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81.スペシャルメニュウは<肉と魚が野菜の森で踊る>なのです。

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「さあ、ローズマリー行こう!」 

 その日、お昼休憩になってすぐ。 

 パトリックさまは、朝の宣言通り走るように私の元へ来られ、そのままの勢いで未だ座ったままの私の手を引いた。 

「はい!今すぐに!」 

 その勢いに気圧されながらも、既に教科書やノートを仕舞い終えていた私は、パトリックさまに手を引かれるままに立ち上がり、共に動き出すことが出来てほっとする。 

 そうして廊下を走ることなく最速の速足で辿り着いた食堂には、予想よりも多くの人が並んでいて、私は驚きに目を見開いた。 

「本当に凄いひとですね」 

「うん。予想以上だけど、この人数なら未だ大丈夫。スペシャルメニュウを食べられると思うよ」 

 食堂をぐるりと見て言ったパトリックさまは、とても物慣れた様子で頼もしい。 

「そのようなことまで分かるのですか?」 

「ああ、うん。ここのスペシャルメニュウを食べるのは初めてだけれど、うちの騎士団で経験があるからね。なんとなく分かるんだよ」 

「そうなのですね。流石です」 

 流石パトリックさま、色々なご経験をされている。 

 それに、そういえばウェスト公爵家の騎士団は精鋭ぞろいと名高い、と私が思い出していると、パトリックさまが困ったように私を見た。 

「うーん、そんな風に素直に感心されると胸が痛むな。種明かしをすると、前もって限定の数を確認しておいた、というだけなんだ。だから、この人数なら、と判断できただけなんだよ」 

 パトリックさまは、そう言って照れ臭そうに笑う。 

「前もって確認する、という行動が凄いと思います。それに、ウェスト公爵家の騎士団は高名ですよね。パトリックさまも、よくご一緒されるのですか?」 

 我がポーレット家の騎士団も強いけれど、ウェスト公爵家はその領地に強い魔獣が出ることもあって、装備とそれを使いこなす技術が凄いのだと聞いたことがある。 

 次期当主であるパトリックさまは、やがて騎士団を束ねる立場にもなるということ、と思い聞けば、パトリックさまは真顔になって頷いた。 

「ありがとう。自慢の騎士団なんだ。だから僕は、彼らに恥じることのない当主になりたいと思って、出来る限り彼らと訓練を共にしているよ」 

 パトリックさまが、騎士団の皆さんと訓練されている姿。 

 それは想像するだけで、絶対に格好いい、と断言できる。 

「あの。今度、その訓練を見学し」 

 見学してもいいですか、と言いかけた私は、その時ちょうど私たちの順番が来て、パトリックさまがスペシャルメニュウをふたり分注文する声を聞いた。 

「パトリックさま。お礼でご褒美なのですから、支払いはわたくしが」 

 なので慌てて支払いをしようとするも、パトリックさまは笑って私の手を止め、さっさとふたり分の支払いを済ませてしまった。 

 そして、慣れないことにおろおろくるくるしている私に、パトリックさまは、はい、と注文したスペシャルメニュウの引き換えカードを渡してくれる。 

「ここに、今日のスペシャルメニュウの名前があるよ」 

 言われ、引き換えカードを見た私は、その名前を見た途端わくわくしてパトリックさまをみあげた。 

「たのしそうな名前のお料理ですね」 

「うん。<肉と魚が野菜の森で踊る>か。どんな料理なんだろうね。盛りつけが凝っているのかな」 

 言いながらパトリックさまは私の手を引き、迷わずテラスの二人席へと移動した。 

「パトリックさま。わたくしにお支払いさせてくださいませ」 

 考えてみれば、たくさんの人の前で私が支払いをするよりも、こうしてふたりになってから清算した方がよいのでは、と気づき言えば、パトリックさまがにっこりと微笑む。 

「支払いは、僕でいいんだよ」 

「でも、それではご褒美になりません」 

 これはパトリックさまの望まれたご褒美なのだから、と私が言えば、パトリックさまの笑みが更に深くなった。 

「ご褒美だよ。だってローズマリー『奢られてあげる』って言ってくれるんだろう?」 

「っ!」 

 

 な、なにか含みのある微笑みだとは思いました。 

 でもまさか、そこを突いてくるとは思いませんでした! 

 

 私はあの時の自分の短慮さを嘆くけれど、時は戻らない。 

 パトリックさまは、期待に満ちたきらっきらの目で私を見つめている。 

「ローズマリー。早くしないと、スペシャルメニュウが来てしまうよ」 

「あの。そのようなことで、本当にご褒美になるのですか?」 

「もちろん。これ以上ないほどのご褒美だよ」 

「他のことでは?」 

「それも魅力的だけれど、今回は、これ、がいいな」 

  

 え? 

 今回とはどういうことでしょう? 

 それでは次回もあるような。 

 

 ふと思った私だったけれど、とにかく今は今回のことに集中するしかない。 

「絶対に、言わないといけませんか?」 

「うん。だって、ご褒美、だからね」 

 

 うわあ。 

 パトリックさまの、にこにこきらきらが凄いです! 

 辺り一帯輝いて見えるほどです! 

 

 何がそんなに、と言いたくなるほど上機嫌なパトリックさまの目を伺い見て、言わずに済む道は無いと観念した私は、息をすう、と深く吸い。 

 「パトリックさま・・・”奢られてあ・げ・る”」 

 どうせやるなら徹底して、と、精一杯のあざとい笑みまで付けてみた。 

 けれど。 

 

 は、恥ずかし過ぎる! 

 

 結果、私は自分の行動に見事撃沈した。 

 そして。 

「・・・ああ・・・なにその特別仕様・・・物凄く可愛い・・・凄い破壊力・・・想像以上・・・」 

 そんな私の前で、何故かパトリックさまも天を仰ぎ固まっている。 

 何を言っているのかは分からないけれど、気持ち悪いとかは思っていないよう、というか、むしろ喜んでくださっているようで安心した。 

 

 パトリックさまは、固まっていらしても格好いいのね。 

 天を仰いでいらっしゃるから顎のラインが際立って、本当に素敵。 

 

 テーブルに撃沈した状態のまま、私がパトリックさまを見あげてひとり幸せに浸っていると、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえたけれど、私はもう少しパトリックさまを見つめていたい、とふわふわした頭で思う。 

 

 

 
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