95 / 136
94.続 可愛らしいお客さま、なのです。
しおりを挟む『おいしい』
『ああ。生き返った』
そうして少し元気になった様子のふたりから聞くに、ウエハースさんもアップルパイさんも、千年の昔から土地神さまや仲間たちと共にこの地を守って来たのだという。
千年前から、ウエハースとアップルパイがあったのかしら?
などと思った私は、ふと土地神さまと他のお仲間さんは大丈夫なのかと思い至る。
「あの、差し出がましいことを言うようですが、土地神さまや他のお仲間の皆さまは大丈夫なのですか?」
『大丈夫では、ない。土地神様はともかく、仲間達はろくに動くことも出来ない状態だ』
ウエハースさんが、辛そうに言って目を伏せた。
『でも、あの。ローズマリーがお菓子を作ってくれれば、そしてそれを食べれば、みんな元気になれるの、です』
アップルパイさんの言葉に、私は首を捻った。
「わたくしが作ったお菓子、ですか?」
『そうだ。それを食べれば、みんな元気になる。だから、頼みたい』
真摯な瞳で言うふたりに、私が作ったものでいいのなら、と思うけれど、すぐには約束できない。
「わたくしがお作りするのは構わないのですが、こちらの方に了承を得る必要があります」
ここは、ウェスト公爵領。
ウェスト公爵の許可なく勝手な真似はできないと私がふたりに告げれば、ふたりとも大きく深く頷いてくれた。
『もちろんだ。ローズマリーは、偉大なる神の大切な方でもあるのだから、迷惑をかけるような真似は絶対にしない』
え?
偉大なる神?
そのような方にお会いしたことは、と私が戸惑っていると、ウエハースさんとアップルパイさんがテオとクリアの元に飛んだ。
クッキーを食べて、少し元気になったと言っていたけれど、その薄羽は傷んだままで、かなり飛び難そうにしている。
『偉大なる神よ。あなた方の大切なローズマリーの力をお借りしてもよろしいでしょうか。我ら、食に飢えており、ローズマリーの力を必要としているのです』
よろよろと飛んだふたりに、大丈夫?と声をかけようとして、私はウエハースさんがテオとクリアにそう語り掛けるのを聞いて目を瞠った。
え!?
それって、テオとクリアが偉大なる神、ということ?
まさか、でも、聖獣って言っていたから・・・え?
本当に?
『偉大なる神よ、どうぞご許可を』
驚く私の前で、アップルパイさんもウエハースさんと共に、テオとクリアに頭を下げている。
『『おなかがすいているの?』』
そして、テオとクリアの問いかけに、更に頭を深く下げた。
『あのね。ローズマリーのごはん、とってもおいしいんだよ!』
『それでね。ローズマリーのごはん、すごくげんきになれるの!』
『『ローズマリー、つくってあげられる?』』
敬虔な信者のように額づくふたりに対しテオとクリアは天真爛漫に答えると、どうかな、どうかな、という目で私を見あげて来た。
そして、ウエハースさんとアップルパイさんも、期待の籠った眼差しで私を見る。
「わたくしは大丈夫なのですが、公爵さまに了承をいただきませんと」
そこは譲れないのだと言えば、ウエハースさんが、ふん、と鼻を鳴らした。
『偉大なる神の了承を得たのだ。人間の了承など、不要だ』
『駄目よ、ウエハース。ひとにはひとの、決まり事があるの、だから』
そんなウエハースさんをアップルパイさんが窘め、ウエハースさんは面倒そうにため息を吐く。
『そうか。ならば了承を得てくれ』
「分かったわ」
「あの、お嬢様。どなたとお話をされていらっしゃるのですか?」
ウエハースさんの言葉に私が頷いたとき、怪訝な声がしてマーガレットが近くまで来た。
「ああ、こちらウエハースさんとアップルパイさん。この地の精霊さんなのですって」
そう言って、テオとクリアの前にいるふたりを紹介するも、マーガレットは首を傾げるばかり。
「ええと、申し訳ありません。わたくしには、テオとクリア以外何も見えないのですが」
戸惑うように言うマーガレットに驚いていると、ウエハースさんとアップルパイさんが深く頷いた。
『さもありなん。おれたちと交流できる人間は少ない。魔力値が高くないと、姿を見ることも声を聞くことも出来ないのだ』
「そう、なのね。あのね、マーガレット。ここに精霊さんが来ていて、お菓子を作って欲しいと言われているの。でも、わたくしの一存では決められないから、パトリックさまにお伺いしてこようと思うのだけれど」
「分かりました。お送りいたします」
マーガレットには見えていない存在の話なのに、疑うこともせずそう言ってくれるのが嬉しい。
「ありがとう、マーガレット」
心から言えば、マーガレットが淡く笑ってテオとクリアを見た。
「お嬢様が、そういった存在に好かれる方だというのは学習済みです。お任せください」
マーガレットによれば、テオとクリアのことも精霊のようなものだと認識しているそうで、私に害がなく、危険が無いならそれでいいのだそう。
何ともざっくりしているけれど『ですが、お嬢様に害なすものは何人たりとも許しません』と言い切ったマーガレットは物凄い迫力だった。
「マーガレット。パトリックさまのお部屋をお教えいただかないと」
どなたかに声を掛けて、と思う私にマーガレットが不思議そうな目を向ける。
「さきほど、お嬢様もお教えいただいていましたよね?」
確かに、私がお借りする部屋に行く前、パトリックさまがエントランスで教えてはくれたけれど、棟も違うパトリックさまの部屋が何処なのか、私にはさっぱり分からない。
「そうだけれど。一度聞いただけでは」
「問題ありません」
きりりと言い切ってから優しい笑顔になったマーガレットが、再び迷いなく歩き出す。
「え?もしかして、あの一度の説明で分かったの?」
初めてのお城で、言葉だけの説明で、既にしてその場所が分かるらしいマーガレット。
そして事実、その歩みには惑いが無い。
ゆ、優秀過ぎ。
動揺のあまり立ち止まりそうになった私は、マーガレットに置いて行かれれば即迷子、という現状を思い出し、ウエハースさんとアップルパイさんをその頭に乗せたテオとクリアを抱き直して、懸命にその背を追いかけた。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
【完結】今更魅了と言われても
おのまとぺ
恋愛
ダコタ・ヒューストンには自慢の恋人が居る。彼の名前はエディで、同じ魔法学校の同級生だ。二人の交際三ヶ月記念日の日、ダコタはエディから突然別れ話をされた。
「悪かった、ダコタ。どうやら僕は魅了に掛かっていたらしい……」
ダコタがショックに打ちひしがれている間に、エディは友人のルイーズと婚約してしまう。呆然とするダコタが出会ったのは、意外な協力者だった。
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全17話で完結予定です

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる