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リュカ(本編補足)
25話
しおりを挟むザガンとカミラが2人きりで話して、さらに友情を深めた、その翌朝。オロバスに見送られて、第12ダンジョンの攻略を開始した。星の欠片ダンジョンの最後で、初めてのザガンパーティー参入である。一緒にいられるのが嬉しくて、テンションが上がっちゃうよ。
でも自由にさせちゃうと1人で全部倒してしまうので、手は繋いでおく。それでも警戒は怠らなかったし、ザガンがすぐにモンスターの気配を察知してくれるから、危険な場面はまったく無かった。
みんなとの会話もいつも以上に弾んで、楽しかったな。ただ、これが最後のダンジョン攻略なこともあって、今後どうするかという話が多かった。特に冒険者であるミランダと、闇組織のメンバーを好きになったシンディは、王命が終わったあとどうするか悩んでいるみたいだ。
俺には相談に乗ることしか出来無いけれど、それぞれ自分なりの答えを出して、前に進んでいけるって信じている。だって彼女達は強くなった。戦闘能力はもちろん、心がとても強くて、みんな頼りになるほどに。ザガンの影響によるものとはいえ、彼女達自身の努力を傍で見てきた身として、賞賛せずにはいられない。
それにしても、俺をメインにした旅行記か。2神についてや、千年前の王家の真実を書いてくれるのなら、多くの国民の関心を集められるよう助力は惜しまないよ。闇属性への差別を減らせるのであれば……ザガンを独りにさせない為なら、なんだってする。
12月19日には、闇組織のリーダーと遭遇した。ザガンは会えなくて不安そうにしていたけど、第10都市、第11都市と、闇組織の面々と出会ってきた日付が、タイムリープしていた時とずれたことはない。そう教えることは出来無い代わりに、別の言葉をかければ、ザガンから不安は感じなくなった。
そうして出会った彼らは、タイムリープしていた時と違っていて静かだったし、こちらを蔑んでいるようにも見受けられなかった。これもザガンの影響か。第9都市でザガンが、死にそうになりながらも魔法を使い、あの男を説得したから。
でもザガン? お願いだから、俺に相談無しでサシで話をしようなんて、突然言わないで? すごく驚くから。あの男と2人だけになるなんて、そんな危険なこと許せるはずないのに。
だってアイツは、何度も何度も君を殺してきた。自分達だけでは敵わないからと、ドラゴン5体も召喚して、君だけでなく大都市にいるたくさんの人々も殺してきた。それまでも、いろんな人達を暗殺してきているはずだ。そんな凶悪な殺人犯に、君を近付けさせたくない。
でも抱き締めているザガンから伝わってくる感情は、とても凪いだものだった。それに触手を腰に回していて構わないと、説得してくる。
……そうだよね。今までと違い、何もかもが変わっているんだ。君が変えてくれたから。
だから心配だったけれど許可したし、2人が話している様子は遠くからずっと見ていた。ザガンが男に魔導バリアを渡すのも。あれで彼らが死なずに済むのだろうか? それはわからない。でもリーダーである彼は、ザガンの言葉にきちんと耳を傾けているようだった。終始穏やかなまま、会話も終了した。
第10ダンジョンで遭遇したエロワという眼鏡の男性も、今までのように戦闘をしかけてくることはなかった。代わりにひたすらシンディを見つめて、結婚してくださいとプロポーズしていた。
第11ダンジョンで遭遇したソフィーという女性も、最初はミランダと口喧嘩していたが次第に落ち着いていき、最終的に2人して泣きながら互いを慰め合っていた。友達になろうと握手していた。
彼らは闇組織という犯罪者達である。しかし闇属性が差別されていなければ、愛する人との結婚を望んだり、友達を得て喜ぶような、どこにでもいるソレイユの民なのだと、実感せざるを得ない。
ザガンはいつも闇組織に殺されていたが、そんな彼らも全員、邪神を前にして亡くなっていた。報いだと思ったことはないけれど、悲しんだ記憶も無い。
