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おまけ ランジェリー 前
しおりを挟む11月3日。大都市へ向かっている道中で、街を見つけた。大都市よりは小さいが、それでも都市と呼べる規模の街。そろそろ夕方前ということもあり、友人達の希望で、今夜はそこに寄ることになった。
馬車はマジックバッグにしまい、馬2頭を連れて街の外門を潜る。
しかし面倒ごとを避けたくて王家の紋章が付いた馬車を片付けたにもかかわらず、リュカが第2王子と気付いた衛兵がいたせいで、危うく領主に報告されてしまうところだった。まぁニナが素早く回り込み、ミランダが脅し、リュカ自身が笑顔で黙っていてほしいと頼んだので、すぐに頷いてくれたが。
そのまま衛兵に案内してもらい、近くのホテルに向かう。
外門から15分ほど歩いて、到着。やはりホテルは、どこも宮殿みたいな外観だ。
馬2頭をボーイに預け、俺達はエントランスへ。
部屋については、ホテルオーナーによって案内された。リュカが王子だからか、白金貨2枚出したからかは判断付かないが、何も言わずともVIP室である。主人用の広い寝室を、護衛用の寝室やリビングで囲っている間取り。もちろんリビングはとても広いし、風呂も広い。
ともかく本日泊まる場所は、無事決まった。夕食もホテル側が用意してくれるので、1時間半くらいは余裕がある。ということで自由時間になった。
そう決定した瞬間、ベネットが声を張り上げる。
「ざ、ザガンさん! ぼぼぼ、僕と一緒に、お買い物に行ってください!」
「良いだろう」
突然の誘いだったものの、手が震えるほど必死だったので、すぐさま承諾した。前回ミランダに誘われた時と同様、リュカ達は困惑していたが、スルーさせてもらう。
まぁ、わからないでもない。自己主張をほとんどしないベネットが、声を荒げてまで誘ってきたのだ。しかも目的が買い物でありながら、まったく役立ちそうにない俺を指名するのだから、何事かと思うだろう。俺は思った。
夕飯まであまり時間が無いので、2人ですぐさまホテルを出る。
「それで、どこへ行くんだ?」
「ほ、ホテルまでの道の途中で、見つけたお店です。その……ぼ、僕みたいな人間には、とても有名な下着屋さんで。専用雑誌で特集組まれるくらいなんですよ。でも、第9都市でも第10都市でも、お店が見つからなかったんです。大都市はとても広いから」
「そうか。ならば、この機会を逃すわけにはいかないな」
「はい! ただ、だからこそノエルさん達を誘うわけにはいかず……い、いきなり、ごめんなさい」
普段からメイド服を着ている男の娘ベネットだ、下着も俺のような普通のものではないのだろう。男用の女性っぽい下着……ええと、なんて言うかは知らん。
とりあえず、あくまでも男性用下着なので、女性を同行させるのは不自然である。それに店側や他の客達に、悪印象を与えてしまうかもしれない。かといって、王子であるリュカを誘うのは論外だ。そもそもアイツは、俺が誘わない限りは動かない。よって消去法で俺か。
下着選びの相談をされても役立てる気がしないが、道中の護衛は可能なので、彼女のあとを付いていく。
店には5分ほどで到着した。確かに先程通った道のりである。外からは店内が確認出来無いので、どんな店か知らなければ、ほぼ素通りされるだろう。
ドアを押せば、カランカランと呼び鈴が鳴る。2重ドアだったので、それも押して入店。
「いらっしゃいませぇー」
聞こえてきた声は、語尾がやけに上がっていて、しかも野太かった。近くにいた店員の声だったらしく、俺達の傍までやってくる。
ガタイは良いが、服装にはどことなく女性らしさがあるし、化粧もしている。なるほどオネェか。男の娘とはまた違った、女性的な部分を持っている者達。
「こ、こんばんは……」
