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30.勝負する
しおりを挟む撫でられるのが嬉しくて、どうにも言葉に詰まっていると、手が離れていった。チラリと確認すると、神崎はじっと俺を見つめたまま。気恥ずかしくて視線を逸らしたら、小さく苦笑される。
「ねぇ弘樹さん。実は貴方を買ってから、今日でちょうど2ヶ月なんですよ。1ヶ月で1億。貴方はその金額に値するだけの生活を送ってきた。なので、もう自由です。どこへでも行けますよ」
「えっ」
突然別れみたいなことを言われて、ビックリした。しかし神崎は、愉しげに目を細めている。
あぁ良かった。そうだよな、これで別れのはずがない。尿道プラグを入れられた時、神崎自身が言っていたのだから。『これさえも受け入れるのであれば、貴方と相対することは、もう二度と無い』と。つまり受け入れなかったら、これからも戦えるという意味である。
神崎は再戦を望んでくれていた。俺とまた戦いたいと、ずっと思ってくれていた。天才ギャンブラーにギャンブルの腕を認められていたなんて、素直に嬉しい。
だから戦おう。そのために、俺はここまで来た。
「神崎。メモ紙と、ボールペンあるか?」
「俺は持っていませんが、確かチェストの上に……ああそういえば、寿司を放置したままでしたね。それに窓を開けたままでは風邪を引いてしまいますし、あちらに戻りましょうか」
彼が窓を閉めている間に、俺も立ち上がった。以前のように素早く動けないのは承知しているが、さすがにこの距離を抱き上げられたくはない。
神崎の言っていたようにテレビの置かれているチェストを確認すると、メモ帳とボールペンを発見した。それを持ち、座椅子に腰掛ける。神崎が皿に醤油を入れてくれている間に、1枚には○印を、もう1枚には✕印を描いた。
「出来た。神崎、俺と勝負しよう。○を引いたら勝ちで、✕だったら負け。俺が勝ったら、その……ま、まずは友達になってほしい」
神崎に向けて、2枚の紙を裏返しで提示する。薄っぺらい紙なので、○も✕も透けて見えているだろう。見えていないと意味がない勝負である。
「……なるほど。これ、負けた場合のリスクはありますか? それと俺が勝った場合の条件は、こちらから提示して構いませんよね?」
「おっ、おう」
この程度の勝負に条件を足されるなんて想定していなくて、反射的に頷いてしまった。
俺としては、あくまでも友達になってもらえるかどうかだったんだが。これまでの生活からして、神崎はきっと友達になってくれる。そこから徐々に関係を深めて、いつか恋人になれれば良いと考えていた。
だが神崎は、勝つつもりでいる、よな? 条件を付け足してきたということは、そういう意味だろう。そうか、俺達は対戦相手にはなれても、友達にはなれないのか。
紙を引かれる前から落ち込んで、彼の手が○を取ろうとするから、さらに落ち込んでしまう。そしてそのまま引かれてしまった。そうか……。
「では俺が勝ったので、弘樹さんはこれからずっと、俺の家に住んでください」
「…………え? ……えっ?」
「それと弘樹さんが負けたリスクは、そうですね。1つだけ言うことを聞いてもらいましょうか。というわけで、ハウスキーパーとしてうちで働いてもらいます。もちろん給料は出ますよ」
「きゅ、給料」
神崎からの同居提案に滅茶苦茶驚いて、でもすごく嬉しくて舞い上がりそうになったのに、給料という言葉にズシンと胸が重くなった。
まともに働いたら、あのクソ両親にせびられるかもしれない。いや、もう10年前のことだ。きっと絶縁したまま、再会することはない。そう思うのに、どうしても不安が拭いきれなかった。
もしかしたら探偵とかに頼んで、すでに居場所を特定されているかもしれない。仕事して稼ぐようになったら、連絡入れるみたいな契約を交わしているかもしれない。俺を所有物としか思っていなかった人達だ、それくらいしていても不思議ではない。学生時代は爺ちゃんがいたから、緩和されていただけである。
「働くのは、不安ですか?」
無言でいたら、神崎がそう聞いてきた。そのとおりなので頷く。
「大丈夫ですよ。俺が囲うんですから、貴方の足取りを追うことは出来ません」
「……もしかして、知ってるのか?」
「ええ、弘樹さんのことは調べましたから。両親共に仕事はしているものの、父親はギャンブル狂、母親はホスト通い。どちらも弘樹さんの育児はまともにしておらず、祖父母に預けられていた。しかし祖母は14歳の時に、祖父は18歳の時に他界。高校卒業後、両親に仕事して金を入れろと命令された為、ギャンブルで借金を作ることで、彼らから逃れました」
全部合っている。すごいが、どうやって調べたんだろう。やはり探偵に依頼したのだろうか?
「駄目な両親でしたね。特に父親。パチンコ依存症なのは好きにすれば良いですけど、息子の金を当てにしなければならないほど負けが込んでいるなら、大人しく辞めるべきです。ギャンブルに必要なのは、結局のところ才能なんですから」
そうだな。パチンコで儲ける方法というのはネットによく載っているが、機械相手でもいろんな技術が必要になる。人間同士で対戦した方が、まだ稼げるんじゃないだろうか。そういう募集も検索すれば出てくるし、実際、俺はそうやって稼いできた。まさか裏世界から目を付けられるとは、思っていなかったけど。
「とにかく、貴方を害そうとする人間に、貴方の足取りは絶対に捕らえられません。なので安心してください」
神崎がそこまでハッキリ言うなら、本当に大丈夫なのだろう。そうか、これからも一緒にいられるんだな。
嬉しさのあまり、顔が緩んでしまう。すると神崎も笑みを零し、机越しに腕を伸ばしてきた。気恥ずかしさを感じながらも頭を向けると、優しく撫でられる。
あぁ好きだ。神崎が、すげぇ好きだ。いつかこの想いを伝えられるように、これから頑張ろう。
内心意気込みながら、恥ずかしさを誤魔化すように寿司を食べた。高級大トロはすごく美味かったし、なにより神崎と一緒に食べるというのが、とても嬉しかった。
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