しかし彼らは歴史の……千年前の王家の愚行による、被害者である。そして俺の守るべき国民だ。ようやく、そう心から思えるようになった。すでにザガンが手を尽くしているので俺に出来ることは無いけれど、彼らにも生きていてほしいと願っている。
12月25日、ノエルの誕生日。朝に誕生日プレゼントを渡したら、昼にはボス戦となった。ザガンの片足が石化したり、ニナの片足が切断された時はものすごく焦ったけど、どうにか勝ててホッとする。
ダンジョン攻略を終えたあと、夕方にはシャルマン公爵に招待されて、監視塔内のバーで夜景を見ながらディナーをいただいた。豪華な料理を美味しそうに食べるザガン、とっても可愛かったな。それに公爵の話も興味深かった。先生達にもいろいろあったんだね……。
食事を終えたら監視塔の屋上に上がり、ランタン片手に、オロバスと話をする。幽閉されていたザガンが太陽祭は祝っていたこととか、太陽祭の本当の由来とか。建国記念日の祝祭という簡単な理由ではなかったし、千年前の2神による激戦を知っている魔物達は、『聖夜祭』と呼んでいるそうだ。
「たぶんだが、悪魔ザガンも、その時に亡くなったのだろう?」
前に2人の会話を聞いていて、なんとなくザガンの名前の元になっていた人がいたんだろうなというのは察していた。それがオロバスと同じ悪魔であり、かつてのザガンがそう名乗っていた理由に気付いてしまい、胸が痛くなる。
現在の君の幼少期は幽閉されながらも幸せなものだったと、オロバスとの思い出話からわかるけど。同化している半分はかつての君で、きっとその時の記憶はもう風化していると思うのだけど。
でももしも再びタイムリープしてしまったら、君はどうなるのだろうか。2人同化したまま記憶も保持してる、なんて奇跡は、何故かまったく起こる気がしない。今までみたいに記憶が残っているのは俺だけで、ザガンは同化した最初に戻されるのだろうか。それともあの世界の君は今回の一度きりで消えてしまい、かつてのザガンだけが、俺と同じようにループすることになる?
「わかった。あと100年ほど経てば使わなくなる日が来るだろうから、その時に返そう」
あと100年ほど。それだけ先の未来を、ザガンはすでに見据えている。過去から現在まで全部変えてきて、未来も変えようとしている。俺と一緒にずっと生きようとしてくれている。それはとても嬉しいし、そうあれるようにこれまで頑張ってきた。
でもどうしても不安がよぎるんだ。またタイムリープしてしまうかもしれない、君と出会ってからの1年間が、無に帰してしまうかもしれない。この腕の中にいる君が、消えてしまうかもしれないと。
あと1週間後には、全てが決まっている。幸せな未来へ進めているのか、また絶望に陥るのか。
ねぇザガン、頑張って考えないようにしようとしても、どうしても怖くなってしまうんだ。だからその感情に負けないように、君に愛を囁くよ。何度でも君を抱き締めて、大好きを贈る。そうすれば君から返される愛に包まれて、不安を忘れられるから。
翌早朝、シャルマン公爵に見送られて第12都市を出発した。今まで王都に着いたら、待ち受けていたのは邪神との戦闘、そしてタイムリープ。だからかずっと不安が拭えなかった。ザガンを抱き締めていても、どうしても恐怖に苛まれてしまう。
何度も何度もこの道を通ってきたけど、こんなに心が押し潰されそうになったことはなかった。それは諦めていたからだ。どうせ次もループする、ループしたらまた生きたザガンに会えるからと。
しかし今回は、赤子からやり直してきた。しかもザガンがたくさん変えてくれていて、月の存在も確認してくていたことで、いろんな事実が判明した。何よりタイムリープしていた理由がわかり、今度こそその先へ進めるかもしれないと、期待が募っている。だから同じくらい、不安が湧くのだろう。
「……俺だけでも、先に王都に行くべきだったか?」
「駄目だよ? 俺から離れたら、絶対に駄目」
ザガンも不安なのはわかるよ。もっといろいろやれるはずだと考えるのも。だって君には、それだけの行動力と強さがあるから。でも俺は君が傍にいてくれないと、怖くて前に進めなくなるんだ。足が竦んでしまう。君が消えてしまうかもしれないと思うだけで、狂いそうになる。だから絶対に俺から離れないでほしい。
