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26.久しぶりの外へ

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 手に持っておくと邪魔なので、アクセサリーは箱に戻して靴棚上に置いてから、とにかく中に戻る。

 急いで準備したかったが、すべてが元通りというわけにはいかない。神崎と出会ってからもう2ヶ月が経過しているのだ。特に精神がおかしくなっていた1ヶ月半の時期は、ストレッチや筋トレもしていないし、ほとんど歩いてすらいなかった。神崎がいなければ何も出来無かったのだ。

 それでも紙に書かれていたように、先程までいた神崎の部屋に、再び入室した。指定されていたのは、広い寝室にあるローテーブル。その上には、俺が2ヶ月前に着ていた服と、バッグが置かれていた。

 さっきもそこを見たはずなのに、自分の服が置かれているのに気付かないどころか、気にも止めていなかったなんて。それほどおかしくなっていた自分に、自嘲してしまう。
 下着、ジーパン、シャツ。中々動いてくれない手に四苦八苦しながらも、順々に着ていく。以前と違って緩くなっているのが、腰も足も細くなっていることを実感させられる。他にはパーカーと厚手のジャケットが追加されていて、11月でも外に出られるようにという気遣いがあった。

 久しぶりに服を着て、一気に人間らしくなった自分に、どうしてか涙が零れた。
 たぶん嬉しいのだ。まだ人であれた自分に気付けて。そうしてまだ、生きていたことが。

 涙を拭いて鼻を啜ってから、べチッと両頬を叩いた。今は泣いている場合ではない。すべきことを、まっとうしなければ。

 ジャケットとバッグは持ち、リビングに戻った。先程まで座っていたソファにそれらを放り投げてから、用意されていたカレーを皿に注ぐ。

 スプーンで食べるものを用意してくれたのも、久しぶりに箸を扱うのは大変だという、神崎の気遣いなのだろう。皿を手にするのも、しゃもじやお玉を持つのも久しぶり。椅子に座ってテーブルの上に皿を置いて、ちゃんと匙を持ち飯を食うという行動をしたのも、2ヶ月ぶりだ。

 カレーは滅茶苦茶美味かった。こんなに美味いもんを食ったのは初めてじゃないかというくらい、美味かった。今までも神崎の料理を食っていたけれど、このカレーは格別に感じる。

 胃袋がかなり小さくなって、すぐに満腹を感じてしまい食うのが大変だったけど、それでも一生懸命ガツガツ食った。やっぱりどうしても涙が流れたけど、もう拭いもせずに必死に食った。生きる為には、飯を食わなければならないのだ。

 冷蔵庫にあった200mlパックの牛乳でカルシウムを取ったあと、歯を磨いたり水洗トイレを使ったり、とにかく今までやっていなかった人間らしい行動を確認していく。
 風呂には入らなかった。湯冷めしてしまったら大変だ。

 準備を終えたら、バッグの中身を確認した。財布にスマホ。スマホは充電していないから使えない、と思いきや、充電が95%になっていた。明らかに神崎が充電してくれている。そのまま中を確認すると、いくつかメッセージが届いていた。ギャンブル仲間数人からだ。

 1ヶ月半前には集まってトランプしないかという誘いがあり、その数日後に返信がないことへの疑問。そして約1ヶ月前には、どんなふうに知ったかは不明だが、事件に巻き込まれたらしいって聞いたけど大丈夫かという心配メッセージが。
 メッセージを返そうかどうか迷って、そのままバッグにしまった。今はとにかく、神崎のところに行きたい。

 あとは財布の中身を確認した。約5000円。元々いくら入っていたかは覚えてないが、これなら電車に乗り、目的地に行けるだろう。スマホで現在地を確認して、まずは最寄駅を検索。この距離だと、歩いて40分くらいだろうか?

「……よし」

 財布やスマホをバッグに戻したら、厚手のジャケットを着て、スペアキーをポケットに入れた。そして部屋の電気をきちんと消してから、玄関に向かう。

 自動で明かりが点いた下で、靴棚に置いておいたアクセサリーを付けた。うん、格好良い。胸元のプレートをなぞったあと、先程見た紙を、もう一度確認する。

 紙に書かれていたのは、プレゼントを受け取ってほしいという言葉、そして俺の私物が置いてある場所と、よければ下記の住所まで来てくださいという願いだった。最寄駅から大まかな地図も描かれているが、しかし住所をよくよく見ると、清水組と書かれている。やはり前に言っていた、代打ちをしてほしいと頼んできていたヤクザのところだろう。

 ヤクザ。ちょっと……いや、すげぇ怖い。もしまた銃を突きつけられたら、正気でいられるかどうか。

 神崎は明後日には必ず帰ってくる。なのであと2日間、ここで待つという手はあるのだ。そうしても良いように、2日分の食事を準備してくれたんだろうし。でもそれだと、幻滅されてしまうかもしれない。それに俺自身が許せない。正気に戻ったのだ、自分から出ていかなければ。

 ふぅと息を吐いて、神崎の文字が書かれている紙を、ジャケットのポケットに入れた。これでいつでも確認出来る。

 さて、ここを出よう。ずっと外界から遮断されていたせいか、まだ恐怖は残っているけれど。だがもうひと押しというように用意されていたのは、靴だった。俺の靴だ。それが玄関に整えて、置かれているではないか。さっきは、これにも気付かなかったのか。

『おいで、弘樹さん』

 この2ヶ月間、ことあるごとに告げられてきた、優しい言葉。それが脳に響いてきて、妄想だとはわかっているけど、前に進む勇気を与えてくれた。
 玄関の段差に腰を下ろしてから靴を履いて、靴紐をきちんと縛り直したら、玄関の鍵を開ける。

 外は寒かった。もう11月なのだから当然か。
 スペアキーで玄関の鍵を掛けたら、使い終わったスペアキーを握り締めたあと、ポケットに戻した。そうして1歩。久しぶりの外へと、足を踏み出す。
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