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85話
しおりを挟む見送りを終えて屋敷に戻ると、リュカが周囲に声をかけた。
「じゃあみんな、夕食にしようか」
はい! と返事してきた使用人達は、すぐにダイニングへ移動。そんな彼らの背中を見ながら、俺達ものんびり歩く。
うちのダイニングは、全員で食事が出来るようにレストラン仕様だ。テーブル席はもちろんカウンター席もあるし、カウンター奥にはキッチンがあるので、食事を運ぶのも楽だろう。
基本的には好きなところに座れるが、俺とリュカだけは、窓際に設置されている壇上のテーブル席と決まっている。それとベネット達も、いつも俺達から1番近い席に座っている。
使用人達が夕食を運んでいる様子を横目に、ソファに腰掛けた。ベネット以外の10人は、紫系の髪色だ。クラージュの元にいた、闇属性達である。
闇組織を束ねていたクラージュの処罰については、ほんの5分で決定された。星の欠片を集めた褒美として、俺が求めたから。以下、その時の会話である。
「俺の要求は、闇組織への処遇についてだ。彼らは何度も殺人を犯してきたし、王都も襲撃した。よって罪を償わなければならない。だがもしも彼らを処刑するなら、今まで闇属性を殺してきた者達も、1人残らず処刑したうえで、王家はリュカ以外全員自害しろ。神ソレイユを裏切った責任および、闇属性への差別を生んだ責任を取れ。これは望みではない、当然の要求である」
「…………1人残らずというのは、さすがに不可能ではないか?」
王として、王都を襲撃した犯罪者集団を処罰しないわけにはいかない。だが同時に、自分達の命も失われる。神ソレイユの御前だ、千年前のことなど自分達には関係無い、とは言えない。彼がソレイユ王である限り。
だからか、苦渋の表情で言葉を搾り出した王。しかし厳しい状況に立たされた彼に対して、追い討ちをかける者がいた。女神リュヌである。
『私なら可能。私はあらゆる命の、あらゆる負の感情を察知する。この空間にも、君達の会話に対して緊張し恐怖を抱いた者達が12人いる。12人、闇属性を殺している。今すぐ処刑しても構わない』
やはり、いるよな。体裁を気にしなければならない貴族に、高い戦闘能力を持っている騎士や魔導師。そんな人間達が集まっているこの場において、1人も闇属性を殺していないなど、あり得ない。そしていくら悪として差別されていた闇属性相手であっても、殺したら殺人犯である。
この場には何百人もいるというのに、シーンと静まり返っていた。まったく反論が来ないのは、神ソレイユが威圧しているからか。
「リーダーであるクラージュは、闇属性達にとっての希望だった。国に見捨てられ、迫害されてきた彼らにおいての、王だった。よってクラージュを処刑するなら、ソレイユ王も同様に処刑されなければならない。闇組織を全員処刑するのなら、闇属性を迫害してきた者達も全員処刑しなければならない。同等の処罰が、神によって下される。どうするか、よく考えることだ」
これだけ脅せば、クラージュ達も処刑まではされないだろう。それに間違ったことは述べていない。罪を犯しているのは、どちらも同じ。
とりあえず現状で答えが出せるとは思えないので、話は終わりである。そう思って1歩下がった直後、リュカが俺を庇うように前に出た。
「父上、俺から提案があります」
「……申してみよ」
「クラージュには、生涯幽閉の刑を科しましょう。ただし刑務所ではなく、他の施設。たとえば研究所や図書館などに。そうすれば父上は、王城から出ないだけで済みます」
「なるほど。王になってからというものの、城からまったく出ていないことを考えれば、生涯幽閉はさほど支障が無い」
