魔眼

藤原 秋

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白夜に咲く凛花

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 月明りが滲む夜のしとね―――すべらかなシーツの上で互いの体温を感じながら、わたし達は唇を合わせていた。

「どこかまだ夢みたいだな。あなたが今、こうしてオレの腕の中にいることが……」

 蕩けそうな甘い光を閉じ込めたこげ茶色の双眸をわたしに向け、ドルクが感慨深そうに呟く。

「ずっと―――」

 瞳に甘やかな光を揺らし囁きながら、これが現実であることを確かめるようにわたしの頬を撫でる指先。

「ずっと、こうしたかった……」

 溢れる想いを吐露しながら、彼の下から潤んだ瞳で見つめ返すわたしに再び口づけ、緩やかなクセのある赤い髪に指を差し入れて絡めながら、煽情的なその唇でわたしの肌に再び火をつけていく。

「あ……」

 くすぶる肌を煽られて、わたしは小さく腰を揺らした。

 わたしに触れるドルクの手は、唇は、この上なく優しい。その触れ方で、大切にされているのが分かる。愛されていると感じる。

 改めて胸の頂を口に含まれると、自分のものとは思えない甘ったるい声が鼻から抜けて、夜の闇に溶けていった。

 ああ、ダメ……わたし、本当に胸が弱いんだ……。

 舌と歯を器用に使い分けて薄紅の突起をでられ、巧みに強弱をつけて吸われ、次々と引き出されていく官能に身体を熱くし喘ぎながら、その事実を思い知らされる。

 完全に、ドルクに開発されてしまった。

 しばらくわたしの胸の味わいを楽しむようにしていたドルクはやがて、濡れた音を立てて色づいた先端を攻める唇はそのままに、掌をそこから移動させると、胸の脇から腰のくびれたラインを慈しむようにたどり始めた。

 長い無骨な指先で柔らかく肌をたどられるとそれだけでもうぞくぞくとして、時間をかけて愛撫された胸は今にも蕩けてしまいそうで、それに反応した下腹部が行き場のない熱を持て余して、降り積もるそのもどかしさに火照った身体をくねらせる。こぼれる吐息が、苦しい。

 その時、腋から腰のラインを緩やかに往復していたドルクの手が不意に滑って、ショーツのサイドを結んでいたリボンの片側をするりとほどき去った。

 あっ……。

 反射的に脚を閉じようとしたけれど、間に彼の身体が入っているから閉じれない。その動きを咎めるように濡れた胸の頂に緩く歯を当てがわれ、ぴりっとする甘い痺れに喉が引き攣れるような声が漏れた。

「は、ぅっ……!」

 胸から離れたドルクの唇が身体の中心線を通って、ゆっくり下へと降りていく。彼の手が片側だけリボンの解かれたショーツを脇に寄せるようにしてはだけさせると、隠されていた秘所が夜の空気に晒されて心許こころもとなさを訴えた。

「―――直接、触りますよ……」

 かすれた低い声で知らしめるようにそう宣告されて、心臓が慄きにも似た鼓動を奏でる。

 形の良い長い指がわたしの秘所に忍んでくると、淫らな濡れた音が立ち、その音と、陰部に触れる彼の指の感触に胸が締めつけられる思いがした。頬を紅潮させ息を詰めるわたしの耳に、興奮を滲ませたドルクの声が密やかに流れ込んでくる。

「とろとろですね―――もう」

 そう表現されて全身が熱くなり、込み上げてくる恥ずかしさを処理しきれなくて、わたしは自分の顔を両手で覆い隠した。

「やだ……!」
「スゴく濡れてる―――分かります? 自分のここが、どうなってるか」

 割れ目に沿って指をゆっくり上下されると、卑猥な音と共に溢れるような快感がそこから広がって、わたしは大きく背をのけ反らせ、みるみる高まっていくその感覚に身体をわななかせた。

「あっ!? ああっ、待っ……ダメッ……!」

 ―――うそっ! うそ、うそ、こんなっ……!

