悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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94.続 可愛らしいお客さま、なのです。

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『おいしい』 

『ああ。生き返った』 

 そうして少し元気になった様子のふたりから聞くに、ウエハースさんもアップルパイさんも、千年の昔から土地神さまや仲間たちと共にこの地を守って来たのだという。 

 

 千年前から、ウエハースとアップルパイがあったのかしら? 

 

 などと思った私は、ふと土地神さまと他のお仲間さんは大丈夫なのかと思い至る。 

「あの、差し出がましいことを言うようですが、土地神さまや他のお仲間の皆さまは大丈夫なのですか?」 

『大丈夫では、ない。土地神様はともかく、仲間達はろくに動くことも出来ない状態だ』 

 ウエハースさんが、辛そうに言って目を伏せた。 

『でも、あの。ローズマリーがお菓子を作ってくれれば、そしてそれを食べれば、みんな元気になれるの、です』 

 アップルパイさんの言葉に、私は首を捻った。 

「わたくしが作ったお菓子、ですか?」 

『そうだ。それを食べれば、みんな元気になる。だから、頼みたい』 

 真摯な瞳で言うふたりに、私が作ったものでいいのなら、と思うけれど、すぐには約束できない。 

「わたくしがお作りするのは構わないのですが、こちらの方に了承を得る必要があります」 

 ここは、ウェスト公爵領。 

 ウェスト公爵の許可なく勝手な真似はできないと私がふたりに告げれば、ふたりとも大きく深く頷いてくれた。 

『もちろんだ。ローズマリーは、偉大なる神の大切な方でもあるのだから、迷惑をかけるような真似は絶対にしない』 

  

 え? 

 偉大なる神? 

 

 そのような方にお会いしたことは、と私が戸惑っていると、ウエハースさんとアップルパイさんがテオとクリアの元に飛んだ。 

 クッキーを食べて、少し元気になったと言っていたけれど、その薄羽は傷んだままで、かなり飛び難そうにしている。 

『偉大なる神よ。あなた方の大切なローズマリーの力をお借りしてもよろしいでしょうか。我ら、食に飢えており、ローズマリーの力を必要としているのです』 

 よろよろと飛んだふたりに、大丈夫?と声をかけようとして、私はウエハースさんがテオとクリアにそう語り掛けるのを聞いて目を瞠った。 

 

 え!? 

 それって、テオとクリアが偉大なる神、ということ? 

 まさか、でも、聖獣って言っていたから・・・え? 

 本当に? 

 

『偉大なる神よ、どうぞご許可を』 

 驚く私の前で、アップルパイさんもウエハースさんと共に、テオとクリアに頭を下げている。 

『『おなかがすいているの?』』 

 そして、テオとクリアの問いかけに、更に頭を深く下げた。 

『あのね。ローズマリーのごはん、とってもおいしいんだよ!』 

『それでね。ローズマリーのごはん、すごくげんきになれるの!』 

『『ローズマリー、つくってあげられる?』』 

 敬虔な信者のように額づくふたりに対しテオとクリアは天真爛漫に答えると、どうかな、どうかな、という目で私を見あげて来た。 

 そして、ウエハースさんとアップルパイさんも、期待の籠った眼差しで私を見る。 

「わたくしは大丈夫なのですが、公爵さまに了承をいただきませんと」 

 そこは譲れないのだと言えば、ウエハースさんが、ふん、と鼻を鳴らした。 

『偉大なる神の了承を得たのだ。人間の了承など、不要だ』 

『駄目よ、ウエハース。ひとにはひとの、決まり事があるの、だから』 

 そんなウエハースさんをアップルパイさんが窘め、ウエハースさんは面倒そうにため息を吐く。 

『そうか。ならば了承を得てくれ』 

「分かったわ」 

「あの、お嬢様。どなたとお話をされていらっしゃるのですか?」 

 ウエハースさんの言葉に私が頷いたとき、怪訝な声がしてマーガレットが近くまで来た。 

「ああ、こちらウエハースさんとアップルパイさん。この地の精霊さんなのですって」 

 そう言って、テオとクリアの前にいるふたりを紹介するも、マーガレットは首を傾げるばかり。 

「ええと、申し訳ありません。わたくしには、テオとクリア以外何も見えないのですが」 

 戸惑うように言うマーガレットに驚いていると、ウエハースさんとアップルパイさんが深く頷いた。 

『さもありなん。おれたちと交流できる人間は少ない。魔力値が高くないと、姿を見ることも声を聞くことも出来ないのだ』 

「そう、なのね。あのね、マーガレット。ここに精霊さんが来ていて、お菓子を作って欲しいと言われているの。でも、わたくしの一存では決められないから、パトリックさまにお伺いしてこようと思うのだけれど」 

「分かりました。お送りいたします」 

 マーガレットには見えていない存在の話なのに、疑うこともせずそう言ってくれるのが嬉しい。 

「ありがとう、マーガレット」 

 心から言えば、マーガレットが淡く笑ってテオとクリアを見た。 

「お嬢様が、そういった存在に好かれる方だというのは学習済みです。お任せください」 

 マーガレットによれば、テオとクリアのことも精霊のようなものだと認識しているそうで、私に害がなく、危険が無いならそれでいいのだそう。 

 何ともざっくりしているけれど『ですが、お嬢様に害なすものは何人たりとも許しません』と言い切ったマーガレットは物凄い迫力だった。 

「マーガレット。パトリックさまのお部屋をお教えいただかないと」 

 どなたかに声を掛けて、と思う私にマーガレットが不思議そうな目を向ける。 

「さきほど、お嬢様もお教えいただいていましたよね?」 

 確かに、私がお借りする部屋に行く前、パトリックさまがエントランスで教えてはくれたけれど、棟も違うパトリックさまの部屋が何処なのか、私にはさっぱり分からない。 

「そうだけれど。一度聞いただけでは」 

「問題ありません」 

 きりりと言い切ってから優しい笑顔になったマーガレットが、再び迷いなく歩き出す。 

「え?もしかして、あの一度の説明で分かったの?」 

 初めてのお城で、言葉だけの説明で、既にしてその場所が分かるらしいマーガレット。 

 そして事実、その歩みには惑いが無い。 

 

 ゆ、優秀過ぎ。 

  

 動揺のあまり立ち止まりそうになった私は、マーガレットに置いて行かれれば即迷子、という現状を思い出し、ウエハースさんとアップルパイさんをその頭に乗せたテオとクリアを抱き直して、懸命にその背を追いかけた。  

  
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