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61話
しおりを挟む「ザガン、そろそろ機嫌直してくれた?」
あとは眠るだけの夜。風呂から上がってきたリュカが、ベッドに座っている俺に、手を伸ばしてくる。だが背を向けたまま、触手でペシッと叩いた。
「ザガン……2人きりなのに、ザガンを抱き締められないなんて、寂しいよ。泣いちゃいそう」
情けない声が聞こえてくるから、心が痛む。大人げなく拗ねているだけと理解しているので、余計に。
リュカが悪いわけではない。オロバスから戦えない理由は教えられたし、強いと褒められたのなら、むしろ喜ぶべきだ。
しかし内包されている魔力だけでは、本当の強さは計れない。剣の技量は戦ってみないとわからないし、戦術には相手の思考を読むことも重要だ。どう考えても7千年生きているオロバスの方が、戦闘能力は高いだろう。だからこそ戦いたかった。
だいたい魔力だけで計るなら、リュカだって膨大ではないか。こうしている間にも俺に触手を伸ばして魔力操作を欠かさないからか、出会った当初より見違えるほど強くなっている。……鍛練なのか無意識なのかは、置いておく。
それにオロバスは、疲れることは基本的に避けるタイプだったはずだ。神ソレイユの眷属であるリュカと戦おうものなら、泥仕合になるのは必至。それでも自分からリュカに決闘を申し込んだのは、父上の命令だからに違いない。……やはりリュカが羨ましい。
だがこれ以上はリュカを悲しませたくないので、そろそろ拗ねるのは止めておく。
「すまないリュカ。……その、抱き締めてくれると、嬉しい」
少々恥ずかしかったが、落ち込んでいるリュカに向かって両腕を広げてみせる。するとパァと笑顔になり、すぐさま抱き締めてきた。あたたかく優しい温もりに包まれて、心地良さに自然と笑みが零れる。
「良かった、良かったザガン。君に嫌われちゃったら、生きていけないよ」
大げさな言葉だが、リュカは本当に俺無しでは生きていけない気がする。なので謝罪も込めてぎゅっと抱き締め返すと、嬉しそうに頬を擦り寄せられた。
しばらくぎゅうぎゅう抱き合ったあと、リュカが落ち着いたので、体勢を変えた。リュカがベッドヘッドに置いたクッションに寄り掛かり、さらに俺がリュカに寄り掛かり、背中から抱き締められる現在。
下腹部を両手で覆われ、撫でられると、だんだんリュカの精液が欲しくなってくる。すっかり慣らされてしまったな。
遠い目をしていると、ちゅっと耳にキスされた。そのまま軽く食まれ、ゾクリとした感覚に肩が震える。だが官能的な刺激を与えてきながら、聞かれたことは先程の延長線で。
「どうしてザガンは、そんなにオロバスと戦いたいの? 強い人と手合わせしたい気持ちは、武人として理解出来るけど、たぶんそれだけじゃないよね」
もしや下腹部に触ることで、俺の感情を読み取ろうとしていたのか? 今日はずっとバイクを走らせていたから、リュカの魔力は無くなっているぞ。それとも、すっかり染み付いているのだろうか。
ともかく、強者と戦いたい以外の理由か。……そうだな。
「リュカにとっての父上が先生であるように、俺にとっての師が、オロバスだからだ。戦術は学んでいないが、言葉を教わり、文字を教わった。必要最低限の勉強は、全てオロバスから教わっている。それに日常生活においても、俺の面倒を見ていたのはオロバスだ。朝起こしにきて、毎日の食事を準備してくれた。成長する身体に合わせ、衣服を用意してくれた」
むしろ赤子の頃からオムツを換えられたり、あやされたりと世話になった。屋敷にいたメイド達よりも、オロバスから世話されていた方が多かった気がする。だが普通は赤子時代など覚えていないはずなので、黙っておく。
「そっか。ザガンにとって、母親のような人だったんだね」
「オロバスは男だぞ。まぁ確かに、とても母親らしいことをしてくれていたが。ただし、父上の命令でだ」
「ふふ。ザガンは昔から、自分に向けられる愛情に気付きにくかったのかな?」
苦笑されたものだから、首を傾げてしまう。
リュカから告白された当初、恋心についてよくわかっていなかったレベルなので、愛情に対して鈍感なのは否定しない。だが。
「俺は闇属性、差別の対象だ」
「うん。でもオロバスは悪魔だし、しかも千年前の出来事や、闇属性が差別されるようになった過程まで、全部知っていたでしょ。それに女神リュヌの側近だし、先生に並々ならぬ感情を抱いてるみたいだし。だから彼なりに、ザガンにたくさん愛情を注いで、育てていたんじゃないかな」
そう、なのだろうか。闇属性だからという先入観のせいで、オロバスからの愛情に気付かなかったと? ……いや、他の要因がある気がする。
とにかく本人から聞いたわけではないので、真実はわからない。それでもリュカが言うなら、きっと正しいのだろう。リュカは神ソレイユの眷属。俺が負の感情に敏感であるように、リュカは正の感情に、とても敏感だから。
「きっとオロバスは、ザガンとは本気で戦えないんだろうね。でも本気で挑まないと、ザガンが拗ねてしまうのも知っているんだ。さすがは育ての親だなぁ」
そんなことを言われると、今すぐ拗ねたくなるぞ。頬にキスされたって、誤魔化されないからな。それに。
「……戦うことで、伝わるものがあるだろう。剣を交わすことで、わかることがあるだろう」
屋敷から出て15年。差別から逃げる為に、ほとんど大森林で生活していた。孤独だったが、寂しさはそれほど感じなかった。
むしろ自由を手に入れられたことで魔法が使えるようになり、強くなることが生き甲斐になっていた。冒険者になった時は、柄にも無くワクワクした記憶がある。
かねてから気になっていた月も確認出来たし、女神テールと出会ったことで、神という存在がどれほどのものか知れた。
そうしてリュカに出会った。ノエルと再会した。緩やかだった時間が加速したかのように、毎日があっという間に過ぎていく。絶対的な死に怯えることもあったけれど、リュカが支えてくれた。友人達が助けてくれた。
リュカと共に歩みながら感じてきた、たくさんの想い。それらを言葉にして伝えるのは、きっと難しい。俺がリュカをどれほど愛しているか、どれほど大切かを、リュカ以外の者に伝えるのも難しい。
それでもオロバスには、この15年間を、少しでも知ってほしいと思うから。
「でもザガンは、オロバスから言葉や文字を習ったんだよね。勉強を教わったんだよね。だったらむしろ、言葉で伝えるべきじゃないかな? その方が、オロバスは嬉しいと思うけど」
「……、…………」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
反論出来無いまま無言でリュカの顔を見ると、ふふっと笑みを零された。
「彼のザガンに対する親心は、俺が受けるから安心して。屋敷から見送らなければならなかった悲しみも、強く成長したザガンへの喜びも、必ず全部受け止めるから。そして君を預けられるほどの男なのだと、証明してみせる」
ちゅっと眦にキスされ、唇にもキスされる。そのまま咥内に舌が入ってきて、ゆっくり絡められた。同時に下腹部を直に撫でられるから、胎内の奥がきゅうと疼いてしまう。
リュカが欲しくて堪らなくなり、もぞもぞ腰を動かす。すると唇を離したリュカが、欲望に満ちた碧眼で、俺を見つめてきた。
とても広い部屋にあるのは、ベッドと子供用デスク、それとたくさんのオモチャ。いろいろな積木に、模型、大きなドラゴンのぬいぐるみ。観葉植物もいくつか置かれていて、子供でも持てる小さなジョウロもある。
天井は鮮やかな空色。そして4つの魔導ライトは、雲の形をしていた。全て点けている現在、室内はとても明るい。
クローゼット横に置かれている大きな本棚は、半分以上空いている。しかし地下に幽閉されてから、まだ半年ほどだ。ようやく文字が読めるようになったので、これからどんどん埋まるだろう。
あとはソファやクッション、小さめの食事用テーブル。洗面所や風呂場、トイレはドアの向こうにある。快適に過ごせるが、1人部屋にしてはあまりにも広い。
デスクに向かって文字の練習をしていると、ドアがノックされた。そしてすぐに開かれる。
「ただいまシエル。今日も良い子にしていたようだな」
その声に思わず時計を見れば、まだ夕方の5時半だった。
父上は傍まで来ると、髪を剃らなくなった頭を撫でてくれた。黒髪でも気にせず撫でてくれる父に、胸がほわりとあたたかくなる。
「おかえりなさい、ちちうえ。今日は早いですね」
「ああ、仕事が早く終わったんだ。シエルは勉強中だったんだな。どれどれ……お、上手に書けているじゃないか」