 急激に変化する肉体の反応に心の中で惑い、あせる。これまで積もり積もっていた快感が一気に噴き出したかのようだった。行き場を求めて体内を彷徨っていたそれが出口を見つけ、うねりを帯びて、一斉にそこへとなだれ込んでいくかのような感覚―――動揺する心とは裏腹に身体は急激な高みへと追いやられて、自分ではもうどうすることも出来なかった。

「んんんんんッ……!」

 唇をきつく結び、ぎゅっとシーツを握りしめ、四肢を突っ張らせながらわたしはあっけなく最初の絶頂へと達してしまった。

「んっ……んんっ……はっ……」

 達し終え、くったりと身体を弛緩させるわたしの上に影を落としたドルクがひとつ笑みをこぼす。

「声を我慢することなかったのに」
「だっ、て……」

 あまりに唐突な自分の変化に対応出来ず、とっさにこらえようとしてしまった。

 あんな、少し触られただけで―――そのことも無性に恥ずかしくて、彼の顔を直視出来ない。

 赤い顔で沈黙するわたしの両の膝裏を不意にドルクがすくい上げた。

「あッ!?」

 両脚を大きく広げて全てを彼の前に晒す恥ずかしい姿勢を取らされ、羞恥に頬が爆ぜる。

「ま、待って……!」

 思わず脚の間を両手で隠しながら、わたしは懇願するようにドルクを見上げた。

 イッたばかりなんだ、それに、ここが経験したことがないくらいはしたないことになっているのが自分でも分かるから―――少しでいい、心の準備を整える時間がほしい。

「あの、あのっ……その―――下着、脱がさないの?」

 時間稼ぎに紡ぎ出した言葉は、少し不思議に思っていたことでもあった。

 ブラの中央を結んでいたリボンとショーツの片側のリボンをほどいてはだけさせただけで、ドルクはわたしの下着を完全には脱がしていなかった。どちらも肌に引っ掛かるだけになっていて、傍目に見たら多分全裸より卑猥な状態になっている。

「あなたがオレに見せる為に選んだ下着だと思ったら、何だか全部脱がせるのがもったいなくて。しどけなくて背徳的で―――スゴく色っぽいですよ」

 つ、つまり、わたしは今、スゴくエロい格好になっているってコトだな!?

「や……やだ! 下手したらハダカより恥ずかしいじゃん! 脱がせて!」

 真っ赤になってそう言うと、口元に笑みを湛えて聞き返された。

「えっ?」
「ぬ……脱がせてよ」

 恥ずかしさも手伝って口ごもり気味に伝えながら、何だか奇妙な空気の流れを感じたわたしは心の中で首を捻った。

 ……あれ? 何か。

「下着をですか?」
「……うん」
「……脱がせてほしいんですか?」
「うん……」
「仕方がないですね……」

 あれ……?

 何か、これじゃまるで、わたしがドルクにねだっているみたいじゃないか?

 ハダカにしてほしいって、自分から頼み込んでいるみたいじゃないか?

 思わぬ成り行きに戸惑うわたしを蠱惑的な瞳で見下ろし、ドルクがとどめを刺してくる。

「なら、もう一度きちんと言って下さい、フレイア。そうしたらあなたの望む通りにしますから」
「……!」

 そ―――そう来るか、ここで!?

 頬を染めて絶句するわたしのショーツの端をつんと引っ張り意地悪な要求をしてくる相手をにらみつけると、魔狼の表情で微笑まれた。

「オレはどちらでもいいんですよ」

 うっ、ううっ……! こっ、この意地悪男め……!

 わたしはぎりぎりと歯噛みした。ここでわたしが要求を飲まなければ、この男はその言葉通りこのままの状態で最後までやるだろう。それが確信できるからタチが悪い。

 わたしは低く唸ったけれど、その状況を頭の中で考えてみると浮かび上がる光景があまりに卑猥で、その想像にどうしても耐えられなかった。自分で脱ぐという選択肢もなくはなかったけど、それもこの場合はどうなんだろうという……く、くそ!

 わたしはかなりためらった後、断腸の思いで、この上なく頬を赤らめながら伏し目がちに言葉を絞り出した。

「下着、脱がせて―――お願い、だから……」

 あああ、もう、何を言わされているんだ、わたしっ!!!

 恥ずかしい、恥ずかしすぎるだろ、こんなの―――!