「あらぁ、とっても可愛らしい子猫ちゃんね。こんばんは。貴方のような子にピッタリの商品、揃ってるわよぉ。ぜひ見ていって」
何故そこでウィンクをするのかわからないが、ベネットは嬉しそうに頷き、近くの商品から眺め始めた。
俺はドア前から少しずれて、店内をぐるりと見渡す。彼女にピッタリというだけあり、店内の下着はどれも女性モノのように見えた。たぶんほとんどは、股間部分が膨らんでいるのだろうけれど。
もうすぐ夕食時だからか、客は1人もいない。店員は、奥のスタッフルームにもう1人いる気配がする。
それにしてもこの店員、見ただけでベネットを男の娘と判断するとは、すごい観察眼だな。俺には、いまだに女性に見える。
「ところでそちらの方は、彼氏かしらん? とてつもなく強いようだけど。装備もすごいわねぇ」
俺が壁際から動かないからか、彼……彼女は俺を観察してきた。見定めてくる双眸をフードの下から見返すと、彼女は小さく息を飲む。しかし怯みはしない。なかなか強いな。ガタイがデカく、よく鍛えられているだけある。
「あ、あのっ……えっと。ザガンさんは、彼氏ではなくて……そ、そのぉ」
何故か言いよどむベネット。しかも不安げに俺を見てくるので、首を傾げつつも俺が答える。
「付き添いの友人だから、俺のことは気にしないでくれ」
「そっ……そうです! ぼぼぼ僕達、お友達なんです! ……う、うううぅ」
「あ、あらあらあら? どうしたの?」
店員がおろおろと、俺とベネットを交互に見てくる。まぁいきなり泣かれれば、驚くだろう。こういう場合、とにかく理由を聞くに限る。
「どうしたベネット。何故いきなり泣く」
「だ、だって。ザガンさんはすごく強くて、格好良いから……僕が一方的に、お、お友達と思っているだけかもって……ふえぇぇ」
つまり嬉しくて泣いているのか。どんな感情を抱いても泣くのだな。しかも店員も、うんうん頷きながら涙目になっている。
「そうよね。相手がお友達と思ってくれているかどうかって、不安よねぇ。特に私達みたいな人間には、男友達ってなかなか出来無いもの」
いやどう考えても、アンタには男友達がいるだろう。拳で語り合うような友が。あと嘲笑う奴がいたとしても、鍛えられた拳でブッ飛ばせば終わりである。相手が怪我したら、ポーションを使って証拠隠滅すれば良い。
ベネットは女性にしか見えないせいか、邪な感情を抱いて近付いてくる男が多そうだし、実際そのせいで男性不信に陥っているはずだが。
そんなベネットもこの店員は平気らしく、軽く抱き締められても嫌がっていないどころか、逞しい胸に身を預けていた。背中を撫でてあやしている店員からも、性的なものは一切感じないので、見守っておく。
しばらくすると、ベネットは恥ずかしそうに顔を上げた。
「す、すみません……。胸を貸してくださり、ありがとうございます」
「いいのよぉ。むしろこんな可愛い子と触れ合えるなんて、とっても役得。ところで彼とは、お友達以上になる予定はあるの? もしあるなら、彼に選んでもらっても良いんじゃなぁい?」
ベネットに耳打ちするように問いかけているが、こちらまで思いっきり聞こえているぞ。このオネェ、隠すつもり無いだろう。しかもベネットは、満面の笑顔になった。なんだか嫌な予感がする。
「そのっ。ザガンさんには、すっごく格好良くて素敵な彼氏さんが、いるんですよ! お2人はいつも寄り添っていて、とても幸せそうで……僕はそんな、甘く柔らかな光景を近くで見ていられる今が、とても充実しています。僕もあんなふうに、いつか誰かと恋人になれたら良いなぁなんて、思ったりもして。とにかくザガンさんは、僕の憧れなんです!」
「ま、まぁまぁまぁ! そうだったの!? こんなに強くて格好良い殿方が、彼氏持ちだなんて! す・て・き♡ と、ところで貴方はエッチの時、どっち側が多いの? どれくらいの頻度!?」
店員は興奮した様子で、シナを作りながら俺に迫ってきた。思わずフードを掴み、身を引いてしまう。強烈な個性だな。
