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しおりを挟むスフィミアが公爵家に嫁いで来てから、一ヶ月が経った。
公爵邸での暮らしには慣れてきたが、やはり大人の姿のハネスには一度もお目にかかれておらず、夫人としての実感が沸かない。でもまぁ、あまり気にはしていない。毎日の食事が美味しければ、他のことは大した問題ではない。
会えない代わりに、ハネスとは毎日手紙のやり取りをしている。いつ見ても流麗な文字で、『不自由はしていないか』とスフィミアのことを気にかけてくれている。
基本的にハネスは執務室で仕事をしているのだが、一日に最低一度はスフィミアの元に会いに来る。――子どもの姿になってしまうのだけれど。
「旦那様、おはようございます」
朝起きて、その場にはいないハネスに挨拶する。夫婦だが寝室はもちろん別だ。でもスフィミアは、朝起きたときも眠りにつく前も、こうして夫に敬意を込めて挨拶をしている。
寝台から降りて、カーテンを開けて陽の光を入れる。ぐっと伸びをして陽光を浴びていると、部屋の扉がノックされて使用人が入って来た。
「旦那様からこちらをお預かりしました」
「まぁ、綺麗なお花……と、お菓子!」
ワゴンに乗った豪華な花より、美味しそうなお菓子の方にスフィミアは夢中だった。花には、ハネスのメッセージが添えられている。
『おはよう、スフィミア。あなたのことだから、花より甘味に喜んでいるんだろうね。小さな自然を味わうともっと日々が豊かになるものだよ。では、良い一日を』
実際に見ているかのように的確だ。どこかでハネスが覗き見ているのではないかと思い、咄嗟にきょろきょろと辺りを見渡した。けれど、「いる訳ないか」と苦笑する。
(旦那様も、良い一日を)
◇◇◇
午後になって、公務を終えたハネスがスフィミアに会いに来た。もちろんそのときはアドニスとなって。アドニスと交流するときは、いつも居間を使っている。
「描けた」
「まぁ……とってもお上手ですね!」
「そ、そうかな……」
今日はアドニスがスフィミアの似顔絵を描いてくれた。まだ子どもなのに、大人も舌を巻く上手さだ。拍手をして賛辞を送れば、アドニスは頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯いた。可愛い。
「スフィミアは何を描いたの……ひっ!」
彼はスフィミアの描いた絵を見て、顔面を蒼白にして悲鳴を漏らした。
「それは……サ、サラマンダー的な未確認生物、かな?」
「うさぎの丸焼きです」
「うさぎの丸焼き」
「皮を剥いだので分かりづらかったですね。ほら、これが腕でこっちが頭で……」
自分にはかなり上手く描けたつもりだ。特に、腹部の辺りの焦げ目とか。アドニスは引きつった表情で言う。
「子どもの僕が言うのもなんだけど、子どもに見せるには猟奇的過ぎる絵……だね」
「美味しそうでしょう?」
「怖い」
なぜかアドニスはすっかり怯えている。
「次はアドニス様の似顔絵を描いて差し上げましょうか」
「う、ううん。気持ちだけ受け取らせてもらうよ。丸焼きにされたら嫌だし」
「しませんよ、失礼な」
あしらわれてぷすと拗ねるスフィミア。そんな彼女を、アドニスがまぁまぁと宥める。どっちが子どもか分からない。
アドニスは大人しくて手間のかからない子どもだった。一度も泣いたことはないし、わがままも言わない。いつも静かに本を読んでいる。勉強はかなりできるようだが、運動はそれほど得意ではないらしい。スフィミアは運動が大好きなので真逆だ。
そして、幼児化している最中に、大人のときの記憶は全くない上、アドニスとして経験したことの記憶さえ曖昧らしい。スフィミアが一緒に暮らしていることも、一ヶ月かけてようやく覚えてくれたくらいだ。
彼を混乱させてしまうといけないので結婚のことは話していない。あくまで、アドニスの友達という体で接している。
スフィミアはアドニスが描いてくれた絵を眺めた。実物より美人に描いてくれた気がする。
「アドニス様は、将来画家になれますね」
テーブルに向かって熱心に鉛筆を動かしているアドニスにそう話しかける。すると彼は、ぴたりと手を止めた。
「なれないよ。僕なんて全然大したことないなら。もっとすごい人なんていっぱいいるし、僕には才能ないし……」
「あら……」
ごにょごにょと卑屈な言葉を漏らし続けるアドニス。彼は随分謙虚で控えめのようだ。
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