフレッドお義父さまが一緒に行ってくださるのは、とても嬉しく心強かったし、翌日からすぐ、というのは、一刻も早く、という希望を述べられていた土地神さまにも喜びをもって迎えられ、私は、フレッドお義父さま・・・だけではなく、パトリックさまも一緒に・・・だけでもなく、何故かロータスお義母さまとカメリアさまも一緒に、残り三公爵さまの元を訪ねることとなった。
それでも、突然転移で城内へ行ってしまえば流石に不法侵入になってしまう、ということで、その土地の土地神さまを伴って西の土地神さまが先に該当の地の公爵さまを訪れ、簡単な経緯を説明してから、私たちを連れて行く、という形になって、私はとても安心した。
そして実際に行ってみると、他の土地神さまや精霊の皆さんは本当に弱っていて、ちゃんと回復できるのかと心配になってしまったけれど、私の作った物を食べると皆さまきらきらに復活されてとても嬉しかった。
土地神さまや精霊さんたちが私たちを喜んで迎えてくれたのに対し、公爵さま方の反応は色々で、最後まで胡散臭そうな方もいらしたけれど土地神さまや精霊さんたちは見えたようで、私を胡乱な目で見ながらも料理することを許してくれた。
少し居心地は悪かったけれど、嘘偽りを言っていないことは伝わったし、何よりウェスト公爵家の皆さまがご一緒だったのでとても心強かった。
そうか。
このため、だったのですね。
当初、何故皆さま揃って移動されるのかと訝しく思った自分が私は恥ずかしく、皆様の深慮、先を見通す力に頭が下がる思いがした。
そんな私が作ったその地の土地神さまの好物は、土地神さま、精霊さんたちの他、何故かウェスト公爵家の皆さまに好評で、また作って欲しい、とまでおっしゃっていただいた。
そんな完全予定外の、土地神さま訪問があったこともあって、私とパトリックさまはふたりきりで過ごすという時間をこれまで持てなかった。
だからなのか、昨日、土地神さま訪問を完全に終えると同時に、パトリックさまは皆さまの前で宣言をされた。
曰く。
『俺がローズマリーとしたいことリスト。明日から実行します!』
私としたいことリスト?
そのようなものをお作りに、と思っていると、皆さま『いよいよなのね!』と盛り上がっていらしたけれど、私には何がいよいよなのか分からない。
高揚する雰囲気のなか、ひとり戸惑っていると『乗馬もしようね』とパトリックさまがおっしゃって、それで私にも漸く、何がいよいよなのか分かって嬉しくなった。
ご用もすべて終わったので、約束したことを色々やりましょう、ということだったのね。
そうして始まった、二泊三日のパトリックさまとの旅行。
「パトリックさま。私も、パトリックさまとふたりでいられるの、すごく嬉しいです。たくさん、一緒に居てくださいね」
この旅行にも、もちろんマーガレットは付いて来ているけれど、テオとクリアと一緒に別の馬車に乗っているので、この馬車には私とパトリックさましかいない。
そんな自由さもあって、私は自分の気持ちを素直に口にした。
「っ!」
とても恥ずかしかったけれど言い切って達成感のある私に対し、パトリックさまはそれを聞くと何故か絶句され、片手で目を覆ってしまわれた。
「パトリックさま?」
もしやいやだったのかと心配になって声を掛ければ、唸るように、嫌なんかじゃない、むしろ逆だとおっしゃる。
嫌じゃなくて、むしろ逆なら、嬉しい、と思ってくださるということかしら。
それなら、とても嬉しいと思う私の前で、パトリックさまは。
「心頭滅却・・・心頭滅却・・・」
と、何か呪文のような言葉を呟き続けていらして。
私は、ここまでの会話と心頭滅却の関係について、お城に着くまで考え続けた。
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