悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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75.続  『ちんくしゃ注意報』なのです。

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「え?ああ。あれは、一日で造りました」 

 そして短く答えるパトリックさまの凄さを知っていただこう、と私は勝手に追加する。 

「お兄さま。パトリックさまは凄いのですよ。わたくし、テオとクリアを連れ帰った翌日に首輪を購入したのですけれど、そのお買い物にも付き合ってくださったパトリックさまが、その翌日には魔道具を贈ってくださったのです。カモフラージュの可愛く加工された宝石も一緒に用意してくださって」 

 興奮気味に言う私を、お兄さまが目を丸くして見ている。 

 こんな風に話す私にお兄さまは慣れていらっしゃるので、驚いているのはパトリックさまの速さだということ。 

「ああ。首輪を買ったという日に僕と会ったのですが、その時既に魔道具は完成していましたし、宝石も用意してありました。『魔道具は既に昨日造ったし、宝石もよさげなものがあった』と言って。魔道具は”創った”わけではなく、応用で”造った”のだから、と言わぬばかりのさらりとした様子で」 

 ウィリアムの言葉に、その場の全員が固まってしまった。 

 それだけ、パトリックさまの能力は高いということなのだと思う。 

「愛、か」 

「確かに”凄い”な」 

「もはや、異常の領域か」 

「流石パトリックさまですよね!技術力と能力の高さが素晴らしいです!」 

 お父さま達が私の意見に賛同してくれるのが嬉しくて、令嬢らしからぬ声で叫ぶように言ってしまってからはっとして姿勢を正す。 

  

 嬉しさのあまり、つい。 

 申し訳ありません。 

  

 思って周りを見るけれど、皆さまは私を複雑な顔で見るばかり。 

 

 え? 

 どうしてそのような、残念なものを見るように・・・あ! 

 

 そこで私は気が付いた。 

 いなくなった私を探し、私と一緒に買い物にも行ってくれたパトリックさまが、一体いつ、魔道具を造られたのか。 

「申し訳ありません、パトリックさま。お身体を休める間も惜しんで造ってくださったということですよね。わたくし、配慮が足りませんでした」 

 少し考えてみれば分かること。 

 パトリックさまは、ほぼ不休で魔道具を作ってくれたのだと今更ながらに気づいて、私は自分の迂闊さを深く反省した。 

「そんなこと、全然気にしなくていいよ、ローズマリー。俺は無理なんてしていないし、君が喜んでくれることが俺は嬉しいのだから」 

 私の言葉にパトリックさまは笑って言ってくださったけれど、他の方々の表情は複雑そうなまま、というよりも複雑さを増しているようで。 

 でもこのままこの話題を続けていると、パトリックさまと私の『すみません』『気にしなくていいよ』が無限ループしてしまう危険な予感しかなく。 

 

 助けてください、お兄さま! 

 

 と、全身全霊で救難信号を発すれば。  

「そういえば、この部屋には当然結界があるのに、パトリックは難なく転移して来たな。俺達全員連れて」 

 私の、心からの叫びが通じたのか、お兄さまがそう言って話題を変換してくださった。 

 

 感謝です! 

 ありがとうございます、お兄さま! 

 

「結界、ですか。最初に転移した時かなり警戒したのですが、全く障害になりませんでした。これで大丈夫なのかと不安になる一方で、また何かあった時にこれならすぐに駆け付けられるという利点もあると考えました。それに第一、結界の弱さを学園側に指摘するにしても、どうしてそれが判ったのか説明する必要が生じるし。利点の大きさに心が揺らぐ、というか。いつでも会える、という誘惑もあるというか」 

 それに返すパトリックさまの声は、最初はきはきしていたのに、途中からなんだか呟くようなものになる。 

「聖獣の件もある。学園へ結界脆弱の報告をする必要はないが、ローズマリーの部屋を気軽に訪れることなどないように」 

 そんなパトリックさまに、びしり、と言い切るお父さまは、今日一番凛々しく見えた。 

「結界脆弱、という訳ではないでしょう父上。パトリックの力が破格過ぎるんです」 

「まあ、確かにそうだな。やはり、ローズマリーにとって一番危険なのはパトリック、ということか」 

 お父さま、お兄さまの会話に、他の皆さまは苦笑するばかり。 

 

 え? 

 どうしてですか? 

 

「お父さま。パトリックさまは危険などではありません。とても頼もしく優しく、思いやりもある、心から信頼できる方です」 

 そんなパトリックさまが危険ということはない、と私が力強く言い切ると、何故かウェスト公爵が、ぽん、とパトリックさまの肩を叩かれた。 

 曰く。 

「息子よ、頑張れ」 

 

 ????? 

 

 理解、できません。 

「それにしても。ここ、ローズマリーの部屋、って感じだな。邸と雰囲気が同じだ。と言っても、パトリックは知らないか。うちに来たことないもんな。ウィルも、ローズマリーの部屋はご無沙汰か」 

 その場の雰囲気を変えるように、明るい声でお兄さまがそう言って私の頬をつついたので、私は慌てて表情を正した。 

 

 いけない。 

 きっと、”ちんくしゃ”な顔をしていたに違いないわ! 

 

 理解不能過ぎることが起こると、私は顔を、お兄さま言うところの”ちんくしゃ”状態にして固まってしまうらしい。 

 お兄さまが私の頬をつついた、ということは、今は恐らくその状態だった、ということなので、私はお兄さまに感謝の視線を送った。 

 

 ありがとうございます、お兄さま! 

 お蔭様で、パトリックさまに”ちんくしゃ顔”を見られずに済みました。 

 多分、ですけれど! 

  

「はは。ローズマリー嬢の部屋に今もウィリアムが、か。そのようなことがあったら、我が家の愚息が大変なことになるな」 

 笑いながら言うウェスト公爵に、お父さまも笑顔で頷いた。 

「子どもの頃はあったが、最近は流石になあ。模様替えも何度かしているし、今のローズマリーの部屋は、ウィルも知らないか」 

 そうやって大人になっていくんだなあ、なんてしみじみしているお父さまを余所に、パトリックさまは鬼気迫る表情でウィリアムに身体ごと向き直った。 

「子どもの頃は、あったのか?」 

「え?」 

「だから。子どもの頃は、ローズマリーの部屋に入ったことがあるのか?幾つくらいまで?」 

 不意を突かれたうえ、その余りの迫力に驚愕しているウィリアムに、パトリックさまは尚も身を乗り出して問いかける。 

「幾つ、って。10歳、11歳くらいまでかな・・・と、おい!子どもの頃のことだろう!妙なところで悋気を起こすな!その殺気を今すぐ仕舞え!」 

「悋気かあ。起こしたいのは、お前の方だよな。な、ウィル」 

「父上!」 

 叫ぶように言ったウィリアムを見るパトリックさまの目が、何だか恨みがましく見える、と思っていると、今度はウィルトシャー侯爵が笑いながらウィリアムを見て、ウィリアムがウィルトシャー侯爵を咎めるような声を出す。 

「いやいや。うちのパトリックのローズマリー嬢関連での狭量さと言ったら、それはもう」 

 そして、とどめのようにウェスト公爵がおっしゃるに至って、私は申し訳なさの限界を迎えた。 

「あのう、皆さま。わたくしの部屋、それほどに期待していただけるものではございません。あ、いえ、お父さま。わたくしは充分に満足して、大好きなお部屋ですよ?」 

 なので、恐る恐るそう言えば、ウェスト公爵とウィルトシャー侯爵が、驚いたように私を見た。 

 お父さまとお兄さまは変わらず楽し気に笑っていらっしゃるだけだけれど、ウィリアムは苦笑を浮かべているし、パトリックさまは、何故か悟りを開いたかのような目をされている。 

「そういう意味ではない、よ。ローズマリー」 

 パトリックさまが、そのような目をされる理由も判らないし、ウィリアムの、苦笑の意味も判らない。 

 そして当然のように、ウェスト公爵とウィルトシャー侯爵の驚きの理由も判らないしで、挙動不審になりかけた私に、お兄さまが援護射撃をしてくださった。 

 

 そういう意味ではない? 

 

「え?・・・あ!マナーの面でのお話でしたか!大丈夫です。安易に男性を部屋に招くような真似はいたしません。断じて」 

  

 なるほど! 

 そういうことでしたか! 

 

 謎は解けた、と喜び勇んで言った私に、今度は皆さま揃って同じような瞳を向けてこられた。 

 

 ええと、なんでしょう? 

 その、再びの残念なものを見るような目は。 

 

「うんうん。家族以外の男性を部屋に入れない。それは大事だよ、ローズマリー。そして、兄さまは信じているからね。ローズマリーは、婚約者だって他人だ、ってこと理解している、って」 

 そうして、変わらずにこにこと楽しそうに言うお兄さまにお父さまも力強く頷き、他の皆さまの目が更に生気を失ったように見えたのは、私の見間違いではない、と思う。 



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