不安と恐怖に押し潰されそうになるのを耐えながら、王都に近付いていく。もうすぐ、もうすぐ決戦の日となる。あと3日、2日、――1日。
その夜は、焚火を囲んでいる仲間達みんな、感傷に浸っていた。このメンバーでの旅が、もうすぐ終わるからだろう。俺としても、最後になってほしい。もう繰り返したくない。また戻されたくない。
今までは亡くなっていたザガンが傍にいて、みんなもすごく成長していて、国中に魔物が紛れていた証拠となるオロバスまでいる現在。この最高の状態のまま、未来に進めたら良いのに。
早めの解散になり、ザガンとテントに入ったら、いつものように全裸になってから抱き締める。こんな時でも変わらず、ザガンからはたくさんの愛が伝わってくる。俺のことをこんなに好きになってくれて嬉しいのに、もしかしたら失ってしまうかもしれないと考えると、どうしても不安になってしまう。
その感情がザガンに伝わったようで、心配そうに顔を覗かれた。ここ最近、よくじっと見つめられる。どうしてそんなに不安なのかと、心配してくれている。
だからずっと悩んでいたけど、とうとう理由を伝えることにした。でもあくまでも婉曲に、何度も夢を見ているということにして。俺の言葉を決して疑わないザガンは、すんなりと信じて、同情してくれた。それに言葉を重ねて慰めてくれる。
「夢か現実か、真実を知る術は無い。答えは見つからない。なればこそ、自分自身を信じれば良い。俺は言い切るぞ? ここは現実だと。リュカが愛しいという感情は、絶対に夢ではないと」
現実。そうだよね、ここは現実なんだ。それを君という存在が教えてくれた。指先から伝わってくる君からの愛も……君がこんなにも俺を好きになってくれたことも、夢じゃないんだよね。
「それでも不安なら、俺を信じろ。何度繰り返していようとも、俺が必ず連れていく。その先の、未来へと」
ねぇ、なんで君はそんなに強くて格好良いのかな。俺を信じろなんて、なかなか言えないよ? ああ、心が震える。涙が出てしまう。
君の言葉だけでこれほど安心するのは、実際に君が新たな道を切り開いてきたからだ。こんなにも運命を変えてきてくれたから。
「うん、連れていって。……俺を、君と一緒にいる、未来へ」
今までずっと独りだった。常に人には囲まれていたが、心は常に孤独だった。でも君という奇跡に会えた。最初は先に行ってしまう背中を追うのに必死だったけれど、いつしか俺の隣にいてくれるようになり、君から手を繋いでくれるようになった。
そうして今、俺だけでは決して抜け出せなかった渦から、圧倒的な力で引っ張ろうとしてくれている。
「大丈夫だリュカ、俺が傍にいる。ずっとお前の傍にいる。だから大丈夫だ」
――俺を、救おうとしてくれている。
どうです? 俺のザガンはすごいでしょう?
そう内心で語りかけると、神ソレイユは難しそうに唸ってきた。
先程女神リュヌが、眷属の感情や思考が伝わってくると仰られた。ならば神ソレイユを纏いザガンと何度も刃をぶつからせ魔法を打ち合ったこの短時間で、彼には俺の感情や思考、そして今まで生きてきた記憶も伝わっているだろう。
俺は幾度となく、女神リュヌを殺してきた。邪神は悪だと思っていたから。
それに女神自身も望んでいた。ずっと貴方に声が届かないことを悲しみ、また怒りに飲まれて数多の命を奪ったことにも苦しみ続けてきたから。だから貴方の眷属である俺を前にして、解放を望まずにはいられなかった。『――あの方自身が、この結末を望んだのです』。かつてそう言ってきたのは、誰だったか。
そんな彼女を、今のザガンは産まれた時から癒していたなんて、本当にすごいですよね。
そうそう、王城の被害をここまで抑えられたのも、闇組織の者達を守れたのも、今回が初めてなんですよ。ザガンが魔導バリアを改良して、闇組織のリーダーを説得して持たせたから。
それに今までより強く逞しくなっている仲間達が、俺達を先に行かせようと途中途中でその場に留まってくれた。オロバスが仲間に加わっていたことで、ドラゴン達の助力も得られた。現在もまだ戦いは続いていると思うけど、王都全体の被害も以前よりずっと抑えられているはずだ。
