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side神崎慧 : 狂気 前
しおりを挟む寝室のパソコンで調査報告を纏めていると、スマホが震えた。メッセージだ。内容を確認したのち、纏めている途中のデータを保存して、パソコンをシャットダウンする。
コートを着て自室から出たら、まずはリビングに顔を出した。弘樹さんは、手持ち無沙汰にストレッチしている。現在午後2時半、普段ならアイロン掛けしていたり買い物に出かけている時間だが、今日は午後から客が来るからと待ってもらっていたのだ。
「弘樹さん。あの人達が来たようなので、ちょっと対応してきますね」
「わかった。コーヒーの準備しとく」
報告し終えたので、玄関を出てガレージへ。ガレージドアを開ければ、合鍵を持っている客人はすでに車を入れており、しかし寒いからか車内で待っていた。俺が着いたことで、車から出てくる。
「よう慧、結婚おめでとさん。上手くやってるか?」
「ありがとうございます、大地さん。順風満帆ですよ」
「結婚おめでとうございます、慧さん」
「岬さんも、ありがとうございます」
客人は、清水組の若頭である大地と、若頭補佐の岬である。2人には結婚指輪を買ったことをすぐに知らせていた。なので時間を見つけて、結婚の祝いをしにきてくれたわけだ。
「とにかく寒いですから、家に入りましょう。弘樹さんがコーヒーを入れて待っていますよ」
「おぉそうか。はぁ、ちょっと緊張しちまうな」
「若頭を指名された時と、どっちが緊張しています?」
「そりゃお前……あー、……どっちだろうな?」
なんて会話をしつつ2人をつれてリビングに戻ると、弘樹さんはキッチン内にいた。コーヒーメーカーを作動させ、マグカップや菓子を準備してくれている。
「邪魔するぜ、弘樹」
「へっ? ええと、いらっしゃい」
大地さんは緊張を吹き飛ばそうとしたのか、勢いよく声をかけた。しかし強面のオジサンからいきなり呼び捨てされた弘樹さんは、戸惑ってしまっているようだ。そんな彼の横に立ち、腰に手を沿えると、岬さんが持っていた箱を差し出してくる。
「ご結婚おめでとうございます。これ、お2人への結婚祝いです」
「結婚……あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「おう。定番の贈りもんだが、ぜひ使ってくれ。ところで慧、先にちょっと吸わねぇか」
大地が煙草を吸う動作をしてきた。中は禁煙なので、煙草を吸うにはテラスに出なければならない。つまり俺と2人きりで、話がしたいと。
「良いですよ。弘樹さん、少しだけ岬さんと話していてください。岬さん、弘樹さんをお願いします」
「かしこまりました。弘樹さん、しばし私の話相手になっていただけますか?」
「えっ、は、はい。お願いします。あの、以前はお世話になりました。これ、届けてくれて」
弘樹さんが、首に下げているタグを掲げている。
弘樹さんの監禁生活最終日、あのアクセサリーを家にいた弘樹さんに届けたのは、岬さんだ。もし玄関先にいたのが大地さんだったら、弘樹さんは家から出られなかっただろう。それに大地さんは大雑把なので、チャイムの鳴らし方も雑になってしまう。なので物腰が柔らかい岬さんに頼んだ。
ちなみにあのアクセサリー、表の模様は清水組の代紋である。赤い宝石は、賓客の印。あれがある限り、裏世界から弘樹さんを守ってくれる。
弘樹さん達の声を聞きながら、リビングに置いてある煙草、灰皿、ライターを持ち、リビングの窓を開けてテラスに出た。大地さんが窓を閉めている間に、脇に寄せてあるバーテーブルを移動させて、灰皿を置く。大地さんが煙草を咥えたので火を付けてから、自分のも付けた。
煙を深く吸い込み、肺まで行き渡らせ、フゥと吐き出す。白い煙は、12月の冷たい空気に溶け込んでいく。
「はぁあー。……お前さんが、結婚かぁ」
「法的には無理ですけどね」
「そんなもん、どうでもいいわ」
生粋のヤクザらしい彼に、つい笑ってしまう。相変わらずサッパリした性格だ。
喉を鳴らしていると、大地さんは居心地悪そうにボリボリ頭を掻く。
「俺はマジで驚いてるんだ。慧に、囲いたい人間が出来たことがな。今までも弘樹のように、裏の連中にハメられた人間は助けていたが、執着なんてしなかっただろ? 恩を売り、情報を集めるための手駒にする程度だ。拘束してまで持ち帰るなんて、初めてだったじゃねぇか。……ただまぁ、わからなくはねぇよ。あんな光景を見せられたら、な」
「そうですね」
約3ヶ月前、弘樹さんと初対面したあの会場には、大地さんもいた。彼が入ってきた時、俺の隣に座っていたのだ。なので弘樹さんが銃口を突きつけられている様子も、よく見えていただろう。
初めてだった。殺されるという状況下において、命乞いをせず、逃げようともしなかったのは。それどころか歯を食い縛り、相手を射殺さんばかりに睨んでいた。そのような人間、ギャンブルするようになってからの13年間で、弘樹さんが初めてだったのだ。
「あんなの見せられたら、何がなんでも、俺のものにしたくなるじゃないですか」
「何がなんでも、で監禁しちまうのはどうかと思うが。ったく、お前さんは昔からイカれてるよ」
「ありがとうございます」
「褒めてね……いや、褒めてるわ。お前さんがイカれているからこそ、俺は若頭になれたんだし。そんなお前さんが、まさかの結婚かぁ」
信じられないとばかりに、煙と共に言葉を吐き出している大地。しかし彼自身、堅気の人間からすればイカれているヤクザである。
そんな彼との出会いは、13年前。初めてギャンブル……麻雀をした時のことだ。
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