上 下
29 / 31

29

しおりを挟む

 ルサレテの復唱する声は、ジェイデンと重なった。
 はてさて、自分はいつの間に筆頭公爵家の嫡男であり、麗しの令息の婚約者になっていたのだろうか――と。

「あの、私はロアン様の婚約者では――むぐ」

 想いを通わせてはいるものの、まだ正式に結婚するという約束を結んでいる訳ではない。至極真っ当な指摘をしようとするが、ロアンに口を手で塞がれる。彼はそっと耳打ちして、話を合わせるようにと呟いた。

(な、なるほど。ジェイデン様を追い払うための演技をしろということね)

 ジェイデンを追い払うための方弁なのだと理解したルサレテは、ロアンの胸元に手を添えて、甘えるような仕草で擦り寄る。
 するとロアンは、びっくりしたように小さく肩を跳ねさせ、頬を朱に染めた。

 一方のジェイデンは、あんぐりとしていて。

「ル、ルサレテがロアン様の婚約者……!?」

 ロアンは女性たちの憧憬を集める国随一の公爵家の跡取り。相手は選び放題なはずなのに、どうしてルサレテなのか、という驚きだろう。

「信じられません。だいたい、あなたこそずっと、ペトロニラに好意があったのでは……?」
「親しくしていたし……妹のように思っていたよ。以前はね。でも恋心を抱いたのは、後にも先にもルサレテだけだ」

 そんな風に耳元で喋るので、ルサレテの顔が耳まで赤くなる。
 嫁の貰い手はないとついさっきまで見下していたジェイデンは、悔しそうに顔を歪ませた。そんな彼に、ロアンが鋭い眼差しで追い打ちをかける。

「早くここから消えてくれるかな。俺は婚・約・者・を侮辱されて今とても機嫌が悪いんだ。今後二度と彼女に近づくな。今回は目を瞑るけど――次は容赦しないから」
「…………っ!」

 とうとうジェイデンは、不服そうにこちらを一瞥してから、逃げるように去って行った。ロアンがはっきり念押ししたので、今回のようなことは彼もしないだろう。
 しかし、ジェイデンが帰って行っても、ロアンは腕の中からルサレテを解放してくれなかった。
 後ろからぎゅうとこちらを抱き締めたまま、切なげに言う。

「もう少しだけ、このままでいてもいいかな。君が嫌でなければ」
「……嫌では、ないです」
「こういう言い方はよくないかもしれないけど、あんな男、別れて正解だったよ。君にはふさわしくない」
「ロアン様、どこから話を聞いていましたか?」
「……花束の辺りからかな」

 というと、ほぼ全部だ。ルサレテの家族や婚約者が、長い間妹びいきで、ルサレテのことを可愛くないと蔑ろにしていたことも知られてしまったのだろう。
 ロアンは、ルサレテがなかなか講堂に来ないので、心配して授業を退出したのだと説明した。

「俺にとってルサレテは、世界で一番可愛い女の子だよ」
「……ありがとう、ございます。俺の婚約者って言ってくださったの、嘘でも嬉しかったです」
「今は嘘だけど、俺は本当になってほしいと思ってるよ。ルサレテ……俺と結婚してくれないかな?」
「!」

 ルサレテを抱き締める手がわずかに震えていて、緊張が伝わってきて、愛おしさが込み上げてくる。
 彼は腕を解き、ルサレテのことを手放す。ルサレテはくるりと振り返り、彼の顔を見上げた。長いまつ毛が縁取る双眸は切実さを孕んでいる。

「君が辛いときは一緒にその辛さを抱えるし、嬉しいときはともに分かち合いたい。そういう関係を君と築いていきたいんだ」

 ロアンは、前世からの推しだった。病床に伏せっていた毎日の中で、画面の中のロアンは心の拠り所で、励みだった。
 また、同じように病気の辛さを味わい、長くは生きられないという不安を抱えながらも健気に毎日を過ごしていた彼。
 最初は誤解されて嫌われていたけれど、一緒に過ごして好感度が上がっていくにつれて、彼への恋心が膨らんでいった。
 今はただ、この人のそばにいたい。ルサレテはロアンの手に自分の手を重ねて、こくんと頷いた。

「――はい。私でよければ、お願いします……!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

処理中です...