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32.幸せな約束と誓い、それに加算。なのです。

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「ウィルトシャー級長とは子どもの頃からの付き合いで、だから名前で呼び合っている、という話は入学してすぐに聞いたけど。ロミィ、ってなに?」 

 既にして通い慣れたパトリックさまの部屋。 

 そして、これまた恒例となったパトリックさまの膝の上で、私はパトリックさま言うところの、詰問、を受けている。 

「小さな頃、ウィリアムは私をそう呼んでいたのです。なんでも、外国での私の名、ローズマリーの呼び方がローミーであることを知って、そこから取ったのだとか」 

 詰問されている、とは言っても、詰問らしいのはパトリックさまの逃げを許さない瞳だけで、紅茶もお菓子もいつも通り用意されているし、何よりパトリックさまはずっと私の髪をくるくると指で巻いては解く、を繰り返していて、詰問されていることに怯える、という雰囲気では到底無い。 

  

 そもそも詰問って『これから詰問するからね』と自分で宣言して始めるものなのかしら? 

 確かに、嘘やだんまりは許されそうにないけれど。 

 

 思いつつ、元よりパトリックさまに偽りなど言うつもりのない私は、パトリックさまが呼び方に拘る理由が分からないまま、ありのままを説明した。 

「ローミーからの、ロミィ。ふうん。小さな頃、っていつくらいまで?」 

 何となく面白く無さそうなパトリックさまが、くるくると私の髪を指に巻く。 

「えーと。12、13歳くらい、だったと思います」 

「それ、そんなに小さくないよね?」 

 小さい頃なんて嘘はいけないよ、と、くい、とパトリックさまが私の髪を軽く引いた。 

 その仕草が拗ねた子どものようで、何だか可愛い。 

「呼ばれ始めたのは、5歳くらいだったのです。ウィリアムのお父さまが外国へ行くのにウィリアムも一緒に行って、それで、ロミィ、と呼ぶようになったので。それから愛称で呼び合うようになりました」 

『ね、ロミィ、って呼んでもいい?』 

 あのときのウィリアムの輝くような笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。 

 

 ウィリアム、とても可愛かったです。 

  

 思い浮かべれば、自然と笑みが浮かぶ。 

「それから、12、13歳までずっと、か」 

 けれど眉を寄せ苦く言ったパトリックさまを見て、そんなにも愛称呼びは嫌なことだったのか、会ったことが無かったし、幼かったとはいえ、婚約者であるパトリックさまがどう感じるのかを考えるべきだった、と漸く思い至った私の脳裏に、ひとつの場面が蘇った。 

「あ!」 

「ローズマリー?」 

 膝に乗せられたまま不意にパトリックさまのシャツを掴み、その瞳を真っすぐに見た私に、パトリックさまが瞠目している。 

「正確には、私の13歳のお誕生日のときです。パトリックさまのお話が出て『婚約者がいるのなら、もうロミィなんて呼ばない方がいいだろう』とウィリアムが言ったのです。そうです、そうでした!」 

 私は、ちゃんと思い出せ、それをパトリックさまに伝えられたことが嬉しくて、弾ける思いでそう言ったのに。 

「なるほど」 

 パトリックさまは、難しい顔で苦々しく呟いた。 

「ちょうどその頃は、周りも婚約し始める頃で。いずれ、ウィリアムにも婚約者が出来るのだから、愛称呼びをやめるいい機会だと思って、それ以降、私もウィリアム、と呼んでいます」 

「それまでは、ウィル?でも、ロミィ、という特別な愛称ならともかく、ウィル、ならみんな呼ぶだろうに」 

 不思議そうに言うパトリックさまに、私は首を大きく振った。 

「いいえ、パトリックさま。ウィリアムがあのタイミングでああ言ったということは、婚約というものにとても重きを置いている、ということです。子どもの頃ならともかく、これからはきちんと線引きをしよう、ということだったのだと思います」 

 思慮深いウィリアムは、愛称呼びをしていては婚約者であるパトリックさまが不快な思いをする、とあの頃既に分かっていたに違いない。 

 思えば、ウィリアムに感謝しかない。 

「そういうことではないと思うけど」 

 何故か苦笑しているパトリックさまに、私は改めて向き直った。 

「あの、パトリックさま。子どもの頃のこととは言え、不快な思いをさせてしまい、すみません」 

 そして、遅まきながら、私がきちんと謝罪すれば。 

「俺こそ、心が狭くてごめん」 

 パトリックさまが、私の肩にこてん、と頭を乗せた。 

「心が狭い、とは思いません。私も、パトリックさまのことを親しく呼ぶ女性が現れたら、心穏やかでいられないと思いますから」 

 もしもパトリックさまのことを親しく呼ぶ女性が現れて、パトリックさまもそのひとを親しく呼び、親しく接したら、それはとても辛いだろうと思う。 

「うん。なんていうか、悔しかったんだ。俺は、最近やっとローズマリーに会えたのに」 

「これからは、ずっとお傍にいます」 

 私の肩にかかる、パトリックさまの重さが堪らなく愛しくて、私はするりと音にした。 

「あっ、あのっ、そのっ!」 

 そして、言ってしまってから大慌てに慌て、焦りに焦りまくってわたわたする。 

「うん。俺も、ローズマリーを離さないし、ローズマリーから離れないから覚悟して。なんて言うと、重い?」 

「いいえ、嬉しい、です。あの、これからも一緒に居てくださいますか?」 

 リリーさまがおっしゃる物語のなかの登場人物だという私は、激烈桃色さんが現れて、婚約を破棄される。 

 そんな未来が予想されているのだという。 

 大丈夫とは思いつつも、幾許かの不安を瞳に乗せて言えば、パトリックさまが真剣な瞳で私を見た。 

 そして、私を膝からそっと下ろし、優しく隣に座らせて、パトリックさまは両手で私の両手を包み込んだ。  

「一緒に居る。生涯、君の傍を離れない、君の心をひとりにしないと誓う。だから君も、俺の手を離さないで。どんなときも、俺を信じて欲しい」 

 そして、私を真っすぐに見つめるはしばみ色の瞳。 

「はい、パトリックさま。何があってもパトリックさまを信じます」 

 例え激烈桃色さんが何と言っても、パトリックさまの傍に居たい。 

 もう、婚約破棄されてもいいなんて絶対言えない、と私はパトリックさまをじっと見つめた。 

「俺も、ローズマリーを信じているし、大好きだよ・・・額の初めて、もらうね」 

 そして、パトリックさまの顔が近づいて、額に柔らかな感触を感じたのは一瞬。 

 それでも、頬の時よりも、自分からパトリックさまの髪にキスしようとしたときよりも、パトリックさまのお顔を近くではっきり見てしまった私は、当然のように発火した。 

「ローズマリー、可愛い」 

 そして、そう言うパトリックさまの幸せそうな瞳に、私の心も温かくなる。 

「パトリックさま」 

 私も大好きです、と言おうとして言えなくて、おろおろと視線を彷徨わせてしまう。 

「ローズマリー。そういうのも本当に可愛いし、俺の傍に居る、って言い切ってくれて本当に嬉しかったけど」 

「けど?」 

 何か問題があったか、と不安になる私に、パトリックさまは、それはもういい笑顔を浮かべた。 

「『これからも一緒に居てくださいますか?』は、ちょっと寂しかったから、加算、ね」 

 そして言われた言葉に驚く私の目の前で。 

 あの美しい魔道具が、7、の数字を示した。 

 

 
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