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連載
84話 それから
しおりを挟むそれから、少しだけ大変だった。ノエルがボロボロ泣き始めるし、ベネットも号泣してしまい、友人達が騒ぎながら慰め始めたから。彼女達のおかげで、俺自身の涙は数滴零れただけで止まったけれども。
父上も泣いていたからか、俺から離れると、ノエルにティッシュを渡していた。そうして2人して鼻を噛む様子は、親子らしくよく似ていて、つい笑みが零れてしまう。そんな俺の隣に立ち、手を握ってくるリュカ。
しばらくして落ち着くと、父上は改めて、俺達に向き直ってきた。するとリュカが姿勢を正したので、俺も背筋を伸ばす。
「ライル先生。俺はザガンを……先生の息子さんを、心から愛しています。なので、彼との結婚を認めてください。お願いします」
「お願いします」
父上が驚いていたのは、王子でありながら深々と頭を下げたからか、それとも以前のリュカとは違っていたからか。俺もすぐに頭を下げたので、それ以上は見えなかったものの、戸惑っているのは感じられる。
「……頭を上げなさい」
数十秒後、神妙な声色で話しかけられた。その言葉に従い、リュカと合わせて顔を上げる。
「お前達は、幸せか?」
「「はい」」
答えたのは完全に同時だった。それだけで胸があたたかくなるくらいに、俺はリュカを愛している。
想いがたくさん溢れて伝わったからか、繋いでいる手をキュッと強く握られた。反射的にリュカを見れば、柔らかな双眸で見つめられる。きっと手から、リュカを愛しているという正の感情が伝わったのだろう。
父上がコホンと咳払いをしてきたので視線を戻せば、彼はしっかりと俺達を見てから、ゆっくりと頷いた。
「それなら、幸せになりなさい。2人で」
「……ありがとうございます。先生」
「ありがとうございます」
明らかに安堵が滲んでいるリュカの謝礼に続いて、俺も礼をする。少々緊張していたが、きっとリュカほどではないだろう。顔を上げたリュカは、わかりやすく息を吐いたくらいだ。
父への挨拶が終わると、すぐにノエルが間に入ってきて、とにかく眠ろうという話になった。起きてから、リュカの誕生日パーティーをしようとも。そんなわけで、シンディに訓練所の地面を綺麗にしてもらってから、リュカの出してくれたガレージにそれぞれテントを置いて、すぐに就寝した。王城敷地内ということは、気にしてはいけない。
夕方。テントを片付けたら大きなテーブルを用意し、豪華な料理をたくさん並べて、リュカの誕生日パーティーをした。参加者は俺達8人に加えて、神ソレイユと女神リュヌ、それから父上とオロバスである。
食事をしながら友人達が1人ずつプレゼントを贈っていき、俺はリュカが中身を確認していくのを隣で見つつ、一緒に楽しんだ。
ノエルからのプレゼントは、俺のデフォルメぬいぐるみで、ミランダからはペア食器。お兄さんとの写真を飾ってねと渡された写真立ては、ハート装飾がたくさん施されていて見るからに恋人用だったし、風呂で使えとだけ言われたボトルのラベルを確認したら、セックス用の全身ローションだった。
ベネットからのプレゼントは弁当で、ザガンさんが大好きなお肉ですよと言われたが、リュカも肉が好きだぞ? そう告げたところ、リュカにふふっと笑われたが。最後はシンディからの書籍で、冒険小説だった。これなら2人とも読めるわよねと言われたし、格好良い表紙だったので、今から楽しみである。
神ソレイユと女神リュヌも、千年振りの人間の食事を、とても美味そうに食べていた。
ちなみに2神が復活したことを含めて、しばらくここに誰も近寄らないようにと、オロバス含めた魔物達が、王城内に伝えたそうだ。よって王城内でありながらプライベート空間になっていたので、父上からは変わらずシエルと呼ばれたし、俺も父上と呼んでいた。
もちろんもうザガンなので、人前ではシエルと呼ばないように伝えたけれども。彼は少々寂しそうにしたものの、民間人から貴族社会に参入しただけあり、すぐに了承してくれた。
俺はもう、ブレイディ家の人間ではない。だからこの先、彼を父と呼べる瞬間は、ほとんど来ないだろう。
そう、考えていたのだが。2神が復活してから4ヶ月が経過した現在、仕事を終えて屋敷に帰ると、ブレイディ伯爵がリビングのソファに座っていた。
「父上、いらしていたのですね。もうすぐリュカも帰ってくる時間ですが、夕飯は食べていきますか?」
「……おかえり、シエル。夕食はオロバスが用意していると言っていたから、頂かないでおく」
あまりにも疲労困憊な状態でグッタリしていたので、俺のぶんの紅茶を運んできたベネットに目配せすると、ニコリと微笑まれた。
「ライル様には、はちみつを入れた紅茶をお出ししました。それとバナナケーキを。はちみつやバナナは、疲労回復に良いとされていますから」
さすがはベネット、うちの優秀なメイド長である。
父上の前に置かれている食器の内容を確認し終えたので、彼の向かいにあるソファに腰掛けた。
「愚痴なら、お聞きしますよ」
「ありがとうシエル。……本当にもう、あの団長共はどうにかならないのか! こちとら人間なんだが? 魔物な団長達と違って、休まなければ疲労で死ぬのだが!? 俺はもうすぐ50だぞ!?」
やはり、師団での仕事が堪えているらしい。
2神が復活したことで、ソレイユ王国は大きく変化し始めた。いや、元に戻ろうとしているだけなのかもしれない。
とにかくその1つとして、王国に潜んでいた魔物達が、正体を隠さなくなったのだ。そして父が言っているように、王都近衛騎士団団長と王都魔導師団団長は、どちらも魔物であった。近衛団長がワルキューレで、魔導師団長がウンディーネというスピリットである。
それを知ったのは、2神が復活してから1週間後。星の欠片を集めた俺達に褒美を与えるからと、謁見の間に呼ばれた時のことだ。
俺は1週間リュカの自室で寝泊りしていたが、友人達も客間に泊まっていたので、城内で彼女達と合流してから謁見の間に入った。どういう構造かはわからないが、高い天井からキラキラ光が注いできていて、ここが神殿を支える場所なのだと強く認識させられる。
だがその美しい空間を歪ませるように、まだ破壊されていないリュミエールが禍々しさを放っていた。玉座の後方にある、大きくて豪奢な台座の上。そこに浮かんでいるせいか、玉座よりも台座の上ばかりに視線が行ってしまう。
ちなみに玉座にはすでに王と王妃が座っていて、王家の者達も玉座の後ろに並んでいた。リュカもそこにいたのだが、案内の者に促されて玉座に近付いていく途中で、こちらにやってきた。そして俺の手を取ると、友人達にも声をかけて、一緒に王の前まで移動する。
カーペットを挟んだ両脇には、たくさんの人達が集まっていた。父上を含めた魔導師団のローブを着ている魔導師達、近衛騎士団の甲冑を身に付けている騎士達。その後方にいるのは貴族達だろう。前方にはシャルマン公爵やモデスト侯爵など、大都市の領主達もいる。この1週間で、王都までやってきたのか。
4大公爵家のさらに前には、それぞれ左右に3人ずつ立っていた。重々しい格好からして大臣達だと思うが、戦闘職でもないのに、とてつもない強さが滲んでいる。
王座の前まで来たら、リュカに倣うまま右手を握り、心臓のところに持っていった。これが、国王を前にした時の姿勢らしい。近くから改めてソレイユ王を見れば、何故かとても緊張している。
不思議に思ったものの、数秒後には頭上から圧倒的な力が迫ってきたので、理解した。
神ソレイユと女神リュヌ。2神が、神殿から下りてきている。どんどん迫ってきて、現れる――瞬間、神ソレイユが台座に浮かんでいるリュミエールに、雷光を落とした。バキィン!! と派手に砕けて、霧散するリュミエール。この神、やはりノリが良いな。
格好良く登場した神ソレイユが台座に着地すると、続いて下りてきた女神リュヌも、彼の傍に着地した。
2神の出現により、肌を刺すような緊張感に包まれる。圧倒的な強者を前にして、ほとんどの者が畏怖を覚えて動けないでいる。神前なので、片膝を付かなければならないはずだが……。
そのように場が固まっている中、さらに驚くことが起こった。なんと大臣達が突然跳んだかと思えば、それぞれ姿を変えたのである。ドラゴン、ベヒモス、ヒュドラ、フェンリル、ユニコーン、ドライアド。彼らは体躯が大きいからか、それとも千年前から定位置なのか、2神の座っている台座の横にそれぞれ着地した。
大臣って全員魔物だったのか。しかも見たことがある者達ばかりだ。全員、2神の記憶に映っていた。
なるほど、どうりで人間達が数百年間闇属性を差別しようと、法律が変わらなかったわけである。きっと彼らは、2神が消えたあとも、王国の基盤を支え続けていたのだろう。いつか2神が復活した時に、彼らの愛した国のままであるようにと。
もちろんそんなことを知らない現代の国民達は、驚きと恐怖に包まれていた。悲鳴まで聞こえてくる。神が復活したことは事前に告げられていても、大臣達が魔物だったことまでは、聞かされていなかったらしい。さすがに王家の者達は知っていたようで、相変わらず緊張はしていても、狼狽えている様子はない。
ただしこれで終わりではなく、さらには両脇から出てきた2人が、前方へと歩を進めながら変化していった。これが近衛騎士団と魔導師団の、団長である。強くなければならない団長が、どうして老いた女性達なのか疑問だったが、正体が何千年、あるいは何万年も生きている魔物ならば、納得である。
彼女達はそれぞれ王と王妃の横に立つと、ウンディーネがこちらに向かって言葉を放ってきた。
「皆のもの、鎮まれ。神の御前である!」
威圧までされ、一瞬にしてシーンと鎮まる謁見の間。すると彼女達は国王夫妻に立つよう促し、彼らが立ったら玉座を横に退かした。国王夫妻が、2神に向かい片膝、あるいは両膝を付いて頭を垂れる。続いて王家の者達が。それを見ていた俺達も、ようやく膝を付いた。
……という経緯で、団長2人も魔物だったことが判明した。それからというものの、力を隠さなくなった彼女達の指揮の元、団員達は多忙な日々を送っているらしい。
まぁ原因は、それだけではないけれど。というより、父上はお疲れなあまり命令してくる上司の愚痴を零しているだけで、実際の原因は別にある。それは、突然の変化に付いていけず混乱している、国民達の畏れや不安によるもの。なにせ魔物達が正体を隠さなくなったということは、街中を魔物が歩いているということなのだから。
とりわけ2神が住んでいる王都の変化は早く、神復活が1月2日の新聞に掲載されると、2神は国民に姿を見せる為に、王都上空を駆けた。すると飛行可能な魔物達が次々と現れ、共に飛行し始めるではないか。飛行出来無い魔物達も、少しでも混ざろうとして変化を解いて、2神を追っていく。この時、俺とリュカは女神の背中に乗っていたのだが、まるで百鬼夜行のような光景だった。
あれから4ヶ月経ち、今や街中を歩けば前方から魔物が歩いてくるし、頭上も頻繁に魔物が通っていく。そのせいでやれドラゴン達が攻めてきた、地面からいきなりレイスが出現した、夜歩いていたらデュラハンに襲われたと、突然の変化に付いていけていない者達が衛兵に助けを求めるのだ。
モンスターであれスピリットであれ、数倍デカい魔物相手に、人間が恐怖を抱いてしまうのは仕方無い。ただ実際のところ、ドラゴン達は仲間内で飛行しているだけだし、レイスは影を伝って移動しているだけだし、デュラハンは暗がりから突然ヌッと出てくるように見えるだけ。
今まで人間に紛れて普通に生活していた彼らが、人化を解いたからといって人間を襲うはずがない。もし襲うのなら人化したままの方がバレないので、正体を現している者達の方が平和的とさえ言える。
それでも衛兵から報告が上がってくるたび、何があったか調査しなければならないのが、国師団である。王都にいくつも師団があろうと、父上がたとえ2トップである王都魔導師団の副団長であろうと、全員が駆り出されている状況では、休息などほとんど無い。
ただ魔物達がそのままの姿で街を歩くようになったことで、実際の犯罪は激減していると、リュカから聞いている。どこに魔物がいるかわからない恐怖が、抑止力になっていると。なにより神ソレイユが復活して、毎日のように空を駆けている。その圧倒的な強さと、太陽のごとく神々しい姿を見せられて、頭を垂れない人間などいない。
「今しばらくは大変だと思われますが、あと数ヶ月もすれば、国民達も慣れるでしょう。すでに輸送ギルドのように、彼らを積極的に起用しているところもあります。元より人化していた魔物達のほとんどは、大臣や団長のように、重役に就いていました。なので上司が魔物ならば、人間達は慣れるしかない」
「そういえばシャルマンのところも、秘書が魔物だったと言っていたな。バレないよう、3人で数十年ごとにローテーションしていたらしい」
「4大公爵家ですからね。王家を決して裏切らない、そういう誓約を神ソレイユと交わしている。しかし魔物と違い、交わした本人がずっと生きているわけではありません。なので子孫達が裏切らないよう、傍で見守ってきたのでしょう」
「下手すれば、国が滅びるかもしれないからか。……そもそもの疑問なんだが。どうして彼らは、人化するようになったんだろうな? ソレイユ王国は元々魔物と共存していて、しかも千年前の大戦では、人間を守ってくれたのに」
確かに。大戦によって2神が姿を消したからといって、魔物達まで正体を隠す理由にはならない。
「オロバスに聞けば、答えてくれると思いますが。そうですね……時代が進むにつれ、人間達がモンスターを倒さなければならない存在と認識するようになったから、ではないでしょうか。神ソレイユは、封印されても人間を殺そうとしました。その怨念による魔瘴から生まれたモンスター達は、問答無用で人間を殺そうとしてくる。しかも倒さなければ、増えていくばかりです」
崇拝する神ソレイユが姿を消したことで、神を支えてきた魔物達に対しての敬意がだんだん薄れていき、やがて敵か味方かの判別も付かなくなった。するとモンスターというだけで、敵と認識するようになる。
「つまり人間という多数派による、魔物達への差別が起こったのか」
俺が闇属性として差別されてきたからか、父上は差別に対して敏感だ。優しい父に感謝の気持ちが溢れるが、魔物達については、きっと心配無用だろう。
「彼らは差別される前に、人化して紛れたと思いますよ。オロバスを考えてみてください」
「……ああ。面倒だからとさっさと人化して、淡々と生活している様子がよく見える。間違いない」
「あくまでも予想ですけどね。結局は、オロバスに聞くのが確実です」
「アイツに聞くと、楽しそうに冷笑しながらいちいち嫌味を言ってくるから、嫌なんだ」
眉間を押さえる父に、つい笑みが零れてしまう。相変わらず仲が良い。悪友という言葉がしっくりくる関係だ。
まぁ正直なところ、聞いたとしても、深刻な答えは返ってこないと思っている。
王国に潜んでいた魔物達は、何千、何万年を生きている強者ばかり。そんな彼らが、たかが百年しか生きられない人間からの差別を、いちいち気に留めるか? 2神が姿を消したことも、不穏になっていくことも、人化していた理由ではあるだろう。しかし最たるは、魔物だとバレないように生活するのも面白そうだから、という理由な気がしてならない。
何故なら、この4ヶ月でいろんな魔物と話したが、誰もが面白さや楽しさを求めていたから。街中で人間を驚かせる者達も、それを楽しんでいる節がある。それにオロバスが父上と友人になったのも、興味がそそられたからなわけだし。
呻いている父上を見ながら紅茶を飲んでいると、開いているドアをノックされた。紫髪のメイドである。
「ザガン様。リュカ様が、お帰りになられました」
「ありがとう。すぐ出迎えに行く」
「では俺は、そろそろお暇しよう。どうせオロバスが迎えに来ているんだろう?」
「はい。オロバス様は、10分前にご到着されました。それと、ノエル様とニナさんも、ご同行されております」
彼女はまだ敬語を使うのに慣れていないようで、言葉遣いが少々たどたどしい。けれど客人に失礼が無いように、頑張ってくれている。
父上と共に玄関へ向かえば、使用人達がリュカを出迎えていた。それにエントランスのソファで、ノエル達への対応もしてくれている。俺はとにかく、リュカのところへ。俺に気付いていたリュカが腕を広げてくるので、そのまま懐に入れば、ぎゅっと抱き締められる。
「ただいまザガン。会いたかったよ」
「ん、おかえりリュカ。今日もお疲れ」
「ふふ、ザガンもお疲れ様」
いつものように、ちゅっと額にキスしてくる。だが今夜は父上が後ろにいるので、すぐに腕を緩められた。
「ライル先生も、お疲れ様です。報告届いていますよ。今日も大活躍だったそうですね。英雄である貴方の言葉に、みんな納得してくれたと」
「もう25年以上前のことですし、俺の仕事は説教することではないんですがね。魔物にしろ人間にしろ、民間人なので殴るわけにもいかず、イライラしてきて精神的に爆発しそうです。しかも1日に何件も。はぁ、しばらく屋敷に篭っていたい……」
「貴方が屋敷にいても、レティシア様の邪魔になるだけなので駄目です。それともまさか、貴方に領地経営の手伝いが出来るとでも? 脳筋なライルには無理ですよねぇ?」
父上の後ろに控えたオロバスが、楽しげにクツリと喉を鳴らす。すると父上は笑顔を浮かべ、握り締めた拳をわかりやすく震わせた。
「オロバス? 殿下の前でなければ、ブッ飛ばしているぞ」
「そんなだから脳筋なんですよ。反抗する前に、少しは勉強したらどうですか」
「ハッ、適材適所という言葉を知らないのか? 俺が勉強して5分持つはずないだろう」
「安心なさい。今度こそ逃げられないよう、椅子に縛り付けてさしあげますので」
やはり2人とも楽しそうだし、会話を聞いているリュカも楽しそうに微笑んでいる。王族の前で口喧嘩する者が、今までいなかったからだろう。
リュカが楽しそうなので止めずに傍観していると、ノエル達もこちらに来た。
「兄様! お久しぶりです兄様。お会いしたかったです」
「ああ、2週間ぶりだ。……変わりはないな?」
後ろに控えているニナにちらりと視線をやると、執事姿の彼女は、恭しく頭を下げる。
「はい。ノエルお嬢様は問題無く、健やかに毎日を過ごしていらっしゃいます」
態度も応答も、すっかり執事だ。師がオロバスなので厳しいのはもちろん、本人が努力している結果だろう。貴族社会に足を踏み入れたことで、リュカや俺には敬語でしか話さなくなった。けれどノエルとのプライベート時や、友人達相手には普通に話しているらしいので、息抜きも出来ているはず。
「兄様はどうですか? お休みはきちんと取られていますか?」
「まだまだリュカが多忙だから、俺も毎日出掛けている。だが夜はきちんと休んでいるし、明日から3日間はリュカが休暇を取ってきたから、2人で大森林に行く予定だ」
「? 大森林に行くことが、休暇になるのですか? 危険がいっぱいで、むしろ心が休まらない気がします」
「女神リュヌが、モンスターが近寄らないよう結界を張ってくれるそうだ。どうやら彼女お勧めの、綺麗な泉があるらしい」
「わぁ、それは素敵ですね! いっぱい楽しんできてくださいね!」
ぎゅっと抱き付いてきたので、頭を撫でる。すると満足したのか、すぐに離れた。
「父様、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
いつの間にか口喧嘩を止めていた父上が、貴族らしく姿勢を正す。
「リュカ殿下、ザガン殿、お邪魔しました。名残惜しいですが、そろそろ失礼いたします」
「少しでも先生に会えて良かったです。またいらしてください」
別れの挨拶を済ませて、開いたままの玄関から外に出た。近くの来客用馬繋場に待機しているのは、馬……ではなく、ペガサスだ。飛行可能のスピリット。2頭いるペガサスの片方にブレイディ伯爵が騎乗すると、もう片方には、ノエルとニナが乗った。そしてオロバスが翼を広げる。
伯爵はこちらに軽く会釈したあと、門に向かってペガサスを走らせた。すぐに地上から足が離れ、月の浮かんでいる夜空へ上がっていく。その後ろを追っていくオロバス。
「ではザガン殿、また!」
「ああ、またなノエル」
去り際にかけられた言葉に答え、夜空を駆けていく彼女達を見守る。さすがSランクのペガサス、あっという間に小さくなり、やがて見えなくなった。
魔物の騎乗について、今はまだ元英雄の父上や、2神復活の立役者であるノエルなど、ごく1部の人間にしか許されていない。だがいずれ世間に浸透するだろう。
かつてはペガサス列車という、空を駆ける列車もあったそうだ。運用されるようになれば、王都から大都市への移動が数時間で済むようになるので、とても魅力的である。
そんなペガサスを個人的に所持している父は、1ヶ月に2回ほどの頻度で、うちに来訪するようになった。いずれも今夜のように、仕事帰りに寄る程度だが。ここからブレイディ伯爵家も、馬車であれば1時間掛かるが、ペガサスであれば約10分である。
変化していく。とてつもないスピードで、しかし着実に、かつてのソレイユ王国へと。
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