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 二人で並んで講義を受ける。学園内でクラウスとの不仲説が出ていたため、並んで座る様子を見た他の生徒たちに「何があったんだろう」とひそひそ内緒話される。

 授業中、隣から痛いくらいの視線を感じた。

(気が散る……)

 クラウスが授業そっちのけでこちらを凝視してくる。チラ見ではなく凝視だ。恍惚とした瞳の奥には古典的なハートマーク♡が浮かんでいて。これでは全く集中できない。周りの生徒に聞かれないように、身を寄せて耳打ちする。

「前を見なさい前を」
「エリィと授業中に内緒話……」
「感激しなくていいから」
「すまない。勉強を頑張る君の横顔がキレイで見蕩れた」
「はいはい」

 ほのかに顔を赤くさせつつあしらう。今はのぼせ上がっている人を相手にしている時間ではない。

「照れた顔も可愛い」
「そういうのいいから……本当」

 赤い顔をペンを持った腕で隠し、目を逸らした。彼はふっと笑い、ようやく講義に集中し始めた。

 ノートに講義の内容を書き取るクラウス。紙に滑らせるペン先の音が聞こえて、少しだけ視線を向けて覗き見る。こんなに近くで顔を見る機会はあまりない。気づかないうちに随分大人びていて。伏し目がちな瞳に長いまつ毛が影を落としていて、色っぽい。

(真剣な顔……格好いい……――はっ!)

 我に返って首をぶんぶん横に振る。授業中に婚約者の横顔に夢中になってしまうなんて、とんだ体たらくだ。魅了魔法がかかっているならまだしも。すぐに自分を諌め、教本に意識を戻す前にもう一度だけちらっと横を覗き見た。……その瞬間。

「あまり見られていると、顔に穴が空きそうだ」
「!」
「だが、君に見られるのは悪くない」

 彼のつつじ色の瞳と視線がかち合う。不敵に上がった口角を見て、慌てて視線を下に落とした。



 ◇◇◇



 授業が終わり、教室までの見送りは結構だからと言って、クラウスより先に講堂を出た。

「レディ! お待ちをー!」
「逃げないでくれ、愛しのレディ!」

(どこから湧いて出た!?)

 クラウスがいなくなったのを目ざとく見つけた取り巻き美男子たちが、どこからか現れて追いかけてきたが、走ってなんとか撒いた。

「はぁっ、はぁ……」

 庭園の垣根の陰に隠れ、乱れた呼吸を整える。

(調子が狂って仕方ないわ)

 授業中にクラウスと目が合った瞬間のことが思い浮かび、顔に熱が集まっていく。火照った顔を冷ますように手で扇いだ。
 今のクラウスといると、覚悟が鈍ってしまいそうになる。つい、悪女のフリを投げ出してしまいそうになる。

 頭を冷やすために、広い庭園をただ歩き続けた。昼休憩の間に体たらくを反省しよう。

 花壇に、赤いつつじがいっぱいに植えられている。露に濡れたみずみずしい花弁の赤紫色は、クラウスの瞳を彷彿とさせる。そっと手を伸ばし、花弁を指先で撫でたそのとき。

「――話が違うではありませんか。エルヴィアナさん」

 鈴を転がすような甘く可愛らしい声が耳を掠める。振り返るとそこに、王女ルーシェルが怖い顔をして立っていた。

「……王女様」
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