63 / 136
63.別視点のお話<俺の心、ローズマリー知らず>パトリック視点
しおりを挟む「あの、パトリックさま。ご心配なさらずとも、マーガレットもシスルも私の不利になるようなことを不用意に口外するようなことは無いと思いますが」
信頼する侍女や護衛に対してさえ遮断の魔法をかけた俺に、ローズマリーは戸惑いを隠せないようだったが、ことはローズマリーが考える以上に機密性が高いと判断した俺は、申し訳ないと思いつつも断行させてもらう。
元より、仔犬もどきが普通の犬でないことを察知しているらしいローズマリーは、幸いにしてそれ以上反対することなく、俺の質問に真摯に答えてくれた。
そして、ローズマリーの体験した話を聞き進めるにつれ、俺は俺の考えが正しいのだろう確信を強めていく。
しかし、何故それほどに暗く、淀んだ場所に居たのだ?
しかも、囚われて。
その反面、聞けば聞くほど、二匹の存在と置かれた場所の違和が深まっていく。
「それで。ここまでの話を要約すると、ローズマリーは暗い森に迷い込んで、魔法で灯りを灯して進んで、やがてこの二匹を黒い沼で見つけて。で、自分が泥だらけの傷だらけになりながら救出した、ということでいいのかな」
仔犬もどきの目がきれいに開いた、ちゃんと見えるらしい、と喜んでいるローズマリーに確認するように問えば、ローズマリーは困ったように首を傾げた。
「そう、なのですが。救出した、というほど大したことはしていないです」
そして言われた言葉に、俺は思い切り眉をひそめてしまう。
「何を言っているの。立派な救出劇でしょ。でも、ひとつ疑問なんだけど。その沼で魔法は使えなかったの?灯りは灯せたんだよね?それなら、沼に嵌り込まずとも行けたりはしなかった?」
出血こそないとはいえ、傷だらけの泥だらけになってまで助けたのだから誇ってもいいと思うのに、そんなことは思い付きもしないらしいローズマリー。
だからこそ、より愛おしいのだけれど、と、またもローズマリーに惚れ直す思いでいる俺の前で何やら百面相をしていたローズマリーが、やがてはっとしたように大きな声をあげた。
「・・・っ!嵌らずとも、魔法を使って沼の上を歩けばよかったのでは!?」
珍しく取り乱した様子で叫んだローズマリーに、俺は更なる問いかけをする。
「そのときは、全然思い至らなかった?」
「はい。全然、まったく、思い出しも考え付きもしませんでした」
がっくりと項垂れるローズマリーは、自分を莫迦だと言っているけれど、そういうことではないのだろう、と俺は思う。
恐らく、ローズマリーはその時魔法を使わずに二匹を助ける必要があった。
それを必要とすること。
思い至った答えに、俺は自分でも難しい表情になるのが分かる。
「そうか。でもそれは、ローズマリーが莫迦ということではなくて、試練だったのかもしれない」
ローズマリーにしか聞こえなかった、助けを求める声。
ローズマリーに名付けを求めた二匹。
そして、ローズマリーにしか聞こえない声。
救い出した時の状況や二匹の今の状態に謎は残るものの、この仔犬もどきが”そういう存在”であることは、もう間違いないだろうと思う。
「試練、ですか?」
不思議そうに聞き返すローズマリーが俺を見る瞳には、揺るぎない信頼が見える。
それが嬉しくも、未だ確定できない事柄もあるなか、何をどこまでどう説明したらいいのか。
迷いつつ、ローズマリーが新たに取り出したボトルから、これまでより滑らかな液体を取り出した。
そうして、ローズマリーを真似て仔犬もどきその2、もといクリアに塗り込みながらローズマリーへの説明を始めようとした俺は、そこではっとなった。
「そう。そもそも、この二匹・・・って!ローズマリー、この香り!君の髪と同じ香りじゃないか!」
始めから、どうにも覚えのある香りだと思った。
そうだ、これはローズマリーの髪の香り。
先ほどまで使っていた液状の石鹸よりも顕著に香るそれに、俺は咎めるようにローズマリーを見つめてしまった。
「え?あ、はい。私が使っている物なので。駄目だったでしょうか」
けれど俺の真意が判っていないローズマリーは、不思議そうに却下と叫ぶ俺を見つめ返す。
「でも、テオもクリアもきれいな白い毛並みになりましたから、これで保護剤を使えばしっとり艶も出ていいのでは、と思うのですが。それに肌も、特に傷んでいる様子はありませんし」
俺が却下というその意味を解さないまま、ローズマリーがぽややん、と言う。
違うんだ、ローズマリー。
俺が、却下するのは、そんな理由じゃないんだ。
「そういう問題じゃない!さっきからやけにいい香りだと思っていたけれど、まさか君が使っている物だとは。今回はもう仕方が無いけれど、次からは俺が用意するから、それを使って。ローズマリーのは二度とこいつらに使わないで。絶対だよ?もし使ったら、お仕置きだからね!」
理解されずとも、仔犬もどきとローズマリーの髪が同じ香りになるのだけは避けたい、と必死に言えばローズマリーは目を見開いたけれど、俺はもう何も言えない気持ちでいっぱいだった。
よく知っている香りのような気がした。
心安らぐのにざわめくという相反する気持ちにさせられる、けれどとても好ましい香りだと感じた。
当たり前だ。
俺が、いつもローズマリーから立ち上るたび、感じて、葛藤している香りなのだから。
それなのに。
俺の心、ローズマリー知らず。
仔犬と自分の髪を同じ香りにしようとは。
それにしても。
そうか。
これが、ローズマリーの髪の香りの元。
俺は複雑な気持ちのまま、手にした保護剤を見つめ続けてしまったのだった。
1
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ
秋月乃衣
恋愛
幼くして母を亡くしたティアリーゼの元に、父公爵が新しい家族を連れて来た。
自分とは二つしか歳の変わらない異母妹、マリータの存在を知り父には別の家庭があったのだと悟る。
忙しい公爵の代わりに屋敷を任された継母ミランダに疎まれ、ティアリーゼは日々疎外感を感じるようになっていった。
ある日ティアリーゼの婚約者である王子と、マリータが思い合っているのではと言った噂が広まってしまう。そして国から王子の婚約者を妹に変更すると告げられ……。
※他サイト様でも掲載しております。
モブはモブらしく生きたいのですっ!
このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す
そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る!
「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」
死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう!
そんなモブライフをするはずが…?
「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」
ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします!
感想めっちゃ募集中です!
他の作品も是非見てね!
88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう
冬月光輝
恋愛
ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。
前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。
彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。
それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。
“男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。
89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。
モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。
霜月零
恋愛
私は、ある日思い出した。
ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。
「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」
その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。
思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。
だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!
略奪愛ダメ絶対。
そんなことをしたら国が滅ぶのよ。
バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。
悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。
※他サイト様にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる