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しおりを挟む遡ること三日前。狩猟祭最終日の翌日。
王城の謁見室を退出したルーシェルは憤慨していた。どすどすと音を立てて淑女らしくなく廊下を歩く。
その姿を城の者たちが訝しげに見てきた。
「お、王女様……そのように音を立てて歩かれては……」
「うるさいですわ。今わたくしに話しかけないで。気が立っているのがお分かりにならない?」
侍女のセレナに指摘されて苛立ったルーシェルは、彼女の肩をどんっと力任せに押した。
「きゃっ――」
その衝撃で彼女は転倒し、怯えた様子でこちらを見上げた。自分に萎縮する彼女に、更に苛立つ。
(ああ……イライラする)
謁見室に行ったのは、父である国王に呼び出されたからだ。王妃や他の王子王女がいる場所で、今回の軽率な行動を咎められた。王妃や兄弟たちも皆すっかり呆れた顔をしていて、恥をかかされた。
ルーシェルは家族の中でも人一倍プライドが高い。だから、人前で叱られるのは嫌いだ。
魔獣は、この国の国教で穢れた存在として忌み嫌われている。それを魔獣と知っていながら飼っていたと知られたら、王家の立場が揺るがされるかもしれないと、国王は苦言を呈した。
(何よ。たかが魔獣の一匹くらいで大袈裟な)
ルーシェルが最も納得できていないのは、魔獣を騎士団に引き渡せと言われた点だ。あの魔獣が討伐されてしまえば、エルヴィアナの呪いも解けることになる。それは気に入らない。
(全部ルイスお兄様のせい)
あの人は昔から悪知恵が働く。いつも何を考えているか分からない軽薄な態度を取っているのに、意外と他人のことをよく見ていて。魅了魔法にかけられたなんて巧妙な嘘をついて演技をするから、余計なことを喋ってしまった。彼の企みのせいで、クラウスを略奪するための計画が台無しになった。
ルーシェルは王女として、他国の王族に嫁ぐ話が上がっている。その結婚相手の姿絵を見てルーシェルはげんなりした。――こんなに醜い男の妃になるのは絶対に嫌だ、と。
どうせなら見目麗しい人と結婚したい。そう思っているときに気に入ったのがクラウスだった。入学式で初めて会い一目惚れ。彼は大貴族の嫡男だし、結婚相手としては申し分なかった。
だが彼の気持ちはエルヴィアナの方ばかりに向いていて、少しも揺るがなかった。
ふいに、廊下に飾られている豪華な花瓶が目に付いた。苛立つ感情のまま、それを持ち上げて床に叩きつける。花瓶が割れる音が鳴り響いたと同時に、セレナがひっと悲鳴を漏らした。
「これはまた随分と荒れているみたいだね? ルーシェル」
「ルイスお兄様……」
にこにこと人好きのする笑みを湛えてこちらにやって来るルイス。ルーシェルの怒りの原因を作ったのは自分だと分かっているくせに、へらへらと笑っていて腹が立つ。
「君。怪我はないかい?」
「は、はい……」
倒れ込んでいたセレナに紳士的に手を差し伸べ、立ち上がらせる。彼は誰にでも優しくて綺麗な容姿をしているので、王城内での人気が高い。ルイスが人気なのは王城内だけではない。社交界でも女性たちの人気は絶大で、みんなが彼の妻の座を狙って目を光らせている。親切にされたセレナは、ぽっと顔を染めた。
「……ありがとうございます。王子様」
「いいや。こちらこそいつも妹が世話になっているね」
下々の者にこういう労いの言葉をかける貴族は少ない。侍女なんかに愛想を振り撒いたってなんの得もないのに。
(おかしな人)
ルイスはモテるだろうに、女遊びを一切しない。貴族の着飾った令嬢たちに全く興味を示さず、没落して平民落ちした女に執心している。しかもその女はエルヴィアナの側仕えをしているというのがますますいけ好かない。
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