「ありがとうございます。それと今日は、オロバスから歴史をおそわりました。ちちうえの話も。ちちうえが果敢に邪神に向かっていき、封印した話です」
「それは、どんな内容だったか気になるが……アイツなら不必要なことは話してないか。面白かったか?」
「はい。ちちうえ、とても格好良かったそうです。そうだ、ちちうえ。おれ、ちちうえの魔法が」
「駄目だ!!」
バシンッ、と。いきなり頬を叩かれた。しかも勢いがあったせいか椅子ごと倒れ、ガターン! と大きな音が鳴り響く。咄嗟に頭は上げたけれど、背中から落ち、そのまま床に身体が転がってしまう。
驚いて倒れたまま目を見開いていると、すぐさまドアが開かれた。
「ライル様、今ものすごい音が……シエル坊ちゃま!?」
オロバスの声だ。ドア前で待機していたらしい。
駆け寄ってきた彼は、すぐに俺を起こして、ポーションを口許に持ってきた。促されるまま飲めば、熱くなっていた患部から、痛みが引いていく。
「坊ちゃま、眩暈はしていませんか? どこか、おかしなところは」
「……だいじょう、ぶ」
頭は最初から打っていないし、視界もハッキリしている。ポーションを飲んだので当然だ。
だが何故だろう。ポロポロと、涙が零れていた。どうして俺は、泣いているのか。
叩かれた理由はわかっている。
邪神と魔法。邪神によってソレイユ王国が幾度も滅びかけた歴史。そして闇属性への差別。闇属性だとバレないよう、魔法を使ってはいけないと、何度も厳しく言われていた。
父上は必死に家族を守ろうとしている為、3歳という何をしでかすかわからない年齢の俺に対して、とてつもなく過敏になってしまっている。なのに邪神と戦った話題を出した挙句、魔法という言葉を告げてしまった。反射的に叩いてしまっても仕方無い。
そう納得しても、涙はポロポロ零れてしまう。視界がぼやけて、父上がどんな表情をしているのか見えない。憤慨していると思うので謝りたいのに、声が出なかった。
オロバスは溜め息をつくと、顔を上げた。
「それでライル様。魔法を使用されたようには感じませんでしたが、どうして坊ちゃまを叩いたのです?」
「そ、れは……シエルが、魔法と言ったから」
「ほう。つまり貴方はその言葉を聞いただけで叩き、幼児を吹っ飛ばしたわけですか。相変わらず救いようもない馬鹿ですね」
酷い言いようである。だが父上は、ウッと喉を詰まらせた。馬鹿と言われたのに、反論出来無いらしい。
「子供の頃から魔法を使いまくって周囲に迷惑掛けていた貴方とは違い、シエル坊ちゃまはお利口なのですよ。どれだけ説教されても、魔法を使わずにはいられなかったライルとは違うんです。わかっていますか?」
「し、しかし使ってからでは遅いんだ。まだ子供だからこそ、常に注意しておかないと」
「はぁ? 人の話を聞いていました? どれだけ魔力が多くても、シエル坊ちゃまはきちんと約束を守り、我慢出来る子だと言いましたが。クソガキだった貴方とは違って」
何故だろう、オロバスから冷気が放たれている気がしてならない。父上相手であろうと、とても厳しい執事である。
それにしても父上は、幼少期から魔法を使いまくって、手が付けられなかったのだな。だからこそ現在、魔導師として天才なのだろう。邪神を退けられるほどに。
「それで、どうするのです? 私は貴方に雇われている執事ですから、ご主人様の意志に従いますよ」
散々馬鹿にしておいて、それでも父上の意向を聞くのだから、さすがは仕事熱心なオロバスである。
とりあえず父上は、頭を冷やすべきだ。俺も涙は止まったけれど、目や頬が引き攣っているので、顔を洗いたい。だから支えてくれているオロバスの腕から、立ち上がろうとした。
だがその前に、ヒョイと。両脇から持ち上げられ、しかも驚いて目を見開いているうちに、ぎゅっと抱き締められる。
「すまない、すまないシエル。許してくれ」
掌で頭部を覆われ、優しく撫でられる。父上のあたたかな温もりに包まれて、不思議とまた視界が滲んだ。ぶわりと涙が溢れる。いくつもいくつも、頬を伝い落ちていく。
その濡れた頬に、父上の頬がくっ付いてきた。そのせいでさらに泣いてしまう。どうにか止めようとするけれど、ヒク、ヒクとしゃくりあげるばかり。そんな震える背中を、大好きな父が撫でてくれるから、余計に涙が零れた。
ゆっくり、瞬きする。現在どのような状況に置かれているのか。
少し戸惑ったものの、包まれている温もりに誘われるまま視線を動かせば、すぐ傍にリュカの寝顔があった。そうか、あれは夢か。
懐かしい、父上から叩かれた時の夢。20年以上前のことでありながらも、鮮明に覚えているのは、俺達親子にとっての転換期だったからだろう。
貴族社会は、思惑や陰謀が渦巻いている。他者を蹴落とそうとしてくる者達がいる、日常から腹の探り合いをしなければならないような世界。
そして父上は、ブレイディ家に婿入りした元民間人である。しかも当時はまだ30歳の若輩者。邪神を退けたという強さと信頼でどうにか渡り歩いていくしかなく、積み上げてきた功績に傷が付かないよう、細心の注意を払っていた。必死に家族を守ろうとしていた。
その結果、俺に対して気を張り詰めすぎていたのだ。過剰に反応して、咄嗟に叩いてしまうほどに。
そう、理由は当時から判明している。だから叩かれても、悲しくなかった。
なのに何故、当時あれほど涙が出たのか。今ならわかる。……奥にある俺の心が、泣いていたからだ。
子育てとは、本来とても大変なのだと思う。しかも3歳児相手に、地下から絶対出ないよう、そして魔法を使わないようにと、言い聞かせなければならない。
だが何かを禁止されるのは、子供からすれば苦痛のはずだ。だから俺は外に出たい、魔法を使いたいと何度も駄々を捏ねた。そうして何度も叩かれた。闇属性だとバレてからでは、遅いから。
俺が憧れるほど、父は魔導師としては偉大である。しかし親としては、新米だった。さらに母は育児放棄している状態で、メイド達にも頼れない。オロバスが支えてはいたが、それでも相当なストレスだっただろう。
結果的にゲーム……俺の時は虐待になってしまい、因果応報とばかりに屋敷は半壊、育児放棄していた母は重態となったうえに呪われた。貴族社会での立場にも、少なからず悪影響を及ぼしたかもしれない。
だが俺は、前世の記憶を持っていた。魔法には興味を持っていたものの、我慢していればいつか使えると知っていたし、魔法以外にも知りたいことがたくさんあった。世界のこと、ソレイユ王国のこと。あらゆる分野においての知識。
この世界が所詮データなのか、それともデータでは表現しきれないほど膨大な情報がある、現実なのか。そして現実ならば、前世とどれほどの差異があるかを確認したかったから。
一度も魔法を使おうとせず、地下から出ようともしない。そんな俺を、オロバスは傍で見ていた。だからあの時も、父を説教してくれたのだろう。
あのあと、父上はきちんと話を聞いてくれた。魔法を見たいと頼んだら、掌に小さな火を出してくれた。魔法ではなく魔力操作で出した程度のものだったが、とても感動したことを覚えている。興奮してすごいと伝えると、彼は嬉しそうに笑い、頭と額にキスをくれた。慈愛をくれた。
あの日を境に、父上は変わった。親として成長したのだろうか? 俺を信頼して、魔法の話をしても叩かれなくなった。魔導具や魔導回路の専門書が欲しいと強請ったら翌日には買ってきてくれたし、数年でマジックバッグが必要になるほど、様々な分野の書物を購入してくれた。
それと時々だが、中庭に連れていってもらえるようになったのも、大きな進歩である。
『シエル、ちょっと中庭まで出てみないか?』
『! いいのですか?』
『ああ、就寝前なら誰にも見られないで済むからな。ただ下手にレティシアを刺激したくないから、就寝前はたまにしか来られないが。……母さんに甘すぎる父親で、すまないな』
『ははうえは、繊細な方だとオロバスがおしえてくれました。でも、ちちうえをとても愛していると。2人が仲むつまじくて、おれは嬉しいです』
『……シエル! なんて良い子なんだ!』
『ええ、とても良い子です。戦闘しか取り得のない、脳筋な貴方とは違います』
感激して抱き締めてくる父上に、後ろに控えていたオロバスが嫌味を言う。聞こえているはずなのに、完全無視して俺を高い高いする父上。
そんな気の置けない関係だった2人を思い出して、ふっと笑ってしまう。
声が漏れたからか、俺を抱き締めて眠っていたリュカが、もぞもぞ動いた。
「んん……ザガン、おはよう。どうしたの? なんだか上機嫌だ」
寝ぼけながらも俺の頭にキスして、すりすり頬を寄せてくるリュカ。そんな彼が愛しくて、また笑みが零れる。
