100 / 136
99.続 作るお菓子は<はちみつレモンゼリー>なのです。
しおりを挟む「本当に美味しそうだ。ローズマリー、あの羽付き小人を早く呼んで、さっさと用事を済ませてしまおう。それで、一緒にお茶にしよう」
「羽付き小人、って。パトリックさま」
「うん、言い得て妙だろう?」
私は、その言い方はどうでしょうか?というつもりで言ったのに、パトリックさまはそう言って胸を張られた。
パトリックさまに、揶揄するような気持ちは無いのかも。
思いつつ、私はウエハースさんとアップルパイさんに呼びかけようとして止まる。
「声に出した方がいいのでしょうか?それとも、心の内で呼びかければいいのでしょうか?」
テオとクリアなら正解が判ったかも知れない、と、食材を扱う厨房ということで今は部屋でお留守番をしてもらっている二匹の可愛い姿を思った。
「声に出してもらえると、私達にも分かって助かる」
「あ、そうですね。では、そのようにいたします」
フレッドお義父さまの言葉に頷き、私は改めて呼吸を整える。
それはそうよね。
心の内だったら、皆さんには状況が分からないうちに精霊さんが現れて驚く、なんてことになりかねないもの。
浅慮だったわ。
反省しつつ、ここにいない誰かに呼びかける音量は、などと頓珍漢なことを考えて気を紛らわせた。
うう。
緊張します。
「ふう。それでは、いきますね・・・ウエハースさん、アップルパイさん。約束のお菓子が完成しましたよ」
『完成したか!』
「っ!」
「うわ、早いな!」
私が言い終わるか終わらないかのタイミングで現れたウエハースさんとアップルパイさんに驚いていると、パトリックさまが代表するかのように声をあげられた。
「こんにちは。ウエハースさん、アップルパイさん。こちらです」
どきどきしながらテーブルに並べたレモンゼリーを示せば、ウエハースさんとアップルパイさんの目がきらきらと輝き出す。
『『わああ』』
そして、食い入るようにゼリーを見つめたふたりは、きらきらとした瞳を私へと向けた。
『礼を言う、ローズマリー。凄く美味しそうだ』
『ありがとう、ローズマリー。幸せの香りに満ちていて、素敵なのです』
「気に入ってもらえたのなら、私も嬉しいわ。テーブルに並べてしまったのだけれど、大丈夫かしら?ワゴンとかの方がいい?」
テーブルごと移動させるのなら、ワゴンの方がいいかしらと思って尋ねればウエハースさんとアップルパイさんが首を傾げる。
『何が違うんだ?』
「ワゴンの方が移動させやすいかしら、と思って。このテーブルだと場所も大きくとるでしょう?」
どれほどの広さの場所へ転移させるのか分からないけれど、このテーブルは相当に大きいと言う私にウエハースさんが笑った。
『問題無い。菓子だけを転移させるから』
「あ、なるほど。そうでしたか」
私の勘違いだった、と恥ずかしく思っているとアップルパイさんとウエハースさんが、よろよろと私の方へと飛んで来る。
その羽も姿も痛々しくて、私はそっと手を伸べた。
『知らないことは恥ずかしいことじゃないの、です』
『その通り。何も恥ずかしがることはない。では、転移させてもらう』
にやりと笑ったウエハースさんが言った次の瞬間、テーブルに用意していたゼリーがすべて一瞬で消えた。
けれど、ウエハースさんとアップルパイさんは、未だここに居る。
「自分が共に行かなくとも、転移できるのか」
そのに事実に、パトリックさまが感心したような声を出された。
『お前は出来ないのか?』
「着地点の安全の確認が取れないだろう?自分が居ないと」
『いや?自分が動かずとも、着地点は見えるからな』
「凄いな」
『別に凄くはない。おれたちには、それが普通だ。だがしかし、そうだな。まずは見知った場所を思い浮かべ、そこへ何かを移動させてみろ。不安なら、自分の視界の範囲内から始めてもいい。その訓練を繰り返しすれば、お前にも出来るようになると思うぞ』
「そうか。ありがとう、やってみるよ」
ウエハースさんの助言に、パトリックさまが真摯な表情で頷かれる。
『では、おれたちも帰る』
『ローズマリー、本当にありがとう』
そうして、満面の笑みを浮かべたふたりも消え、辺りには私たちとレモンゼリーの香りだけが残った。
0
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ
秋月乃衣
恋愛
幼くして母を亡くしたティアリーゼの元に、父公爵が新しい家族を連れて来た。
自分とは二つしか歳の変わらない異母妹、マリータの存在を知り父には別の家庭があったのだと悟る。
忙しい公爵の代わりに屋敷を任された継母ミランダに疎まれ、ティアリーゼは日々疎外感を感じるようになっていった。
ある日ティアリーゼの婚約者である王子と、マリータが思い合っているのではと言った噂が広まってしまう。そして国から王子の婚約者を妹に変更すると告げられ……。
※他サイト様でも掲載しております。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。
霜月零
恋愛
私は、ある日思い出した。
ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。
「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」
その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。
思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。
だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!
略奪愛ダメ絶対。
そんなことをしたら国が滅ぶのよ。
バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。
悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。
※他サイト様にも掲載中です。
乙女ゲームのヒロインに転生したらしいんですが、興味ないのでお断りです。
水無瀬流那
恋愛
大好きな乙女ゲーム「Love&magic」のヒロイン、ミカエル・フィレネーゼ。
彼女はご令嬢の婚約者を奪い、挙句の果てには手に入れた男の元々の婚約者であるご令嬢に自分が嫌がらせされたと言って悪役令嬢に仕立て上げ追放したり処刑したりしてしまう、ある意味悪役令嬢なヒロインなのです。そして私はそのミカエルに転生してしまったようなのです。
こんな悪役令嬢まがいのヒロインにはなりたくない! そして作中のモブである推しと共に平穏に生きたいのです。攻略対象の婚約者なんぞに興味はないので、とりあえず攻略対象を避けてシナリオの運命から逃げようかと思います!
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜
矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。
この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。
小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。
だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。
どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。
それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――?
*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる