DESTINY!!

藤原 秋

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幕間Ⅰ~嵐の予感~

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 アストレアを後にしたあたし達は一路、次なる目的地であるドヴァーフを目指して北上していた。

 アストレアを未曾有みぞうの危機から救った功績として、あたし達はフォード王から謝礼金とそれぞれ防具を送られ、装備一新!

 ルザンやフールウールとの戦いでもうみんなボロボロだったから、とても助かったし、嬉しかった。

 あたしは淡いピンク色の短衣チュニックと、裾に上品なレースの施された黒いレギンス、それに白い上質な革製の外套がいとうをもらった。

 短衣にはところどころにオレンジ色の糸で刺繍がしてあって、とっても可愛いんだよ! それに、魔力の織り込まれた特殊な布で作られていて、魔法防御力がとても高いんだって。

 白い外套は、聖獣と呼ばれるホワイトウルフの毛皮で作られていて、炎や吹雪といったものに強いらしい。

 ガーネットは淡いベージュの長衣ローブに、優しい色合いのグリーンの外套。

 長衣の素材はあたしの短衣と一緒なんだって。外套には精霊の加護がかかっているとかで、衝撃を和らげたり、敵の攻撃を回避したりする特殊効果があるらしい。

 パトロクロスは白銀の全身鎧バトルスーツドラゴンの鱗を使って造られた盾、それに深い赤の外套、アキレウスは暗灰色のよろいに、鮮やかな青色の外套をもらった。

 二人の鎧はアストレア屈指の名工の作で、洗練されたデザインながら、物理・魔法攻撃共に高い防御力を誇る最高級品らしい。

 贈られた品々はどれも超のつく一流品で、その端々に、フォード王の感謝の意が見て取れた。

 アストレアではあたし達は英雄扱いとなっていて、王城を発つ時には、マーナ姫やラオス将軍、それにたくさんの兵士達が、何度も何度も感謝の言葉を述べ、見送ってくれた。

 別れ際、マーナ姫が青玉色サファイアブルーの瞳に涙をいっぱい溜めて、パトロクロスを見つめていた姿が印象的だったっけ……。

 あ、そうそう、フォード王から、ドヴァーフのレイドリック王に国立図書館の閲覧をお願いする書状も書いてもらったよ!

 今は、アキレウスが持っている。

 アストレアの王城を出発して、お久し振りな感じのあるクリックルの背中に乗り、途中小さな町をいくつも経由して、あたし達は今、アストレアとドヴァーフの国境にある町、ルイメンを目指していた。

「心なしか、魔物モンスターの数が増えたような気がするな……」

 長剣を軽く振り払い、さやに収めながら、パトロクロスがそうつぶやいた。

「気のせいじゃないと思うぜ……これで今日、何回目だ?」

 同じく大剣を収めながら、アキレウスがうんざりと溜め息をつく。

「さぁ……? もう、数えるのイヤになっちゃった」

 そう彼に答えながら、あたしは額の汗を拭った。

 魔法のいい練習にはなるんだけどね。幸い大して強くない魔物ばっかりだったし。

「間違いなく、『暗黒の王子』とやらのせいよね」

 腰に両手を当て、倒したばかりの魔物を見下ろし、ガーネットが言う。

 暗黒の王子―――それは、あたし達人間側が付けた、仮の呼称。

 “旧世界”の失われた国の言葉で人類殲滅せんめつを宣告してきた、強大なチカラを持つ、謎の存在。

 鏡や水面みなもなど、ものを映し出すあらゆるモノを媒介として、突如人類に突きつけられたその血文字メッセージは、世界中の人々を恐怖と不安に陥れた。

 旧世界の失われた国の文字を読める人なんてまずいなかっただろうけど、血文字というのはそれだけで充分不吉な印象を与えるし、何より、その内容が分からないからこそ、一層の不安を煽ることにもなる。

 不安が広がり暴動に発展する危険性を恐れたフォード王は、すぐにアストレア国内に布令を出し、国民達がパニックを起こさないよう事態の鎮静化を図った。そのおかげで、今のところアストレア国内では目立った混乱は見られないけど、これまで立ち寄ってきたいくつもの町や村で、人々が不安そうにその件を話しているのを、あたし達は耳にしてきた。

 一般の人達にはまだ、暗黒の王子の存在は知られていない。けれど、いつまでも隠しておくというわけにもいかないだろうな。

 フォード王もそれは重々承知しているらしく、早急さっきゅうに“五カ国王会議サミット”を開き、この件についての対応を決めたい、と話していた。

「まぁ、そう考えるのが妥当というところか。先を急ごう……いつ手練てだれの刺客が襲ってくるか分からないからな」

 パトロクロスはあたし達を見回してそう言うと、ガーネットを後ろに乗せたクリックルを走らせ始めた。

「……だな」

 頷いて、アキレウスもあたしを後ろに乗せたクリックルを走らせ始めた。

「手錬れの刺客かぁ、カンベンしてほしいわねー」

 パトロクロスの背中に頬をすり寄せつつ、ガーネットがそうこぼす。

「またお前はっ……」

 ワントーン低い声でパトロクロスがにらみつけると、ガーネットは悪びれる様子もなく、にっこりと微笑んだ。

「ちょっとくらいいーじゃない、アストレア城ではずぅっと我慢していたんだからー。ねっ?」
「ねっ? じゃないッ! 先日も先々日も、散々抱きついておきながら何を言っているッ」

 くわっ、と牙を向くパトロクロスに、ぼそっとアキレウスが突っ込んだ。

「この前はそれで気絶していたな」

 ついでにあたしも突っ込んでみた。

「その前は、クリックルから落ちかけていたよね」

 それを聞いたパトロクロスの血管がぶちぶちっと切れた。

「うっ……うるさいッ! 黙れ外野ッ!!」

 真っ赤になって憤慨ふんがいするパトロクロスに、ガーネットが後ろから抱きつく。

「もうっ、パトロクロスったら、あたしの為にそんなに怒らないで~」
「“あたしの為に”ではなく、“あたしのせいで”だろーがッ! くっつくなッッ!!」

 そんな二人の様子を眺めつつ、あたしとアキレウスはふぅ、と溜め息をついた。

「この二人って、ホンット進歩ないねー」
「あぁ。永遠にこのまんまなんじゃねーか?」
「そうかも……」

 呟きながら空を見上げると、太陽はもう西に傾き始めていた。







 が落ちる前に、あたし達は何とか国境の町―――ルイメンにたどり着くことが出来た。

「あー、やっと着いたぁ」

 大きく伸びをするあたしの隣で、アキレウスもホッとした表情を浮かべる。

「夜になる前にたどり着けて良かったな」

 ガーネットは重ね合わせた掌を傾け、その上に頬を乗せて、うっとりと目を閉じた。

「今日はシャワーを浴びてベッドの上で眠れるのね、幸せ~」

 その傍らで、パトロクロスがクリックルの首元ををゆっくりとなでた。

「お前達もお疲れだな……今夜はぐっすりと休めるぞ」

 あたし達はとりあえず今夜の宿を探して、ルイメンの町を歩き始めた。

 ルイメンは地方の町、という感じでそれほど大きな町じゃなかったけど、国境の町ということもあって、行商人や旅人なんかの姿が多く見受けられた。あたし達みたいに、クリックルとか馬を連れて歩いている人も多い。

 きょろきょろしているとすぐ側を牛車が通り過ぎていって、危うくコケそうになったあたしの腰を、アキレウスがさりげなく支えてくれた。

「あ、ありがとう」
「そっちは危ないからこっち歩けよ」

 そう言って安全な側へ誘導してくれた。

 アキレウス、優しい……。

 じーんと小さな感動に浸っていると、それを見たガーネットがススッと近寄ってきた。

「ねぇ、この間から思っていたんだけどさ」

 そう言って、こそっとあたしの耳元で囁く。

「何かあんた達、いい雰囲気じゃない?」

 えぇっ!?

「ホ、ホント? そう見える? どこが?」

 アキレウスに聞こえないように注意しながらそう聞くと、ガーネットは細い顎に指を当てて、ちょっと小首を傾げながら、こう答えた。

「どこがって言われると上手く言えないんだけど、うーん……何ていうか、アキレウスのオーロラを見る目が、前とはちょっと違うっていうか……ハタから見ていると、いいカンジに見えるのよ」
「そう……なの?」

 自分の頬がほんのりと染まるのを、あたしは感じた。

 それがホントだったら……嬉しい、んだけど。

「この前、二人きりになった時に、何かあった?」
「え゛」

 ガーネットに鋭くそう切り込まれて、あたしは一瞬固まってしまった。

 何かあったって……そりゃ、色々あったよ。ありすぎたっていうか……。

 傷の手当てをしてもらった時に、上半身だけだったけどハダカ見られちゃったし……その時に、背中の古傷も見られちゃったし。

 あぁ、それに本気で怒られたっけ。『そんなこと言ってる場合か!』って。

 心身共にボロボロだったあたしは、自分という全てを彼の前にさらけ出してしまったような気がする。

 今も耳に残っている、囁くような彼の言葉―――。

『側にいる……』

 ところどころ記憶は飛んでいるんだけど、何度も何度も抱きしめてもらったのを……覚えている。

 大きくて広い、硬いアキレウスの胸と、優しくて温かい彼の掌の感触を思い出して、あたしは全身が火照ほてってくるのを感じた。

 うわっ……改めて思い出してみると、かなりスゴい出来事だったんじゃ……。それに―――。

 蒼い月夜の出来事が、頭の中をよぎった。

 あたしの腕の中で瞳を閉じて、静かに吐息をもらしたアキレウス。

 月明りの下で交わした、冗談みたいな、ささやかな約束―――。

 うわっ、うわっ、うわっ、何かスッゴく恥ずかしくなってきた。

 あんな状況、普通じゃ絶対有り得ないよっ!!