 ぎゅっと目をつぶるわたしの真上でドルクがごくりと喉を上下させ、自らを落ち着かせるように息を吸い込む気配が感じられた。

「分かりました―――」

 いつもは泰然とした彼の声が抑えきれない興奮にぶれているのが分かって、自分の言動がそうさせていることにわたし自身もまたたまらない感情を覚える。

 肌に引っ掛かっていたブラを肩から滑り落とすようにして腕から抜き、結ばれたままだったショーツの片側をほどいて完全に取り払い、身体に纏っていたものが全てなくなって、頼りなく膝をすり合わせるわたしの前で、ドルクは自らも下着を脱ぎ去り、わたし達は互いに生まれたままの姿となった。

 薄闇の中で初めて目にする彼自身に、息を止め、思わず見入ってしまう。ドルクはそんなわたしの手を取って自らの昂りに導くと、それをゆっくりと握らせた。

「あ……」

 熱くて、硬くて、雄々しいそれは、彼の清らかな容貌からは想像もつかないほど猛々しいものだった。

 男の人のって、こんなんだっけ―――? こ、こんなの、入るかな?

 経験豊富とは言えないわたしは、彼のそれを目の当たりにして内心で尻込みをしてしまう。

 これが果たして自分の中に入るのか、その大きさを確かめるように上から下へと指を這わせていると、ドルクは突然わたしの手を掴んでその動きを止め、荒々しくわたしの両脚を割り開くと、その中心に顔を埋めてきた。

「―――!? やっ……」

 止める間もなく濡れそぼるそこに口づけられ、敏感な神経の粒を唇で包まれて、ほとばしるような快感に支配される。

「はぁっ! あぁっ……!」

 荒々しい行動とは裏腹にそこに施される愛撫はあくまでも優しくソフトで、尖らせた舌先で丁寧に掃くように刺激されたり、かと思うと舌で柔らかく押し潰すようにされたり、愛しむように口づけられ軽く吸われたりして、そこから広がる快感で下半身が蕩けてしまいそうになる。

 一回達して敏感になっていることもあり、わたしはたちまち追い詰められた。

「ふっ、んっ、んんんっ……!」

 ダメ……! また、イク……!

 巧みな舌と唇にねぶられるそこが熱い。身体が弓なりに反って、わたしは再び絶頂へと押し上げられた。

「あぁ―――ッ……! ―――……はっ、あぁっ……」

 甲高い声を上げ、身体をひくつかせながら昇り詰めた余韻に喘ぐわたしの脚の間で、顔を上げたドルクがちろりと赤い舌を覗かせ唇の端をなめ上げる様子が視界に入った。その艶めかしさと彼の穢れなく整った容貌との背徳的な対極感に、ただでさえ落ち着かない心臓が妖しく騒ぎ立てる。

 たった今、わたしを絶頂へと追いやった舌。口で愛撫されることを恥ずかしいと感じる間もなかった―――。

 ドルクの纏う淫靡いんびな空気に当てられて達したばかりの腰をぞくぞくと疼かせていると、不意に体内に指を一本差し挿れられて、わたしはぎくんと身体を強張らせた。

「あっ……」

 ドルクが人差し指を挿れてきたのだ。中で緩く指を動かされる久々の感覚に、思わず息を詰める。

 わたしはこの挿入されるという行為があまり得意ではなかった。

 充分濡れているから痛くはないけれど、異物を挿れられているという感覚が拭えなくて、これを気持ちいいと感じたことがない。

 相手の男性には申し訳ないけれど、快感を得られるのは前戯までで挿入自体に気持ち良さを感じたことは一度もなかった。

 だからさっきドルク自身を目にした時も腰が引けてしまったのだ。

「……痛いですか?」

 身体を固くするわたしにドルクがそう尋ねてくる。

「ううん、大丈夫……」

 ゆるゆる息を吐き出しながら、わたしは彼にそう答えた。

 ゆっくりと中で指を動かされているうち、だんだんと慣れて違和感は少なくなってくるけれど、やっぱり気持ちがいいとは思えない。わたしにとっては好きなひとと繋がる為の儀式の始まりだった。

 一本目の指が充分馴染んだと判断したドルクが二本目の指を挿入してくる。

 ようやく慣れたと思った矢先に新たな異物―――最も長い中指を挿れられて、わたしは密かに息を押し殺した。

 久し振りに異性を受け入れようとするそこは、やっぱり狭くなっているんだろうか。

 痛むというほどではないけれど圧迫感のような辛さがあって、どうしても身体に力が入ってしまう。

 わたしの様子を見やりながらゆっくりと指を動かしていたドルクは、一度ぎりぎりまで指を引き抜いてから体内に深く差し挿れて根元まで埋めた。それから閉じ合わせた二本の指の腹で交互に円を描くようにして手首を返しながら、膣内をゆるりと撫でる。それを丁寧に繰り返した。

 息を潜めてその動きを窺っているうち、慣れもあって次第に圧迫感が薄らいでくると、何度も何度も優しく撫でられるようにしたことでほぐされて血行が良くなったのか、次第に中が熱を帯びてくるのが分かった。

 それはドルクにも感じられたんだろうか。内壁に指を押し当てる力が少しだけ強くなり、その動きがわたしの中を探るような気配を見せ始めた。閉じ合わせた二本の指を奥の方でゆっくりと開いたり閉じたりしながら、時折手首を返して内壁にまんべんなく指を這わせ、まるで優しくマッサージをするようにとんとんと震わせるような刺激をしてくる。

 気持ちいいような、そうでもないような、どこかぬるま湯にも似たそんな感覚に浸かっていたわたしは、ある一点にドルクの指が及んだ瞬間、今までと違う感覚を覚えて微かに息を飲んだ。

 あっ……?

 わたしの反応をドルクは見逃さなかった。

 指の先を軽く折り曲げ、そこを強めに押すようにして、素早く前後に動かしてくる。

 すると今までに感じたことのない深い疼きがそこに生まれて、わたしは小さく腰を震わせた。

 ―――な、に……!?

 そんなわたしの様子を確認しながらドルクが集中的にそこを攻めてくる。

 指の腹で掬うように、掻き出すように刺激しながら指を引き、内壁をなぞりながら入口ギリギリまで戻ってきて、また深く挿し入れ、その動きを繰り返す。

 ああっ……何、これ、何か―――。

 快感、と呼ぶにはまだ遠い。ただ、それを漠然と予感させるような疼きが生まれて徐々に広がりを見せているようだった。強張っていた内部が柔らかくほぐされてとろとろになり、その奥底で灼熱の泥流が蠢いているかのような―――不確かで、だけど深い何かを予感させるような感覚。

「スゴく溢れてきましたよ……ここ―――どんな感じですか……?」

 ドルクのその言葉を示すように、彼が指を動かす度、夜の気配に包まれた部屋をしとどに濡れた淫猥な音が響き渡る。

 わたしは自分の肌がしっとりと汗ばむのを覚えながら、戸惑いに震える口を開いた。

「―――っ……な、何か、変っ……」
「どんなふうに、変なんですか?」

 今体験しているこの感覚を、どう伝えたらいいのか、よく分からない。

「あ、熱くて―――何か、深いところが、じりじり……しているような―――」

 瞳を閉じてその感覚を追いながら呼吸を弾ませてそう返すと、ドルクは指の動きを変えてきた。

「―――こうすると? どんな感じですか?」

 第一関節を曲げた指の腹で熱い部分をぐりぐりと押され、細かく震えるように動かされて、疼きがより深いものになる。わたしは目を見開き、吐息を震わせた。

「あ、あぁっ……!?」

 ―――何、これ……!?

 広がっていく。全体に―――深いくさびに穿たれた、深淵に渦巻くほむらの先が。その熱に炙られて、身体の微熱が変化しようとしている。その、兆しを感じる。

「感じます……?」
「あ、は、やぁっ……」
「気持ちいいですか……?」
「はぁッ……」

 わたしは切なく身じろいだ。初めて体感する自分の身体の感覚をなぞらえるのに必死で、ドルクに答える余裕がない。すると入口ギリギリまで引かれたタイミングで指が三本に増やされて、わたしは背をのけ反らせた。

「ああッ!」

 ドルクが指の抽送を開始する。次第に早くなっていくそれに引きずられるようにして、肉体の熱も疼きも加速していく。

「あ! あ! あぁッ……!?」

 めくるめくように変化していく肉体の感覚―――見えない深さで燃え滾る熱い疼きにす術もなく飲み込まれようとしている自身に、わたしは漠然とした恐怖を感じた。

 このままいったら、どうなるんだろう―――?

 これまで知らなかった新しい扉が開かれようとしているその寸前に立ち、恐れと期待が入り混じった複雑な気持ちになる。怖いと思う反面、一方でそれを体感してみたいと思っている自分がいることもまた事実だった。

 相反する思いに囚われて混乱するわたしの中から、唐突にドルクが指を抜き去った。ホッとする反面、残念に思うような気持ちになっていると、濡れそぼったわたしのそこに昂る彼自身が当てがわれて、ドキンッ、と心臓が跳ね上がった。

「! ま、待って!」

 今それを挿れられたら、どうなってしまうか分からない。

 慌てて制止の声を上げたわたしに、熱い吐息を滾らせたドルクはどこか苦しげな眼差しを向けると、余裕のない声でひと言、告げた。

「待てない」
「ドッ―――」

 止める間もなく荒ぶるドルクの熱塊が押し入ってきて、指とは遥かに異なるその質量に、わたしはきつく彼の肩を掴み、悲鳴を上げた。

「ッ! ああッ―――!」

 けつくような感覚と共に、溢れる蜜を纏ったドルクの熱が隘路あいろを押し広げながら最奥を目指して突き進む。膣壁がこすれて鳥肌が立つような快感が生まれ、最奥を突かれると感じたことのない熱い衝撃が走った。蕩けるような熱を放つ内部が大きく収縮して、蠢く膣壁がきつくドルクに絡みついていく。

 挿入されただけで、自分が軽く達してしまったのだと分かった。

「―――っ! く……」

 精を搾り取ろうとするひだの動きにドルクがうめき、歯を食いしばる。どうにか射精感を堪えたらしい彼は、大きく肩で息をつきながら喘ぐわたしを見下ろした。

「ヤバいな……あなたの中は、気持ち良すぎる。危うくつられてしまうところだった……」

 汗の滲む凄艶な色気を湛えた顔で、覚めやらぬ衝撃に睫毛を震わせるわたしにそう囁く彼を息も絶え絶えに見上げたわたしは、自分の中で質量を増した彼の存在を感じながら、声を絞り出すようにして懇願した。

「待って―――ドルク、待って」
「……フレイア?」
「わたし―――こんな、こんなの、初めてで―――」

 かつてない体感で潤んだ瞳からひと雫、涙がこぼれ落ちる。

 初めて中で達した―――でも、これでまだ終わりではないのだと分かる。ドルクと繋がったままのそこがじんじんと熱く深く疼いていて、まだこの先があるのだと訴えていた。これで終わりではないのだと、もっともっと深い位置に終着点があるのだと、自分の身体が感じている。

 今でもこんな―――こんなに熱くて、ひくひくして、おかしくなりそうな感覚でいっぱいなのに、これ以上良くなったらどうなってしまうんだろう。

 わたしはそれを、受け止め切れるんだろうか。

「……怖いんだ。これ以上感じたら、どうなってしまうのか」

 涙ぐみながら未知の領域に覚える心許なさを吐露すると、ドルクはそんなわたしの頬をそっと指先で拭い、こう確認してきた。

「あなたの反応を見て、もしかしたらと思いましたけど―――中で、イッたこと、なかったんですか?」

 わたしは小さく頷いた。

 するとドルクがふと笑みを漏らす気配が伝わってきて、気恥ずかしさと心細さから思わず気色ばんでしまった。

「―――な、何!? 何で笑うんだ!」
「すみません。可笑おかしかったわけではなくて、あなたの『初めて』がオレに残っていたことが、ただ純粋に嬉しくて」
「え……?」

 思いも寄らぬ返答に濡れた瞳を瞬かせると、ドルクはそんなわたしに優しく微笑みかけた。

「オレはね、フレイア。あなたが初恋なんです。だから好きな女性ひとと何かをするということにおいては、全部あなたが初めてなんです。だからあなたにもオレとの『初めて』があったと分かって、すごく嬉しくて」

