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しおりを挟むクラウスの誕生日会のあと、王城に帰ったルイスは真っ直ぐにルーシェルの部屋を訪れた。
「きゃあっ!」
「しっかりなさってください、王女様!」
重厚な扉の奥から、物音と使用人の悲鳴が漏れ聞こえた。
(……またか)
小さく息を吐けば、中から二人の使用人が辟易した様子で出てきた。彼女たちはルイスの姿を見つけて仰々しくお辞儀をする。
「お、王子様……」
「王女の様子は?」
「……相変わらずでございます。感情の起伏が激しく、物を投げたり壊したり……。それから、使用人のことを度々『クラウス様』とお呼びになって……」
「そう。いつもすまないね」
「い、いえ。仕事ですから」
部屋にそっと入る。カーテンを閉め切った薄暗い部屋の、天蓋付きの寝台の上で、ルーシェルは膝を抱えて座っていた。抜け殻のようになってしまった彼女。陶器のようだった白い肌は荒れていて、絹のようだった髪も艶をなくして乱れている。俯いたままぶつぶつと独り言を言っているかと思えば、ルイスの存在に気づいてにこりと笑った。
「ようやくわたくしの元に来てくださったのですね。――クラウス様」
ルイスは肩を竦め、彼女の元に歩み寄った。
「遂に兄のことも分からなくなったかい? 僕はルイスだよ」
しかし、ルイスの言葉は彼女の耳には入らない。するりと痩せた腕が伸びてきて、頬を撫でられる。落ち窪んだ目を恍惚と細める表情に、背筋がぞくりとする。
「あの女はようやく死んだのですか?」
「…………」
「あの女――エルヴィアナさんのせいで、今までわたくしにはつれない態度を取られていたのでしょう? 本当はわたくしがお好きなのに……」
ルーシェルは現実と妄想の区別もつかなくなってしまった。
「わたくしのものになってくださるのでしょう? クラウス様。あんな悪女よりわたくしの方がよっぽど愛されるのにふさわしいですもの」
(君は……それほどクラウスのことを……)
一体いつの間に、クラウスにこうなるまで心酔していたのだろうか。
違う。彼女は多分、孤独を癒したかったのだ。小さなころからなんでも手に入り、甘やかされて育った。けれどどこか乾いていた。両親はルーシェルをそれなりに可愛がっていたが、問題を起こしたルーシェルを簡単に見捨てるような人たちだった。
ルーシェルは本当は愛情に飢えていて、クラウスに縋ることで救いを求めていたのだと思う。
(羨ましかったんだね。君は……エルヴィアナ嬢のことが)
どんなに評判が悪くても、どんなに嫌われ者でも、クラウスはエルヴィアナを愛していた。そういう揺るがない愛情を自分も欲しかったのではないか。焦がれていたのではないか。
でもエルヴィアナとルーシェルは決定的に違う。他人のことを気遣うエルヴィアナと、自分を満たすことばかりを考えるルーシェルでは。
するとルーシェルははっとして、元々蒼白な顔を更に青白くさせた。そしてわなわなと震えながら、両手で顔を覆った。
「嫌っ……見ないでくださいませ。今のわたくしはとても醜いから……っ。鏡、鏡を……! セレナ! 鏡を持ってきなさい!」
「セレナさんはもうここにはいないよ」
セレナはルーシェルに対する忠誠心や敬愛は元々持ち合わせておらず、こんな状態のルーシェルに見切りをつけて城を去っていった。それすらルーシェルは忘れてしまっているらしい。
顔に怪我を負ってから、ルーシェルはやたらと鏡を欲するようになった。しかし、以前の美しい顔から変貌してしまった姿に絶望し、鏡をすぐ割ってしまうのだ。その度に手に怪我をしてしまうので、割れ物は渡さないようにしている。
彼女は両手で顔を隠したまま、ぐすぐすと泣き始めた。
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