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57.側面のお話<狸で師匠でやがて義父>パトリック視点

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「ほう。なかなかいい出来ですね」 

 王城にある転移ポイントから宰相の執務室へと赴き書類を提出すれば、宰相、ポーレット侯爵が、にやり、というに相応しい笑みを浮かべた。 

「ありがとうございます。しかしかなりの難題でした。パトリックとふたり、期限に間に合わないのでは、と危惧したほどです」 

 アーサーの答えに、宰相が確認していた書類から顔をあげる。 

「実力を遥かに凌駕するような公務を任せるなどという愚行は犯しません。それに心配せずとも、今日の書類が却下だったとしても、まだ期間には余裕がありますので」 

 含みのある笑みを崩さないままに言う宰相に、俺は、自分の頬が引き攣るのを覚えた。 

  

 それって、実際より期間を短く俺たちに表示して、却下だったときの余力を残していたってことか! 

 

 宰相にしてみれば、そうせざるを得ないだろうということは判る。 

 実際問題、期日に間に合わないとなれば、他の公務にも大きく影響を与える案件なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。 

 そう理解できるのに、どうしても騙された感が拭えない。 

「余り長大な時間を与えられるよりも、多少切羽詰まっていた方が効率はいいものです。ああ、だからと言って、毎回今回のように余力を残しての期日提示だとは限りませんので、念のため」 

 まるで俺の内面を見たように飄々として言う宰相が、何だか狸に見えてきた。 

 

 ローズマリー、ごめん。 

 

 父君を狸と評してしまったことを詫びて、俺はこんな時でも本人の宰相に詫びるのではなく、ローズマリーに詫びる自分にふと苦笑しそうになり、慌てて表情を引き締めた。 

「とはいえ、今回は本当に予想以上に素晴らしい出来でした。今後も期待しています」 

 宰相はアーサーにそう言うと、俺へと向き直る。 

「ウェスト公子息。今後もアーサー殿下をよく支え、その能力を遺憾なく発揮し、更に実力を伸ばしてください。貴方ならできます」 

 真っ直ぐに俺を見つめる瞳には、先ほどまでの揶揄うような、人を喰ったような表情は微塵も無い。 

 そこにあるのは、ただ後進に対する指導者としての真摯な色。 

 

 狸が師匠に化けた。  

 

 そう言いたくなるほどの変貌に驚きつつも、これだからこの人を尊敬せざるを得ないのだ、と改めて思う。 

 そして、これほどの人物をやがて義父と呼べることを嬉しく思う。 

 というか、もしローズマリーの父君が私腹を肥やすような貴族だったら、俺はローズマリーをさっさと家族から引き離しただろうという自信がある。 

「それでは、失礼します」 

 きちんと礼をして、アーサーに続いて扉へと向かった俺は、その場に立って見送ってくれている宰相にもう一度目礼してから、執務室を後にした。 

「流石は辣腕と名高い宰相だ。敵う気がまったくしない」 

 廊下を歩きながら苦笑して言うアーサーに、俺は心の底から同意する。 

「ああ。本当に」 

 しかし、今は教えられる立場の俺たちも、やがてはこの国の中心となって動かなければならない時が来る。 

 その時、今の宰相のようにすべてを俯瞰して物事に対応できるようになっていたい。 

 俺は改めて強くそう思った。 

 

 

 それから、学園へとアーサーと共に戻った俺は。 

 『今日はこれから、リリーと夕食の約束をしている』と、嬉しそうに去って行くアーサーの背を見送り、ひとり星が輝きだした藍色の空を見上げた。 

  

 俺も、ローズマリーと約束しておけばよかった。 

 

 思い、今からでも連絡蝶を飛ばして、と考えるも、今日は図書委員の担当だと言っていたローズマリーは、今の時間、図書館の閉館作業を終えて既に寮に帰り着いているだろうと予測できるだけに、今から呼び出して夜道を移動させることになるのは避けたいところだとも思う。 

 会いたい、だが夜道を移動させるわけにはいかない。 

 少しずつ強くなっていく、星の輝き。 

  

 俺が行ければいいのに。 

 

 女子寮は男子禁制。 

 女子が男子寮を訪ねることは、時間によっては申請で可能だが、逆は絶対に許されない。 

 それを当たり前と理解することは出来ても、規則が歯がゆくてならないのも事実。 

 しかしそれも卒業するまでの辛抱だ、と何とか気持ちを切り替えて、俺は視線を空から目の前の噴水へと動かした。 

 未だ改修中のそこは、激烈桃色迷惑女によれば、やがて物語の場面のひとつになるのだと言う。 

「監視用の魔道具をここにも設置するか?いやしかし、焼却炉で既に使っているから流石に激烈桃色迷惑女も警戒するだろうか」 

 やがてこの噴水に突き落とされるのだと言っていた激烈桃色迷惑女。 

 物語の通りに事が進むことを願う彼女は、恐らくまた自演をして来るだろうと推測される。 

 もしくは、何らかの方法でローズマリーを嵌めようとするか。 

「対策を、考えないとな」 

「ウェスト公子息!」 

 ひとり考えに沈んでいた俺は、その叫びと共に物凄い勢いで駆け寄って来た人物を見て、全身が震えるのを感じた。 

「ウィルトシャー級長!ローズマリーに何があった!?」 

 ウィルトシャー級長が焦燥も隠さず俺に駆け寄るなど、激烈桃色迷惑女関連でローズマリーに何かあったに違い無い。 

 

 ローズマリー! 

 今度は何をされたんだ!? 

 

 リリー嬢も、物語の内容すべてを把握している訳ではないとのことで、記憶が抜けている場面もあると言っていた。 

 もしやそのなかで、激烈桃色迷惑女が覚えていることがあるのかもしれない。 

 もしくは、事が思い通りに進まないことに焦れた激烈桃色迷惑女が、物語とは関係なくローズマリーに何かしたのかも知れない。 

「ウィルトシャー級長。ローズマリーは何処にいる?」 

 とにかく傍に、助けに行かなければと焦る俺に、ウィルトシャー級長は自分自身を落ち着かせるかのように大きく息を吸った。 

「ウェスト公子息。ローズマリーが、消えた」 

 そして、辺りを警戒しながら伝えられたその言葉に、俺は目の前が真っ暗になった。 

 

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