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74.『ちんくしゃ注意報』なのです。
しおりを挟む『ローズマリー!おなかへった!』
『おなかがすいたよ!ローズマリー!』
お父さまたちとじゃれて楽しそうに遊んでいたテオとクリアが、そう言って私の元へと駆け寄って来た。
「もう、ごはんの時間ですものね」
確かに、いつもだったら私が用意しておいたものをマーガレットから貰っている時間だ、と私はテオとクリアの頭を撫でる。
「そうか、食事か。それなら、我々もご相伴にあずかろうか」
「いいですね、父上。ローズマリー、お前のことだから昼食の用意もあるのだろう?ああ、この部屋の遮断は完璧だし、念のため、窓から覗かれても別の光景が見えるように魔法をかけてあるから、更に心配いらないよ。まあ、この高さの窓を覗こうと思ったら魔法を使うしかないし、使ったらその時点で俺達に分かるけど」
お父さまの言葉に、お兄さまが明るい笑顔ですぐさま賛成した。
昼食のことは、おっしゃる通りなので、もちろんいいです、お兄さま。
そして防備のこと、そこまで徹底してくださっていたのですね。
改めまして、ありがとうございますなのです。
そんなことを考えていると、ウェスト公爵が『ローズマリー嬢の都合も考えろ』とおっしゃってくださったけれど、準備はしてあるので何も問題ありませんと伝えれば、皆さま嬉しそうに昼食を共にしていくと破顔された。
「テオもクリアも、おいしそうに食べるな」
テオもクリアも同じ部屋で、という皆さまのご厚意に甘えて、二匹は私たちのテーブル近くにセッティングされた、小さく低い仔犬用のテーブルで食べている。
夢中で食べるその様子は愛らしく、思わず、といったように呟いたウィリアムも皆さまも、笑顔でテオとクリアを見つめていて、部屋には和やかな空気が流れ、私はとても幸せな気持ちになった。
今、テーブルを共に囲んでいるのは、私の大切なひとたち。
そして聞けば、今ここに居る皆さまだけでなく、テオとクリアのことは私ごと、家をあげて守ってくださるという。
ウィリアムのお母さまも、パトリックさまのお母さまも、そしてパトリックさまのお姉さまも。
本来、初代国王と聖獣に関する伝承は、当主夫妻と嫡男にしか伝えないものなのだそうだけれど、今回、テオとクリアが実際に現れたことで特別に対応してくださったとのこと。
『わたくしだけ知らなかったなんて!』と言ってカメリアが怒り狂うのが分かっていたからね、とウェスト公爵は笑っていらしたけれど、パトリックさまのお姉さま、カメリアさまにも仲よくしていただいている私は、本当に感謝しかない。
リリーさまに秘密にしなければならないのは苦痛だけれど、その他の親しいひとの前では気を付ける必要は無いと知って、心からほっとした。
「ローズマリーは、隠し事が苦手だよね」
パトリックさまはそう言って笑うけれど、本当にその通りなので私は頷くしかない。
「そういえばローズマリー嬢。パトリックは小さい頃、ブロッコリーが苦手だったんだよ」
お皿に盛りつけた、お肉のローストと温野菜。
そのブロッコリーを切り分けながら『ローズマリー嬢には内緒にしているだろう?君の前では、特に格好良くいたいらしいからねえ』と、ウェスト公爵が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「父上!」
「でもね、ある時決意を固めた様子でブロッコリーを見つめて言ったんだ。『ぜったいたべられるようになる』とね。どうしてだか分かるかい?なんと、大好きな女の子がブロッコリーを大切に育てていて、その様子がとても可愛かったのだそうだ」
焦ったように止めようとしたパトリックさまを難なく躱し、ウェスト公爵はそう言って微笑みを私に向ける。
「まあ。パトリックさまの初恋、でしょうか」
小さいパトリックさまが、大好きな女の子のブロッコリーだから、と嫌いなのに頑張って食べようとする姿は、想像するだけでとても可愛い。
ブロッコリーと格闘する、小さくて可愛いパトリックさま。
私も見たかったです!
「そうだね。あれがパトリックの初恋かな」
「きっと、お可愛らしい方なのでしょうね」
小さいパトリックさまの、可愛い初恋。
そのお相手はきっと、とても可愛い方に違いない。
わくわくした気持ちを押さえ切れず聞けば、ウェスト公爵は益々優しい笑顔になった。
「柘榴色の瞳が印象的な、とても可愛いご令嬢だよ。笑顔が特に可愛くてね。最近は、綺麗にもなってきたかな」
「それでパトリックさまは、その方のブロッコリーを食べられたのですか?想いを伝えたりとかは?」
私が食い気味に尋ねてしまったからか、それまで笑顔で楽しそうにお話ししてくださっていたウェスト公爵が、不意に黙ってしまわれた。
驚いて周りを見れば、皆さま何となく複雑な表情で私を見ていらっしゃる。
いえ、お父さまとお兄さまは相変わらず楽しそうですけれど。
「ローズマリー。俺は、そのブロッコリーを食べられなかったよ。そしてその時には、想いを伝えてもいない。遠方に、住んでいたからね」
そして、先ほどまで焦っていらした様子のパトリックさまは、今度は真剣な表情になって私を見つめている。
「まあ。そうでしたか」
「ああ。その時には、伝えられていないんだ。遠方に、住んでいたから」
それは残念な、と思い言った私に、パトリックさまは、との時には、と、遠方に、という言葉を妙に強調している気がして首を傾げた私に、ウィリアムが笑いかけた。
「ブロッコリーか、懐かしいな。ローズマリーも小さい頃、ブロッコリーを育てていたよな。可愛い、とか言って」
優しい目をして言うウィリアムに、私も記憶が一気に蘇る。
「ええ。見た目がとても可愛いのですもの。こんもり育って、愛らしかったですわ」
貴族の女性なのに、と言われるかとも思ったけれど、そのようなことは誰にも言われず育てることが出来て、とても嬉しかったのを思い出す。
「可愛いだけでなく、とてもおいしかった。ローズマリーの愛情の賜物だ、と思ったものだよ」
「ふふ。一緒に食べたのでしたね」
「・・・・・へえええ。そうなんだ」
ウィリアムと幼い頃の思い出に浸っていると、パトリックさまの、それはそれは低い声が聞こえた。
「ぱ、パトリックさま?」
その視線、絶対零度。
瞬間、私の意識が凍り付く。
そ、それは、その瞳は対激烈桃色さん限定、ではなかったのですか!?
そう思える視線が、真っ直ぐウィリアムへと注がれている。
パトリックさま。
な、何故ウィリアムにその瞳を!?
パトリックさまがそのような目をされる理由を考えるけれど、まったく思いつかない。
今何か、気に障るようなことがあったとか?
でも、ウィリアムは私と話ししていただけでしたよね?
「あの」
「しかしパトリックは凄いな。テオとクリアに付いている魔道具、かなり短期間で作成したんだろう?連れ帰ってから今日までの間にだから、四日、五日くらいか?流石の速さだ」
絶対零度の理由を不思議に思った私がパトリックさまに尋ねようとする声は、お兄さまの問いかけに負けてしまった。
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