どうにかならないかとベネットに目配せしてみたが、ニコニコ見守っているだけ。駄目だ、逃げられそうにない。
「……完全に受け入れる側だ。あと、基本的には毎晩している」
「ああん、本当に素敵よぉ! それなら貴方も、うちの商品を買っていかないと!」
「いや。俺には、こういう下着は似合わない」
「似合う似合わないじゃないの。自分は好きだからとか、彼氏が喜びそうだからっていう理由で良いの。貴方がランジェリーを身に付けたら、彼氏はきっと興奮するわよ? それにマンネリ防止にもなるわ!」
そう言われると、なんだか買わないといけないような気がしてくる。これが商売上手というやつか。ところでこういう下着は、ランジェリーと言うのだな。
「……ベネット。俺がこういうのを着たら、アイツは喜ぶと思うか?」
「はい! リュカさんなら絶対に喜びます!」
ベネットにしては珍しく、自信満々な返事をしてきた。そうか、喜ぶのか……。
「というわけで、俺もメンズ用ランジェリーを買ってみた」
「え。…………えっ?」
食事や入浴を終えて、2人してバスローブ姿で、寝室のデカいベッドに腰掛けている現在。突然の言葉に、リュカは驚いた。訳がわからないという様子で、俺の掲げている紙袋を凝視してくる。
1時間半ほど前、買い物を終えてホテルに戻ったら、リュカはすっかり拗ねてしまっていた。だが説明しようにも女性陣には聞かれたくなかったので、夕食時はあえてスルー。
その後2人きりになれた入浴時に、目的地や同行者に適していたのが俺だけと説明した。店員がオネェで結構強そうだったとか、ベネットに泣かれてしまったことも。
納得してくれたリュカに背中から抱き締められ、けれど友人達がまだ入っていないので身体は繋げず、30分程度で風呂を出た。
そうしていつもより2時間ほど早いものの、寝室のベッドに腰掛ければ、俺達がやることはセックスである。
なので俺もランジェリーを購入した旨を伝えたが、やはり恥ずかしいな。あまりにも想定外だったからか、リュカは大きく目を見開いたまま、固まっているし。
とりあえず紙袋からランジェリーを出して、リュカに見えるように、ベッドに広げてみる。黒レースのブラ&ショーツ。大事な部分はまったく隠せていない、セックス前提の下着だ。
セックス時しか身に付けないからこそ、これくらい大胆であるべきと勧められた。あと紐で結んで調整するサイズフリーなので、わざわざ防具を脱いで測られずに済んだという理由もある。リュカに抱かれる身体を、リュカ以外に見せるつもりは無い。
それとセットのシースルーベビードールも購入したが、ブラかベビードールかは相手に選ばせなさいと言われたので、こちらも広げてみる。
「これらを着ればマンネリ防止になると言われたが、リュカは必要だと思うか? 飽きられるのは嫌だから、その、どうしても着てほしいと言うなら」
「俺がザガンに飽きるなんて天地が引っくり返ってもあり得ないけど!? でも着てほしいな!」
お、おう。ずいぶん必死だな。そうか、着てほしいのか。
「だが俺には、似合わ」
「すっごく似合うと思う!」
両手を取られてまで迫られるから、驚きながらもコクコク頷く。
期待の眼差しを向けてくるリュカに見守られながら、まずはバスローブを着たまま、ショーツを穿いてみた。
普段は全裸で身体を重ねているので、セックスする為にむしろ下着を付けるというのは、少々違和感を覚える。
それに睾丸はレースで覆われているものの、透けているせいでむしろ卑猥に見えそうだし、ペニスは穴から外に出す仕様になっている。射精しても汚れないと思えばセックスには適しているかもしれないが、だいぶ恥ずかしい。
会陰からアナルまでもパッカリ開いているし、尻もほとんど出ているし。何も身に付けていない方が恥ずかしくないというのは、初めてだ。
