悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
67 / 136

67.日常の一幕、なのです。

しおりを挟む
 

 

 

「さあ、テオ、クリア。学園まで一緒に行きましょうね」 

『うん!ローズマリー』 

『いこう!ローズマリー』 

 魔道具に依って瞳の色が変わったテオとクリアを抱き上げ声を掛けると、嬉しそうに頷き言ってから、はっとしたように私を見た。 

 実際に声を発したわけでも無いのに、短い手で懸命に口元を押さえようとしているのがたまらなく可愛い。 

「まだ、ここはお部屋のなかだから大丈夫よ。お外に出たら、頷くのは禁止。私は、お話しするときに声に出さないようにするわね」 

 私も気を付けないと、と思いつつ、私はマーガレットとシスルを伴い外に出た。 

「くうん」 

「くうん」 

 寮の廊下は抱いたまま歩き、玄関を出た所で二匹を下ろせば、感触が珍しいのか、テオもクリアもしきりにてしてしと地面を叩いている。 

『さあ、学園はこちらよ』 

 渋るマーガレットから鞄を受け取り頭のなかだけで話しかければ、テオもクリアもきちんと私と同じ方向へと歩き出した。 

 真っ白な二匹の可愛い仔犬。 

 瞳の色さえ変えておけば外を連れて歩いてもいい、と言ってくれたパトリックさまは、テオとクリアの首輪を買った翌日、つまり昨日という素早さでその魔道具をテオとクリアの首輪に取り付け、カモフラージュに、と可愛く加工された宝石までその上から付けてくれた。 

『こうやってローズマリーの部屋に来るの、癖になってしまいそうだな』 

 学園が終わった後、転移していらしたパトリックさまはそう言って笑ったけれど、それは私も同じ気持ちで。 

『私もです。パトリックさまがこの部屋に居るのが普通と思えて来ました』 

 なので、それをそのまま言葉にすれば、パトリックさまが複雑な顔になった。 

『それ、俺は素直に喜んでいいのか?それとも、男として意識されていないと嘆くべきなのか?いやしかし、意識されていない、ことはない、よな?でもこの場合はどうなんだ?』 

 そして何やら呟いていらしたのでどうしたのか尋ねたけれど、何でもないよ、と笑うばかりで答えてはもらえなかった。 

 でもその笑みが少し無理しているようで気になった私は更に深掘りしようとしたにも関わらず、パトリックさまが真顔で話しだした注意事項の方に強く意識を持っていかれてしまった、 

 曰く、テオとクリアと外で会話をするときは声に出さずにすること、テオとクリアの瞳のことや私が体験した不思議なことは他のひとには言わないこと、そして、テオとクリアは外では頷いたりしないこと。 

 それらはすべて当然と思えることだったけれど、他のひと、にアーサーさまとリリーさまも含まれていることに私は驚いてしまった。 

 それでも、パトリックさまとウィリアムの合議の結果だと言われれば、説得力が有りすぎて頷かざるを得ない。 

 もしもごり押しのように言われれば反発してしまったかもしれないけれど、どうしてアーサーさまとリリーさまにも秘密なのかは後日きちんと説明してくれる、ということで納得をした。 

「それでは、いってまいります。テオとクリアのこと、よろしくね」 

 校門でマーガレットとシスルに言えば、ふたりともしっかり頷いてテオとクリアを抱きあげてくれる。 

「「いっていらっしゃいませ、お嬢様」」 

『いってらっしゃい!ローズマリー!』 

『はやくかえってきてね!ローズマリー!』 

 学園とは何か、と説明した時には『ずっといっしょにいられない』と、しょんぼりしていたテオとクリアは、戻れば一緒に遊べるし休日もあるからと言っても拗ねた様子だったけれど、行きのお見送りと帰りのお迎えをお願いしたら何とか納得してくれた。 

 じゃあね、とテオとクリアの手をそれぞれ握ってから校舎へと歩き出し、途中で振り返ってみれば、何とテオとクリアが手を振っている。 

  

 可愛い! 

 可愛いけれど! 

 

 それは仔犬の行動としてはどうなのか、と思っているとマーガレットとシスルが気づいて、テオとクリアの手に自分の手を添え、自分たちが振らせているように見せかけてくれた。 

 

 ありがとう。 

 マーガレット、シスル。 

 

 心から感謝して、私も小さく手を振り返し、校舎へと入った。 

 

 

 

 

「教育制度って、結構領地に依って違いがあるのですね」 

「平民は読み書きなど出来なくても問題ない、と考える領主も居るしな」 

「国として、制度を整えられたらいいのだが」 

 図書館へ移動しての社会学の授業。 

 その振り分けで同じ班となっている私とパトリックさま、アーサーさまとリリーさま、それにウィリアムとアイビィさんで、我が国の教育制度について議論を交わし、この班としての考察を纏めていると授業終了の合図が鳴った。 