これほどの変化を齎した、その根源はザガンである。アカシックレコードで死ぬ運命を決定付けられている、女神リュヌを救う為……そして俺を、タイムリープから救ってくれる為に。
神ソレイユ、あとは貴方だけだ。こうして貴方を纏っているからか、貴方がかつてどれほど人間達を信頼していたかがわかります。そんな相手に裏切られ、愛する女神を攻撃されて、どれほど憎悪しているかも。
だからこそ貴方も、ザガンの精神に触れてください。そうすれば女神の仰っていたように、きっと思い出せる。人間への愛、そして――女神リュヌへの愛を。
『まさか我が、リュヌへの愛を忘れているとでも?』
先程、女神も否定していたじゃないですが。私を本気で殺そうとしてきたのに、と。
貴方は光属性なのですよ。正の感情を具現化する神ソレイユが、愛する人への想いよりも憎悪の方が大きいなんて、忘れているとしか思えない。
『…………そう、かもしれぬ』
神ソレイユは否定しなかった。何度も女神を殺されているのに激昂しないし、なんなら俺を気遣ってくれているように感じる。全てを受け入れて慰めてくれるような、背中に優しく手を置かれているような感覚。そうか、この御方が我がソレイユ王国を照らしてきた、太陽の神ソレイユなのか。
瞑っていた目を開けて顔を上げれば、女神リュヌを纏っているザガンと、再び視線が交差した。そんな彼らへと、神ソレイユが告げる。
『……リュヌ。我はそなたを想えばこそ、やはり人間が許せん。だがその者がそなたを悲しみから癒し、我の眷属を絶望から救おうというのであれば――リュヌの眷族よ。その強さ、いかほどのものか、我に示してみよ!』
背中からバサッと広がる感覚が伝わってきた。飛べ! と神ソレイユに言われるまま跳躍すれば、背中のものが動いて、そのまま夜空へと飛んでいく。もしかして一部を翼にしました?
『うむ。空であれば存分に戦えるであろう?』
そうですね。建物への被害を気にしなくて済むのは、ありがたいです。
空を飛ぶことにはすぐ慣れた。翼も俺の思うように動いてくれる。それだけ神ソレイユが俺の思考に同調してくれているのだろう。夜空に浮かんでいる満月の美しさに見惚れながら、どんどん上昇していく。
先程、突然あの月が現れた時は、すごく驚いた。この世界にも月が浮かんでいた事実に衝撃が走ったし、千年ぶりに見えるようにした女神リュヌと、ザガンの本気に気圧されそうになった。同時に、絶対に負けないと決意した。
俺は絶対に君を離さないよ。君を心から愛してるから。だからこの勝負、絶対に勝つ。
それからの戦いは本気だったけど、でもとても楽しくて、愛しいものだった。だって刃がぶつかるたびに、ザガンからの想いが伝わってくる。
――『戦えば伝わってくるもんがあるだろ。剣を交わすことで、わかるものがある』。そう俺に言ってくれたのは、かつての君だったね。
でもここまで想いを感じられるのは、互いに神を纏っているからだろう。ちょっと怒っているみたいな感情は、闇属性への差別に対してのものかな? あとは友人達への想いもあるかも。でもやっぱり大きいのは、俺への愛だ。たくさんたくさん、ザガンから愛が伝わってくる。
ふふ、俺も君が大好きだよ。いっぱいいっぱい愛してる。
いったい、どれほど戦っていたのだろう。全身が痛くてボロボロなのに、ザガンは無傷だ。ちょっとなら傷を負わせられるけど、女神リュヌがすぐに回復してしまう。でもザガンの傷付いた姿を見たら、心配で戦うどころじゃなくなるので構わない。
俺はだいぶ呼吸が乱れてしまっているのに、ザガンはいまだに淡々としている。それなりに疲労は蓄積していると思うけど、それでもこんなに持続力が違うことに、感嘆してしまう。ずっとずっと大森林で生きてきた、その積み重ねられた強さを実感せざるを得ない。
そんな圧倒的強者である君を相手にして、俺に出来ることは、ただひたすら諦めないことだけ。
だから頑張った。ザガンが根負けしてくれるまで、諦めずに戦い続けた。時々何かが……たぶん2神の記憶が脳裏に見えていたけれど、内容を気にしている余裕なんて無くて、ひたすら攻撃を繰り出していく。