「はい。それと闇組織の者達は、それぞれ監視下に置いたうえでの、放免を提案します。そして国民に、千年前の王家の裏切りから現在に至るまでを、きちんと纏めて公表しましょう。どうして闇組織に重刑を科さないのかも。彼らを迫害してきた国民も、罪を背負っているのだと……差別はいけないことなのだと、伝えなければならない」
闇属性への差別を無くしたい、そんな俺の願いを汲んでくれた提案に、とても嬉しくなる。しかも神ソレイユが、すぐに賛同してきた。
『我は賛成である。我は千年前、暴走して数多の命を奪ってしまった。それにリュヌを邪神にしたのは、我のせいでもある。ようやく正気に戻り、リュヌ達のおかげで怒りも収まったというのに、また我のせいで多くの命が消えるのは、とても悲しい』
という神の言葉により、リュカの案はすんなり採用された。それからというもの、会議や書類製作や現地調査などで、リュカは多忙な日々を送っている。
ちなみにクラージュの幽閉場所は、大図書館になった。しかも神立として、新たに建設されたものである。
千年前、女神リュヌに関する書物はすべて禁忌とされ、焼き払われた。だがオロバスのように、保管していた魔物達もいた。彼らの持っていたかつての書物は数千万冊におよんだ為、会議の結果、神立大図書館を建設することになったのだ。何があろうと神立大図書館内の書物を破棄することを禁ずる、そう規定したうえで。
神立大図書館の建設場所は、第12ゲート寄りの田園地帯。4ヶ月前、ベネットにカレーを所望したドラゴンが住んでいた付近である。農地以外はほとんど何も無いので大規模な建物をすぐ建てられるのと、実はその地区を治めている子爵家がドラゴン達で、他貴族に角が立たなかったからだ。
神立大図書館は魔物達により、城のような美しい建物でありながら、約2ヶ月間で建設された。さすがは何千、何万年と生きている者達、圧倒的な建築技術と統率力である。噴水のある広い庭園も造られ、完成当時3月下旬だったこともあり、たくさんの花が咲き乱れていた。それに図書館以外の施設も充実。王城の敷地面積に比べたら狭いものの、幽閉されてもそこまで不自由ではないはずだ。
ついでに、大図書館の近くに、うちの屋敷があったりする。多忙なリュカの代わりに、俺がいろいろ決めた……わけではなく、2神の独断だ。
正直なところ、俺は1週間経っても、王城暮らしに慣れなかった。リュカのおかげでメイド達が部屋に入ってくることはなかったものの、夜でもドア前に警備が立っていて、どうしても人の気配がするのだ。そのせいであまり眠れず、室内でありながらテントを張るはめに。リュカから、忙しくて新居探しに行けないことを、何度も謝られた。
女神リュヌから屋敷を建てておいたと言われたのは、大図書館建設が決定した約2週間後、1月下旬頃である。王子に相応しく、それでいて俺達が生活しやすいようにしたと。だからキッチンはレストラン仕様だし、俺達の寝室は、リビング他からだいぶ離れた場所である。
また職人達が大図書館よりも優先して建ててくれたのは、2神からの頼みであり、2神を復活させてくれた礼らしい。なのでありがたく引越しさせてもらった。
すると次に出てきた問題が、使用人についてである。王子に相応しい屋敷はだいぶデカく、ベネットだけでは手が回らない。しかし俺が闇属性であり、まだまだ差別は強い。なので闇組織から希望を募った。リュカが提案した、彼らを監視下に置いたうえで放免するという点からも、うちの使用人にするのは都合が良かったから。
というわけで男女合わせて10人、執事やメイド、料理人、庭師としてそれぞれ働いている。差別のせいで死が身近にあった彼らは、ごく普通に働ける環境がすごく嬉しいようで、仕事に対してとても意欲的だ。
食事の準備については、俺達のところはベネットがするが、他はとにかく足りない場所へ置いていく。俺とリュカ、ベネットのところに4人分。それから使用人達10人に、まだ来ていない5人分。
