悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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91.続 夏季休暇。みんな一緒に転移旅行!?なのです。

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「そういえば、ウェスト公爵の領都のお城は、とてもご立派なことで有名なのよ。それこそ、王城を凌ぐくらい。それとね、うちの領と一番違うのは、魔獣討伐の拠点とするためのお城があることなのですって。領都のお城から魔獣討伐に向かうことも多いそうで、当然、侍女や侍従はその状況に慣れているでしょうから、貴女は少し苦労するかも知れないわ」 

 侍女や侍従。 

 直接主人一家に仕える彼らは、邸の情勢にも詳しい。 

 そんな彼らが、魔獣討伐どころか魔獣を見たことも無い私を快く迎え入れてくれるか、お母さまは心配なのだとおっしゃった。 

「魔獣討伐は、やがて私も参戦するものです。心して学ぼうと思っています」 

「その意気や良し!なんてね。大丈夫よ、ローズマリー。最初から実戦に行かせるような真似はしないし、わたくしやパトリックが必ず傍にいるわ」 

 背筋伸ばす思いで言った私の後ろからそんな声がして振り向けば、カメリアさまが笑顔で立っている。 

「カメリア様。どうかローズマリーのこと、よろしくお願い申し上げます」 

「はい。大切にお預かりします。それに、領の者達も皆、ローズマリーに会えるのを楽しみにしております。ご心配には及びませんわ」 

「ふふ。それほど心配なら、アイリスも一緒に来てしまえば?」 

 お母さまの後ろから驚かすように現れ、そのままお母さまを抱き締めてしまったロータスお義母さまが、半ば本気の表情でおっしゃった。 

「ロータス。君は、幾つになってもそのように、少女のような真似を」 

 すると、お父さまがすごい速さでやって来て、お母さまを自分へと引き寄せる。 

「アーネストこそ、いつまでも心の狭い」 

 一方のロータスお義母さまも、そんなお父さまに負けることなく、お母さまの反対の腕を抱き込んでいらっしゃる。 

「ロータス様。ローズマリーのこと、よろしくお願いいたします。至らないところは、どうぞ躾けてやってくださいませ」 

 睨み合うお父さまとロータスお義母さまに挟まれたまま、そうおっしゃるお母さまに合わせ、私もロータスお義母さまに頭を下げた。 

「お任せなさい。といっても、少しも心配していないのだけれど。行儀作法は何も問題無いのだから、教えるといっても領内のことや魔獣のことでしょう?一族や重鎮にもそう煩いひとはいないし、誰に会わせるのもローズマリーなら何も心配いらないわ。もちろん、危険な目になど絶対に遭わせないから安心して」 

 心配ない、とおっしゃるロータスお義母さまの言葉を聞きながら、私は、私の荷物を用意してくれながらお母さまがおっしゃった言葉を思い出す。 

『ロータス様に伺って来たのだけれど、この度の訪問で、ローズマリーを一族皆様にご紹介くださるご予定なのだとか。そのほかにも、領の重鎮や有力人物にも。その時々でお茶会や晩餐会を催されるようだから、ドレスは多めに用意しましたよ』 

 普段、散財するような真似を絶対になさらないお母さまが、様々な格式のお茶会や晩餐会に対応できるよう幾着ものドレスと、それに合わせて靴や装飾品も作ってくださっていた。 

 そのときには、未だ婚約しただけの私が、領の重鎮の方や有力者にも顔見せするなど公式には無いのではないか、とその用意を大げさのように思っていたけれど、今こうしてロータスお義母さまの言葉を聞けば、そのお話が俄然現実味を帯びる。 

 

 お母さま、ありがとうございます。 

 

 私が恥をかかないよう、万全に整えてくれたお母さまには感謝しかない。 

 

 私は本当に、まだまだね。 

 

 思えば、私ひとりでよそ様の領にお世話になるなど初めてのことで、私は急に心細くなる。 

「ローズマリーは、必ず僕が護ります」 

 心が萎れていくような感覚に怯えていると、不意に肩があたたかくなって、気づけばパトリックさまの腕のなかにいた。 

「よろしくお願いしますね」 

 お母さまの言葉にパトリックさまが頷かれ、合流したフレッドお義父さまが楽し気に笑う。 

「何だか、このまま嫁に来てくれるような錯覚に陥るな」 

「それは幻だ。疾く現実に戻られよ」 

「楽しい夏にしましょうね、ローズマリー」 

 フレッドお義父さまとお父さまがじゃれ合い、カメリアさまが私の腕に抱き付いて来る。 

 笑い声が辺りに響き、そうしている間に、いよいよ馬車の用意がすべて整った。 

 幾度もお礼を言い、私のことを託した両親が馬車に乗り、ふわりと笑顔で私を抱き寄せたお兄さまも、ゆっくりと腕を解いてその後に続く。 

 やがて動き出した馬車の窓から、お父さまもお母さまも、そしてお兄さまも笑顔で手を振ってくださる。 

「お気をつけて」 

 私もそう言って手を振り返し、同じように手を振ってくださるパトリックさまやカメリアさまと共に、見慣れた我が家の紋章付きの馬車が去って行くのを見送った。 

「さあ、ローズマリー。ここからは、お義母さま、と呼んでね」 

 馬車がすっかり見えなくなり、少ししんみりしていると、幾度もお母さまの名を呼び、まるで少女のように手を振っていらしたロータスお義母さまが、茶目っ気たっぷりにそうおっしゃる。 

「では、私はお義父様、だな」 

 そしてフレッドお義父さまも笑いながらそうおっしゃって、私はほっこりと温かい気持ちになった。 

「あとふたつ、他領の街を経由したら、その後はもうウェスト公領だよ。ローズマリー。大丈夫?疲れてはいない?」 

 パトリックさまは、そう言って私を労わってくださるけれど、パトリックさまにこそ、その言葉はお贈りしたい。 

「パトリックさまこそ、お疲れなのではありませんか?」 

 何といっても、ひとりで私たち全員を転移させてくださっているのだし、その距離はかなりのもの。 

「「「パトリックの魔力は、無尽蔵だから大丈夫」」」 

 そう思い言葉にすれば、何故かパトリックさまが口を開かれるよりも早く、カメリアさま、ロータスお義母さま、フレッドお義父さまが声を揃えて力強くおっしゃられた。 

 その余りに揃った声と呆れてさえいらっしゃるような表情に驚きはしたけれど、それをパトリックさまが苦笑しながらも肯定されていたし、顔色も悪くなかったので、本当に大丈夫なのだと安心できた。 

 そうしてパトリックさまに伸べられるままに手を繋ぎ、転移するまでの間、その地の青空を見あげる。 

 これから向かうウェスト公領。 

 パトリックさまを育まれた、もうひとつの場所。 

 そこへ行く、ということが、まるでパトリックさまの記憶と遭遇するような心持で。 

 私は、高鳴る胸の鼓動を感じながら、ぎゅ、とパトリックさまの手を握り返した。 

  

 

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