魔法がぶつかり合い、煙幕が湧いた。接近するチャンスを逃さず、その中へと突っ込んでいく。
「ダークアロー、ダークボール!」
「フッ……、はぁ……!」
きっと来る、と思っていた魔法を避けて、刀を振り下ろした。当然のように受け止められて弾かれるが、すぐにまた刃を振るえば、またぶつかり……しかし彼の短剣は刃を滑っていき、そのまま絡み取られるように腕を回されて、手から刀が抜けてしまう。
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刃がぶつかり合う。とてつもない重さと強さに押し負けそうになるし、気を抜けばまた刀を放しそうになる。でも気合で抵抗し続けた。
勝ちたい、ザガンに勝ちたい。そして絶対に君を離さない。俺は君がいないと、生きていけないから。ザガン、ザガン。愛しい俺の――俺だけのザガン。
……ああ、君から愛が伝わってくるよ。離れたくないって、思ってくれているんだね。だからか少しずつ、君の腕から力が抜けていく。少しずつ君を押し上げていく。
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「……――ザガン!? ザガン!」
慌てて止まってザガンを見れば、彼は無抵抗状態で落下していく。刀を落とされるまでは、なんの問題も無かったはずだ。では何故いきなり力を失っているのか。わからなかったけれど、とにかく必死にザガンを追っていく。
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問題が起こったのがザガンじゃないというのは、すぐに判明した。そうだ、もしザガンが気絶したとしても、女神は関係無く飛べるではないか。それにザガン自身は、つらそうながらも目を開けてきた。追っている俺を見つけたからか、ホッとしたみたいで微かに微笑んでくる。
そんな彼へと触手を伸ばした。たくさん、たくさん。ザガンの身体に重力負担がかからないよう、少しずつ回していき、落下速度を遅くしていく。落ちそうになっていた短剣も掴む。そして両腕で抱きかえられた頃には、ザガンは意識を失っていた。
そのまま下りていき、女神が張ってくれていた結界は神ソレイユが破壊、地面に足を付いたところで神ソレイユは鎧から狼へと戻った。
『リュヌ! 返事をしろリュヌ!』
神がものすごく慌てて何度も女神に声をかけるからか、俺は比較的冷静でいられた。ザガンを地面に下ろして、すぐに指先を握って体温を確かめる。普段より体温が低下していたので、マジックバッグから特性MPポーションを出して、口移して飲ませた。すぐに嚥下してくれたし、指もきゅっと握り返される。
「ザガン? ザガン、起きたの?」
声をかけてみれば、すぐに目を開けてくれてホッとする。さすがカミラの作ってくれた特性MPポーションだなぁ。
そのあとすぐに神ソレイユがザガンに詰め寄るものだから、ザガンがちょっと引いてしまったり。それでも女神を起こしてくれて、彼女は久しぶりの太陽の眩しさにビックリして気絶しただけということが判明したり。神ソレイユが女神リュヌに謝罪して、仲直りしたり。
微笑ましく見ていたら、ザガンがボロボロのままだった俺の怪我を心配してくれた。そんな彼に、短剣を返そうとしたのだけど。
「感謝するリュカ。お前は早く、ポーションを……っ」
言葉が途中で途切れるから、どうしたのか逆に心配になった。もしかしてどこか怪我してるの? でもそう問いかける前に、俺達は淡い輝きに包まれた。全身から痛みが引いていく。このあたたかさは、回復魔法だ。
女神が回復してくれたみたいで、いつの間にか俺達を見つめてきていた。そんな女神に感謝して立ち上がると、彼女は俺だけに声をかけてきた。ソレイユの眷属、その呼びかけに、はいと返事をする。
『もう、大丈夫』
…………な、え? 言われた意味が、わからな……いや違う、たぶんわかる。でも、えっ? ほ、本当に? 本当にもう大丈夫なの? 俺はもう二度と、タイムリープしない?