「おはようリュカ。夢に、父上とオロバスが出てきてな。2人の掛け合いはとても面白かったと、思い出していたんだ」
俺からもリュカの胸元に頬を寄せていくと、抱き締め直された。だがまだ眠いのか、動く気配は無い。そのまま、とく、とく、と聞こえてくるリュカの心音を聞きながら、再び夢について思考を巡らせる。
まだノエルが生まれていない頃、俺の世界は、父上とオロバスだけだった。会えるのはたった2人だけ。しかも父上と会えるのは仕事から帰ってきた1、2時間程度、稀に就寝前である。逆にオロバスとは朝昼晩の食事時、勉強時間、運動時間、就寝間際など、かなり一緒にいた。
それなのに昨夜リュカに言われるまで、オロバスは父上の命令で動いているのであり、愛は無いと思っていた。
俺が闇属性だから? 彼があまりにも、父に対して忠実だから? それらも理由かもしれない。
だが何よりも――奥底にある俺の記憶が、オロバスを疑っていたからだ。
オロバスは、父にとっての幼馴染であり親友であり、相棒である。父上が過ちを犯そうとすれば、毒舌を吐きながらも諌める存在。
だがかつてのオロバスは、父の虐待を止めなかった。
俺の傍にいて食事は与えてくれ、勉強も教えてくれた。生活するうえでの面倒は見てくれた。だから9歳までは、暴走せずに済んだのだと思う。
それでも、味方になることは無かった。我儘な子供に魔法を使用させない為には、厳しい教育が必要だと判断したからだろうか? どんな理由であれ、オロバスは父の味方だった。
しかし俺が会えるのは、父上とオロバスだけ。虐待から救ってくれるとすれば、オロバスしかいない。なのに彼はただ見ているだけで、決して救ってはくれなかった。
面倒を見てくれる優しさに期待しては、助けてくれないことに絶望し、心が疲弊していく日々。
不自由を強いられ、親から虐待され続けて、俺はどれほど苦しかったのだろう。どれほど悲しかったか。自問自答すると、胸が痛くなる。
「……ザガン? どうして悲しんでるの?」
魔力から伝わったようで、いつの間にか鬱々した思考に陥っていたのを、リュカに気付かれた。
顔を覗き込まれて、視線が合うと、苦しそうに表情を歪められる。泣いていないのに、眦にキスしてくる。ちゅ、ちゅ、と労わるように、優しく触れてくる唇。
やはり涙は出なかったが、少しずつ胸があたたかくなってくる。慰められて嬉しいと感じる。
何度か瞬きして改めてリュカを見つめると、ホッとした様子で、俺の頬を撫でてきた。
「もう大丈夫だね?」
「ん、すまないリュカ。過去の記憶に引きずられていた。慰めてくれて、感謝する」
礼を言えば、ぎゅっと抱き締められ、労わるように背中を撫でられた。
そんなリュカを抱き締め返して、懐に顔を埋める。リュカに包まれているだけで気持ちは上を向くし、幸せになれる。単純、だろうか。
俺からすりすり頭を擦り付けると、ふふっと嬉しそうに笑われる。
そのまま少しじゃれてから、再びリュカの顔を見つめた。
「リュカ、俺の頼みを、聞いてくれないか?」
「ん? なぁに?」
「可能ならば、オロバスに勝ってほしい」
相手は7千年を生きている悪魔だ、生半可な気持ちでは勝てない。だが勝利すれば結婚を認めてもらえると思っているのなら、俺への想いで勝ってほしい。
そしてどうか、俺を救ってくれないか。
父上にオロバスがいたように、俺にはリュカがいるのだと。……俺にも、どのような状況下であろうと裏切らない、絶対的な存在がいるのだと、示してほしい。
かつてのオロバスは希望を与えておきながら、決して助けてくれなかった。俺を裏切り続けた。だからそんなオロバスを倒し、心の奥底にある絶望の記憶に、救いの手を差し伸べてくれ。
じっと見つめると、リュカはパチパチ瞬きしたあと、微笑んだ。とても自信に満ちた笑み。
「もちろん、ザガンの為に勝つよ。当然じゃない」
「当然なのか。さすがはリュカだ」
「ふふ。さぁ起きよう。朝食をちゃんと食べて、頑張らないとね」
こくりと頷き、リュカに促されるまま身体を起こす。
どのような結果になるか、実際に戦ってみなければわからない。
だがリュカは、勝つとハッキリ言った。ならば俺は、それを信じるだけだ。
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