 それは、わたしが全く予想もしていなかった内容だった。

 ドルクがそんなことを思っていたなんて、知らなかった。

「今は正直、オレ自身いっぱいいっぱいで、あなたにこの先の『初めて』を体験させてあげられるかどうか分かりませんけど―――でも、まだ夜は始まったばかりですから。二人でゆっくり、『初めて』を体験していきましょう? 怖がらなくて大丈夫ですよ。ずっと、あなたの手を握っていますから―――」

 ドルクはそう言いながらわたしの指に指を絡め、やんわりとシーツの上に縫い留めた。

 誠実な彼の言葉とわたしを愛しむその瞳に鼓動が反応して、胸がきゅうっとしなる。

「―――っ、そんなに締めつけないで、フレイア」

 反応したのは胸だけでなかったらしく、ドルクが苦笑混じりに堪える素振りを見せた。

「……動きますよ」

 わたしが頷いたのを確認してから、彼はゆっくりと動き出した。

 濡れた音を立て次第に早まっていく律動に、互いの吐息が乱れていく。

「―――っ、はぁ、っ……!」

 あぁっ……気持ち、いい……!

 初めての体験に、わたしは瞳を閉じて睫毛を震わせた。

 ドルクの剛直が膣壁をこするたび、淫らな音と共に肌が粟立つようなたまらない快感が溢れていく。最奥を小突かれると瞼の裏に瞬きが散って、指で探り当てられたいい場所を攻められると泣きたくなるような衝撃が走った。

「はぁっ、ぁんっ、ぁっ、あぁっ……!」

 深淵から首をもたげた灼熱の焔に焼かれていく自身を感じながら、わたしは頬を紅潮させて喘いだ。

 蕩け、そう……! ドルクと繋がっているそこが気持ち良すぎて、どうにかなってしまいそうだ。

「……っ……ドルク―――ドルクッ……!」

 気持ち良すぎて身体が浮き上がっていくような、なのに終わりの見えない快楽の奔流が怖くなり彼の名前を呼ぶと、繋いでいる長い無骨な指が力強くわたしの指を握り返してくれた。その感触に大きな安心感を覚えて肌を合わせる相手の顔を見やると、こちらを見つめ返す大きなこげ茶色の双眸が熱い情動を孕んで揺れていた。

「……大丈夫ですよ、ここにいますから」

 吐息を弾ませ囁く彼の声音に、万感の愛しさが宿っている。

「オレに任せて」

 ―――ああ、大好き。あなたが、大好きだ。

 その想いが、胸に溢れる。

 知らなかった。好きなひととひとつになることが、こんなに、こんなに気持ちのいいものだったなんて……!

「ドルク……ランドルク、あぁっ……!」
「―――っ、フレイアッ……」

 真名を呼ぶとドルクの動きが激しさを増して、突き上げるような律動へと変わった。ベッドが音を立てて軋み、こすれる膣壁がもたらされる予感にひくひくとわななく。揺さぶられ穿たれるような衝撃にわたしは嬌声を上げながら彼にしがみつき、深淵に繋がれた焔の楔が解き放たれるその時を感じた。

 ―――……何か、来る……!

 奥底から這い上ってくる未知の感覚にざわざわと肌がざわめいた次の瞬間、体感したことのない深くて熱い衝撃がドルクと繋がっているそこから迸り、わたしは背筋を強張らせ、目を見開いた。

「ああッ―――」

 視界がチカチカと白く瞬く。頭の奥が熱く甘く痺れて、極限まで呼び覚まされた感覚器官が快楽に染め上げられ、腰から下が蕩けてなくなってしまったかのような錯覚を覚えた。

「ああああああぁッ! あ―――ッ……!」

 絶叫しながら大きくのけ反り、身体を痙攣させながら、わたしは初めて女の絶頂へと達した。

「くっ……、はっ……!」

 きつく収縮し奥へと誘い込む襞の動きに絡め取られたドルクが色を帯びた吐息と共に果てるのを遠のく意識の片隅で感じながら、甘く気怠いもやに囚われたわたしは白む世界へとさらわれていった。
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