突然告げられた言葉に呆然として神ソレイユへと視線を移せば、彼は神妙に頷いてくれた。そう……そっか。ようやく解放されたんだ。あの絶望から、ようやく。
「リュ、リュカ? ……どうした?」
ザガンが声をかけてくれる。心配してくれる。でもその表情は、視界が滲んでいてわからなかった。堰切ったように溢れる涙と、溢れる激情に駆られるままザガンを抱き締めれば、さらに嗚咽が漏れた。これは現実だと、君という存在が教えてくれるから。
自分の中から、どうしようもないほどの歓喜と、安堵が溢れてくる。今までの幾度となく狂いかけた絶望の時間が、全て過去のものになったんだ。またタイムリープするかもしれないという不安からも解放されて、それが本当に嬉しくて、胸が熱くなる。涙が止まらない。
「ちゃんと、お前の傍にいる。……リュカ、ずっとお前の傍に」
「うんっ、うん……ずっと、一緒。これからの未来を、君と……っ」
ザガンに優しく言葉を紡がれ、背中を撫でられると、さらに涙が零れてしまった。これからずっとずっと、君と一緒に未来に進んでいける。こんなに喜ばしく幸せなことはない。
「リュカ、小さなスピリットがたくさん飛んでいる。とても綺麗だぞ」
感嘆したような声と、閉じた視界からでもわかる輝きに少しだけ目を開けば、まばゆい光が視界を覆い尽くしてきた。黄金の絨毯みたいに魔清が広がっていて、小さな蝶がたくさん飛んでいる。
『我ではない、世界が喜んでおるのだ。それと感謝を伝えているのだろう。運命に抗い、未来を改変させるという偉業を成した、お主に』
「……そう、か」
小さく呟いたザガン。その心からは安堵が感じられる。でも未来を改変させたことがどれほどすごいかは、実感していなさそうだ。それは君がアカシックレコードに抗おうという意識を持ち始めたのが、つい半年前のことだからだろう。ゲームでは必ず死んでしまう、その死を回避する方法を、探り始めた頃から。
それで良い。俺の長い長い長い絶望なんて、これからもずっと知らないままで良い。
話を終えたのか、2神が俺達から離れていく気配がする。その途中から、声が聞こえてきた。
『それから我の眷属にもな。特異点として、よくぞ独りで耐え抜いてきた。長きに渡りお前の心が折れなかったから、運命が変わり、世界は滅亡を回避出来たのだ。世界はお前をずっと見てきた。苦しみ続けているのを認知し、心を痛ませ、それでも時を戻さなければならなかった。……世界は言葉を語らぬ。ゆえに世界に代わり、我が伝えよう。――ありがとう、リュカ』
俺だけに語りかけられている、神ソレイユの言葉。そのせいでまた涙が零れてしまう。
ザガンには決して言えない真実だけど、貴方は全てを知っている。大丈夫と言ってくれた女神も、神ソレイユから聞いたか、刃を交えている時に俺の記憶を見たのだろう。誰かにわかってもらえているということが、こんなにも安心感を与えてくれる。
こちらこそ、ありがとうございます。ザガンに言わないでくれて。
『うむ。我の眷属の意向を裏切ることは、絶対にせんよ。それと先程のは、あくまでも世界の言葉。もちろん我も、正気に戻してくれたお前にとても感謝している。素晴らしい魔清、素晴らしい愛をありがとう。……で、プロポーズする予定なのだろう? そろそろ泣き止んで、格好良く決めるべきではないか?』
それが理由で、俺達から離れたのか。さすがは太陽の神ソレイユ、愛にとても肯定的だし、人間を見守ってきただけあって世話焼きらしい。
どうにか顔を上げると、ザガンに顔を覗かれた。泣き腫らした目を見られるのは恥ずかしかったけれど、ずっと背中を撫でて慰めてくれていた君に感謝を込めて、頬にキスを贈る。するとポーションを出してくれたので、ありがたく頂戴して飲めば、満足そうにコクコク頷いてきた。ふふ、可愛いなぁ。
再び抱き締めて頭に頬を寄せると、ザガンは身体を預けてくれる。いろいろ終わったことが嬉しいみたいで、懐にぐりぐり顔を押し付けてくるのが、ホント可愛い。
「リュカ、リュカ……リュカ」
「お疲れ様ザガン。それと、ありがとう。君がいてくれたから、俺は……」
どれだけ不安や恐怖に駆られても、挫けそうになっても、前に進めたんだ。ありがとうザガン、俺を救ってくれて。俺の愛に応えてくれて。たくさんの愛を返してくれて、すごく幸せだったよ。
そしてこれからは、もっともっと2人で幸せになろう。その約束の証を、君に贈るね。
言葉が途中で途切れたことで不思議そうに顔を上げてきた、その唇にちゅっとキスをする。素直に受け入れてくれるザガンが可愛くて、つい喉を鳴らしてしまう。
「ねぇザガン。君に、受け取ってほしいものがあるんだ」
抱き締めていた腕を解いて、マジックバッグから小箱を出した。この中に鎮座しているものは、タイムリープを乗り越えられたら渡そうと思い、購入しておいたもの。
無事この瞬間が来てくれた喜びを噛み締めつつ、それを齎してくれた愛しいザガンに想いを伝える為、片膝を付いて小箱を開く。
「ザガン、俺と結婚してください」
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