「下は穿いたが……上は、どちらが良いんだ?」
「悩みに悩んだけど、今回はブラでお願い。ベビードールは、次回の楽しみに取っておく」
なんと、今回だけではないらしい。俺はすでに、居た堪れないのに。しかしリュカが真剣な表情で俺にブラを差し出してくるので、仕方無く受け取る。ベビードールの方は、丁寧に畳まれて紙袋に戻された。
ブラはさすがに、バスローブを着たままでは付けられない。なのでベッドに乗り上がり、上半身だけ脱いだ。恥ずかしいので、リュカには背を向けて。
ええと、肩紐に両腕を通したら、背中でレース紐を結ぶだけか。しかし自分ではかなり難しい。あの店員曰く、相手に結ばせるっていう共同作業が良いのよぉ、だそうだ。
「リュカ、後ろで結んでくれ」
「えっ……あ、うん。任せて」
紐をヒラヒラさせつつ頼めば、リュカもベッドに乗り上げてきて、両紐を持ってくれた。
結んでくれている間に、胸元を見下ろしてみる。三角形になっている縁部分は、紐と同じように綺麗なレースなのに、肝心の乳首が出てしまっているブラ。男なので乳首を隠す必要は無いものの、やはり羞恥が湧いてくる。
「出来たよ。うん、リボン可愛い。じゃあ、俺に全身を見せてくれる?」
「…………ん」
少し迷ったものの、頷いた。恥ずかしいからと躊躇したところで結局見せるのであれば、すぐにでもリュカから感想を貰った方が、ちょっとした不安からも解消される。
「その。あまり似合っていないと、思うんだが」
膝立ちになり、バスローブを完全に脱いだ。まずは衝撃の少ないだろう後姿から。それだけでも充分恥ずかしかったが、チラリと背後を確認してみると、リュカはとてつもなく熱の籠った目で尻を見てきていた。……気に入ったのか? 何も言わないから、わからない。
背後だけでは意味無いので、膝を動かして、ゆっくり前を向く。かなり羞恥を感じたものの、胸を隠すのもペニスを隠すのもおかしい気がしたので、手は後ろで組んでおいた。
リュカは大きく目を見開いて、俺の身体を凝視してくる。しかしやはり、何も言わない。似合わないのであれば、似合わないとすぐに言ってほしい。
しばらくしても凝視するばかりで何も言ってこないので、心許無くなってきて膝を擦り合わせる。すると何故かリュカは両手で顔を覆い、天井を仰いだ。どうしたんだ。
「リュカ、大丈夫か? 目が潰れたか?」
「…………ザガンが尊すぎて、心臓が潰れそう」
「そ、うか」
その回答では似合っているかどうかわからないものの、とりあえず気に入ってくれたようなので安堵する。羞恥を堪えて、着た甲斐があった。
ホッと息をつき、膝立ちを止めてベッドに座る。すると悶えていたはずのリュカが突如キリッとした表情になり、俺を抱き上げてきた。何事かと思ったが、クッションに頭が乗るよう寝かされただけ。
全身がベッドに沈むと、覆い被さられた。顔を覗かれながら手を取られ、ちゅっと指先にキスされる。
「ザガン、すごく綺麗だよ。それにすごく可愛い。本当に似合ってる」
あまりにもキラキラした表情で言われるから、どうにも頬が熱くなる。恥ずかしい……のに、ちょっと嬉しい。くそ、これだからイケメンは。
直視出来無くて顔を背けたら、優しく頭を撫でられた。黒髪を何度も梳かれたあと、生え際にキスされると、ほわりと胸があたたかくなる。
迷いながらもおずおずリュカを見上げれば、蕩けるような甘い双眸とぶつかる。
「ホント、食べちゃいたいくらいに可愛い。ねぇザガン、食べても良い?」
また少し視線を泳がせたものの、コクリと頷く。その為に恥を忍んで着たのだから、きちんと触れてほしい。
俺が素直に頷いたからか、リュカはとても幸せそうに微笑んだ。
「ありがとうザガン。大切に味わうからね」
ちゅっと唇にキスされるのを、大人しく受け止めた。
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