「それでは続きは、また次の授業で。もちろん授業外でも参考になりそうな本を探していいし、議論を交わすのも自由だが、無理や無茶はするなよ」 

 そう言いおいて、先生が図書室を去って行く。 

「あれは『根を詰めすぎて、図書館の閉館の合図が聞こえなかった、なんてことのないように』という意味かな?」 

 何気なくその背を見送っていると、パトリックさまがそれはもう楽しそうな笑顔でそう言った。 

「ふふ。そのお話わたくしも知っていましてよ。なんでも、窓際の特等席で夢中になって本を読んでいた方がいらしたのですって?」 

「ええ。その姿がとても凛として美しく、見つけた方は図書館の女神かと思ったそうですわ」 

 パトリックさまの言葉に顔が引き攣るのを覚えた私に、リリーさまとアイビィさんのくすくす笑いも加わる。 

「『社会学の本を読む女神』と評判だよ、ローズマリー嬢」 

 更にはアーサーさまにまで言われ、私は恥ずかしさに全身が熱くなった。 

「た、確かに図書館の閉館の合図にも気づかず本を読んでいたのはわたくしです。ですが、申し訳なかったと反省もしているのですから、そのようにからかうのはおやめください」 

 時間を忘れて迷惑をかけたのは事実だけれど、女神などとありもしない噂を捏造して揶揄するのは許してほしいと懸命に言えば、パトリックさまが、優しいけれどどこか呆れも含んだ笑みを浮かべる。 

「ローズマリーは昔から夢中になると時間を忘れてしまうし、周りの評価と自己評価に大きな差があるからな」 

「え?あの、パトリックさま。わたくしは・・・え?」 

 夢中になると時間を忘れてしまうのは事実だけれど、評価については違うと反論しようとした私は、私以外の全員がパトリックさまと同じような表情で頷いているのを見て言葉を失った。 

 

 これが、四面楚歌というものでしょうか! 

  

 全方位味方無し状態で、私が呆然としていると。 

「アーサー!パトリック!授業つまんなかった!」 

 突然激烈桃色さんがパトリックさまへと飛び込むように走って来て、そのままの勢いで腕に絡みつこう・・・として躱され、よろけて机にしがみついた。 

 六人掛けの机はかなり大きく角の無い楕円の形なので、怪我無く転ばずに済んだようでよかった、と思う。 

 

 それにしても。 

 何というか、これももうひとつの様式美のような気がします。 

 

 懲りる、ということを知らないかのようにパトリックさまやアーサーさまに突撃し、躱されて、たたらを踏んだりよろけたりする。 

 激烈桃色さんは、一日に何度もそれを繰り返している。 

 そして今も、激烈桃色さんが体勢を整えるより早く私を庇うように立ち上がったパトリックさま、私たちの向かいの席でリリーさまを抱き寄せていらっしゃるアーサーさま。 

 この形態も、いつものこと、日常となった。 

「ねえ、アーサー、パトリック。今日こそはランチをおごられてあげる!もちろん、ウィリアムも一緒にね!」 

 そうして繰り出される、激烈桃色さんの甘く可愛い声。 

 けれど、これは。 

「マークルさん。その言い方ですと、アーサーさまやパトリックさまがマークルさんに奢りたい、と思っていらっしゃる言い方に」 

 あまりに直接的な言い方ではあるけれど、この場合は、奢ってほしい、の言い間違いでは、と私が言えば激烈桃色さんが、きっ、となって私を見た。 

「アーサーとパトリックが、あたしにおごりたいの!だからあってるの!ね、アーサー、パトリック。ローズマリーって、ほんと意地悪なんだから。ウィリアムも、そう思うでしょ?」 

 そして目を潤ませて、パトリックさまとアーサーさま、そしてウィリアムを順番に見る。 

 その姿は可愛い。 

「いいや、まったく思わない。それに、君に呼び捨てにされる謂れも無い」 

 けれどウィリアムは、不愉快さを隠しもしない表情で激烈桃色さんにばっさりと言い切った。 

「思う訳がない。むしろ、ローズマリー嬢の言う通りだ。僕は君に奢りたいなど、露ほども考えたことは無い。それに、僕のことは敬称のみで呼んで欲しい、と幾度言えば判るのだろうか」 

 そして、続くアーサーさまも、そうため息を吐かれ。 

「まったく、虚言もいい加減にしろ。その口で僕の名を呼ぶな。それにしても、ローズマリーは優しいな。こんな迷惑女にもきちんとした言葉遣いを教えようとするなんて」 

 最後に苦々しく口を開いたパトリックさまは、けれど私を見て一転、優しい表情になってそっと髪を撫でてくれた。 

 その手が、私を見る瞳が、とてもあたたかくて安心する。 

 する、のだけれど。 

 

 あの、パトリックさま。 

 かなりお口が悪く、しかも迷惑女と言ってしまっています! 

 それに、普通に私の髪を撫でていますけれど、ここは図書室で、しかもクラスの皆さんの前です! 

  

 と、とても焦りもした私は。 

「あ、あの、パトリックさま!そろそろ、きょ、教室へ戻りませんと!」 

 思い切り、裏返った声で言ってしまったのだった。 

 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...