準備が終わりそうな頃、ダイニングに入ってきた者達がいた。離れに住んでいるシンディと、庭師として働いている残念眼鏡、もといエロワである。
シンディはこちらに来ると、いつものように優しく微笑んだ。
「リュカ君、ザガン君、お疲れ様。お帰りなさい」
「ただいまシンディ。エロワも」
「……お帰りなさいませ、リュカ様、ザガン様」
「ただいまシンディ、エロワ」
エロワは相変わらず嫌そうだが、当初は俺達を見ると舌打ちしていたので、だいぶ軟化している。どうやらシンディから信頼されている男が気に入らないのと、駄目な態度を取ればシンディに叱ってもらえるから、らしい。特殊性癖持ちだが、仕事はきちんとしてくれているので問題無い。
闇組織の処遇が、監視付きの放免に決定した時、シンディはとても喜んだ。そして俺とリュカに、何度も感謝してきた。
彼女はずっと不安を抱えていた。邪神を復活させることで、エロワが命を落とすかもしれない。無事に生きていたけれど、罪人である彼らは処刑されるかもしれない。命は助かっても、長く牢獄に入れられる可能性もある。
そんな不安が、全て消えたのだ。あれからシンディは毎日幸せそうで、友として俺も嬉しい。
「カミラちゃんは、まだ来てないのね?」
「先程、ようやく診療所から出たと連絡が来ました。間に合わないかもしれないから、先に食べていてくれと」
「そうだったの。あと5分くらいかしら。リュカ君、どうする?」
「先に食べようか。準備は終わってるし」
リュカの言う通り、準備は終わっていて、全員が席に付いていた。まだ来ていない者達のところには、フードカバーを置いて保温もされている。というわけで、先に食べることに。
「みんな、良い食事を」
「いただきます」
今日の夕食は、ビーフシチューをかけたオムライスに、オニオンスープ、野菜サラダである。ん、美味い。シチューの味が染み込んだ肉はとても柔らかくて蕩けるようだし、オムライスの半熟卵と一緒に食べると、味が合わさってさらに美味い。
もぐもぐ噛みながら、向かいに座っているリュカへと視線を移す。いつも通り、俺が食べている様子を幸せそうに微笑みながら見てくるリュカ。
「ザガン、美味しい?」
「ん、美味い」
「ふふ、良かった」
そんな応答をしてからようやく食べ始めるのも、いつも通りだ。
食事をしているうちに、カミラが入ってきた。最近エリクサーを完成させ、無事大人に戻れたカミラ。前に本人が言っていたように、美魔女である。
それから弟子が5人。彼ら5人も闇属性であり、カミラから錬金術および様々な知識を学んでいる。そんなカミラ達の仕事場は、うちの敷地内に建っている診療所だ。
「すまぬ、遅れた。終業間際に、患者が来たものでな」
「お疲れ様、カミラちゃん」
「お疲れ様です、カミラさん。カバー取りますね」
「感謝する。おお、今日も美味そうだのう」
ベネットの隣に座ったカミラは、さっそくスープに口を付けると、ほっと吐息を零した。
メイドとして俺達の世話をしてくれるベネット、離れで旅行記を書いているシンディ。そして診療所で錬金術の研究をしながら、薬の販売および診察を行なっているカミラ。
屋敷の完成は1月下旬だったが、彼女達がここに住むようになったのは、2月上旬からだ。それまではミランダ含めた4人で、第2、第3都市方面へ向かっていた。元々生活していた場所から、王都に引越しする為に。
カミラは元々、子供姿になっていたせいで客足が遠退いていた為、常連客に挨拶して荷物を纏めただけで終わったそうだ。シンディは休業していた仕事をそのまま退職し、やはり荷物を纏めて住居を解約したら終わり。
問題はベネットだが、父親との再会はちゃんと果たせたと聞いた。借金を背負っていたので第2都市から逃亡、下手すれば亡くなっている可能性もあったが、無事出会えたし五体満足だったと。
