悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
84 / 136

84.続 婚約者と<食べさせ合いっこ>なのです。

しおりを挟む




「ふふ、照れるローズマリーも可愛い。もっと堪能していたいけれど、もう自由に食べていいよ。僕の願いを叶えてくれてありがとう」 

 そろそろ羞恥の極致を越えて、食べさせ合うのを普通に感じ始めてしまいそうになる頃、パトリックさまがそう言って殊更に優しい笑みを浮かべた。 

「パトリックさまの願い、ですか?」 

 食べさせ合う、というのなら以前にも、と思っていると、パトリックさまがゆっくりとテラスを見回してから、テーブルの上のスペシャルメニュウに視線を戻す。 

「このテラスで、スペシャルメニュウをふたりだけのテーブルで一緒に食べ、皿に盛られている全ての料理をひと口ずつ食べさせ合うと、そのふたりの仲は深まる、と言われているそうなんだ」 

 そして、感慨深そうにそう言った。 

 パトリックさまに集中していて気づかなかったけれど、周りを見てみれば確かに皆さん楽しそうに、恥ずかしそうに食べさせ合っている。 

「それでマークルさんは、パトリックさまとご一緒したかったのですね」 

「僕は、ローズマリーとがいい」 

 私が納得して頷くと、パトリックさまが不満そうに眉を寄せる。 

「わたくしも、パトリックさまとがいいです。それに、スペシャルメニュウでなくとも、こうして食べさせ合うのは、親しい証拠ですよね。なかでも、特に慕わしく思っている方、というか」 

 少なくとも私は、パトリックさま以外の方と、このような食べ方をしようともしたいとも思わない。 

「親しい証拠。そうだよね。親しくなかったら、こんなことしないよね。それに、慕わしく思っている、って。ああ、ローズマリー。ローズマリーは、僕を幸せにする天才だよ」 

 パトリックさまはそう言って笑うけれど、私にしてみれば、パトリックさまの方こそは私を幸せにする天才だと思う。 

「同じ言葉を、お返しします」 

 何となく照れてしまって言葉にできず、そんな返ししかできない私に、パトリックさまは嬉しそうに頷いてくれた。 

「そうありたいと願うよ。ああ。それにしても、ローズマリーの笑顔と言葉は罪でもあるよね。なんでも許してしまいたくなる。さっきの騎士団の見学のこととか」 

 パトリックさまの言葉に、私はじっとパトリックさまの目を見つめる。 

「行きたいです」 

 そして、短く強く心を籠めて言えば、パトリックさまが食事の手を止め、私を見つめ返して来た。 

「浮気しない、僕以外に目も気も惹かれない、と約束出来るなら、いいよ」 

「もちろん、お約束します。あ、でも普通に他の方の訓練されているところは見てもいいのですよね?」 

 訓練中なので、当然他の方もいらっしゃる、と不安になって言えば、パトリックさまが苦い笑みを浮かべる。 

「まあ、それは仕方が無いよね。うちの騎士団、ということは将来的にはローズマリーも深く関わる存在な訳だし」 

呟くように言ったパトリックさまに、私ははっとした。 

 パトリックさまの格好いい姿が見たい、などと軽い気持ちで強請ってしまったけれど、私の立場はパトリックさまの婚約者。 

 となれば、騎士団の方々にしてみれば、私は将来剣を捧げる存在、ということで。 

「皆さまに、パトリックさまに相応しくない、などと言われないようにします」 

 騎士団の方々が、剣を捧げるに値する、と思ってくださるような行動をしなければ、と私は肝に銘じた。 

「そんなに気合を入れなくとも、ローズマリーなら自然体で大丈夫だよ。それで見学場所なのだけれど、領都の騎士団本部はどうかと思って。実は、夏季休暇にローズマリーをうちの領地へ誘う計画が進行中なんだ。それで、王都駐在の騎士団でもいいけれど、もう夏季休暇も近いことだし、一緒にうちの領都へ行ったときに騎士団も見学すればいいかな、と思うんだけどどうだろう?」 

 パトリックさまに言われ、私は理解が追いつかず目を瞬いてしまう。 

「ええそれは、夏季休暇にウェスト公領へわたくしも行く、ということですか?」 

「うん。うちの家族にはもう了承をもらっていて、今ポーレット侯爵に交渉中なんだ。ほら、前に長期休暇には一緒に馬に乗ろう、と言っていただろう?それって休暇を一緒に過ごすということだし、いいかと思って聞かなかったのだけれど、うちの領地だと別?ローズマリーは嫌だったりする?」 

 悪戯っぽく聞くパトリックさまは、サプライズが成功した、という様子で、私が嫌だと言うとは思っていないようだけれど、少し不安そうでもあって。 

「嫌ではありません。緊張はしますが」 

 言った私の言葉に、深く安堵したようだった。 

「良かった。勝手に計画していてごめんね」 

「いいえ。わたくしも行ってみたいと思っていましたから」 

 ウェスト公爵領。 

 そこは、やがて私が嫁ぐ場所。 

 思えば、更に緊張してしまうけれど。 

「大丈夫。領都の邸のみんなも、ローズマリーに会えるのを楽しみにしているから、何も心配はいらないよ。むしろ、みんなローズマリーを好きになるだろうし、常に君と一緒にいたがる母上と姉上も居るけれど、どんな時も僕を優先する、と誓っておいてほしいくらいだ」 

 パトリックさまがおどけたようにそう言ってくれたので、少し肩の力が抜けた。 

「ご領地には、皆さまどうやっていらっしゃるのですか?」 

 通常、領地への移動は馬車や馬を使うけれど、転移の天才パトリックさまがいらっしゃるので、もしかしたら、と思い聞いてみる。 

「途中までは転移で、領都に入るあたりから馬車かな。といっても流石に一気に転移はできないから、何度かに分けるけれど。ああ、そうだ。途中、どこか寄りたい所があったら言って、行くから。それに空間倉庫もあるから、ローズマリーの荷物も一緒に預かるよ」 

 すると、とても普通の移動では有り得ない答えがあった。 

 何度かに分けるとはいえ、転移なので馬や馬車で移動するよりずっと早いだろううえに、空間倉庫という最強の魔道具があるため、荷物を運ぶための馬車さえ要らない。 

「ありがとうございます。なんだか、凄いです。わたくしが知っている移動とは、何もかも違って」 

 一体何をどう用意したらいいのか、荷造りは通常通りでいいのか。 

 迷う私の心が見えたかのように、パトリックさまはにっこりと笑って言った。 

「荷造り。迷うようなら、ローズマリーのクローゼットごとでもいいよ」 

 

 パトリックさま。 

 それは最早、荷造りとは言いません。 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

処理中です...