ただし再会してすぐに、今までどこに行っていたのかと怒鳴られたらしい。お前のせいでどんどん借金が膨れ上がるばかりだと。そんな親としてクソすぎる言動に対し、ミランダがブチ切れて胸倉を掴み、シンディやカミラが怒涛の説教をしまくった結果、絶縁まで持ち込んだそうだ。
あらかじめ魔導通信機を渡していたので、その夜には報告を受けたが、ベネットはスッキリしたと言っていた。母親の墓参りは出来たので、未練は無くなったと。そのあとすぐに泣いてしまい、友人達に慰められているのも聞こえてきたけれど。
そうして2月上旬、4人は王都に帰ってきた。前もって要望を聞いていたので、カミラの診療所やシンディの離れも建ててもらっており、引越しは滞りなく完了。
そのあと孤児院を訪れて、魔物達に監視されていた闇属性達と面会し、エロワはすぐ来ることになった。本人はシンディから片時も離れたくないと言っていたが、執筆の邪魔にしかならないので却下である。
『せっかく殺されることなく普通に働けるようになったのに、仕事をしないの? エロワ君が働かないなら、子供は産めないわねぇ。育児にはお金が掛かるから……』
『ごめんなさい、働きます』
というわけで、こちらで雇うことに。庭師なら休憩時間にすぐシンディに会えると呟いてみれば、速攻で庭師になると言われた。わかりやすい奴である。
他の使用人は、リュカが主人であること、ベネットの監視下にあることを提示したうえで、希望者を募った。ドラゴンに連れていかれた時に仲良くなったという女性含め、貴族社会に触れる職場でありながら10人も希望してくれたのは、本当にありがたい。
カミラの弟子については、最初は取る予定がなかった。だが錬金術に興味を持っていた者達が、志願してきたのだ。特に第12ダンジョン内でカミラと話していた男は、土下座までしてきた。その熱意に折れて、弟子を取ることに。
そして現在うちにいないミランダはというと、以前言っていたように、冒険者を続けている。しかもソフィーと、スピリット1人を連れて。彼女達は、闇属性への差別を減らす手伝いをしてくれている。スピリットも同行しているのは、ソフィーに向けられる悪意を、少しでも和らげる為。
闇属性である女神リュヌが、ずっと王国を守っていたと国中に伝えても、根付いてしまっている差別はすぐには消えない。俺は1月から女神とあちこち訪問しているが、やはり1人では限界がある。
なので闇組織の戦闘員だった者達にも、ソフィー同様に活動してくれるように頼んだ。約100人の闇属性達が、それぞれスピリットやモンスターと共に旅をする。Sランク以上の魔物が守ってくれるので、攻撃されても相手が逮捕されるだけだと説明すれば、闇属性の未来の為ならと了承してくれた。
影から悪意を向けられるのは贖罪として我慢してもらうしかないが、彼らとしては、普通に街を歩けるようになっただけでも嬉しいらしい。『どうして自分達だけ、コソコソ隠れて生きていかなければならないのか』。以前そう訴えてきた、彼らの言葉を思い出す。
ちなみに非戦闘員だった400人以上は、クラージュと共に、大図書館に住んでいる。魔力が少ないせいで抗うことも出来ず、ただ虐げられてきただけの者達。脅えて生きてきた彼らにとって、常に魔物達に守られている大図書館は、心安らかに毎日を過ごせる場所だ。何千万冊の書物を管理するという仕事もあり、きちんと国から給料が貰える。外出したい時は、大図書館で働いている魔物達が同行してくれる。
仕事をして、給料を貰う。街を歩いて、買い物をしたり遊んだりする。当然のことが、彼らは今まで出来無かった。それに恋をしても、子供はもうけられなかったはず。たとえ闇属性同士であろうと、産まれてくる赤子が、闇属性とは限らないから。
ようやくソレイユ王国の民として、普通に生活出来るようになったのだ。今まで苦しんできたぶん、どうか、たくさん幸せになってほしい。
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