「ふぅーん」

 ガーネットは真っ赤になったあたしを見つめてそう鼻を鳴らすと、ニヤッと笑った。

「後でじっくり聞かせてね」
「うー……もぉっ」

 火照る頬を押さえつつ、あたしは前を行くアキレウスをチラッと見た。

 あたし的にはスゴいコトの連続だったと思うんだけど……アキレウスの態度は、以前と変わらないような気がする。

 それともあたしが気付いていないだけで、ガーネットが言うように、小さな変化は起こっているのかな。

 ……分からないなぁ。

「ガーネット!!」

 乙女チックな気分に浸っていたあたしは、突然のその大きな声で現実へと引き戻された。

「ガーネットだろ!?」

 見ると、見知らぬ青年が、何事かと振り返るガーネットに勢いよく抱きついたところだった。

 えぇッ!?

 ぎょっと目を見開くあたしの前で、さすがに驚いた様子のガーネットが悲鳴を上げる。

「きゃあッ!?」
「な゛っ……」

 それを見たパトロクロスの身体がピキッ、と強張った。

「ボクだよ! フリードだ!!」

 その青年はそう言って、屈託くったくのない笑顔を浮かべた。

 サラサラのちょっと長めの薄茶の髪に、甘い光を含んだ同色の瞳。背はそんなに高くないんだけど、スラリとしたバランスの良い身体つきに、ちょっと危険な香りのする、甘いマスク。

 これといった防具は身に着けておらず、軽装で、深い緑色の外套を羽織っている。その背には、美術品のような弓が装備されていた。

「……フリード!? やだちょっと久し振りっ、どうしてここにいるの!?」

 彼の顔を見て、ガーネットも笑顔になった。

「もう、驚かさないでよー。変質者かと思っちゃったじゃない」
「へへー、ビックリした? ちょっとワケあってね。まさかここでガーネットに会えるとは思わなかったよ」
「あたしだってそうよ。……ワケって? あんたがここにいるってコトは、ばあちゃんもここにいるの?」

 ……何だかよく分からないけど、ガーネットの知り合いみたい。ずいぶんと親しそうだけど……。

 ぽかんとしているあたし達に気が付いて、ガーネットはフリードと名乗った青年の手を引っ張ると、あたし達に向き直らせた。

「あ、紹介するわね。彼はあたしの幼なじみでフリードっていうの。うちのばあちゃんの弟子兼ボディガードみたいなカンジで、これでも弓の名手なのよ。魔法の腕前は、まぁそこそこってトコかしら」
「そこそこはヒドイな。まぁ魔法より弓の方に才能がいっているのは認めるけどね」

 フリードはそう言って苦笑すると、あたし達に会釈した。

「初めまして。ウチのガーネットがお世話になっています」
「あ、こちらこそ。初めまして」

 あたし達もぺこりと会釈を返した。

「フリード、あたしの仲間を紹介するわ。左から、オーロラ、アキレウス、パトロクロスよ」
「へぇ、美男美女がそろってるね」
「でしょ?」
「それに、聞いたコトある名前がほとんどだ。初めて聞くのは、このお嬢さんの名前だけかな」

 フリードはそう言って、スッとあたしの前に立った。

 う、わ……近くで見ると、睫毛長っ……。男の人なんだけど、とても綺麗……でも、触れたら火傷ヤケドしちゃいそうな、ちょっと危険な感じのする綺麗さ。

「オーロラです、ヨロシクね」

 挨拶すると、彼はあたしの手を取って、にっこり微笑んだ。

「キミが噂の聖女様なんだね。良かった、可愛くて」

 何だか突然、初めて会った時のパトロクロスのことを思い出した。

 あの時はまだ彼のことを良く知らなくて、プレイボーイなんだと思っていたんだよね。本人は弱点を克服しようとして、実はかなり頑張っていたんだけど。

 でもこの人の場合は、本当に女慣れしていそうだなぁ……。

 あたしを“聖女”って呼ぶってコトは、ガーネットのおばあさんに色々な事情を聞いているということで、彼がそれだけガーネット達に信頼されている人物であるということだよね。

「どうも……」

 はにかみながらフリードを見上げると、彼は手に少し力を込めて、あたしの瞳を見据えたまま、こう続けた。

「うん、本当に可愛い」

 あのねぇ……そう何度も連呼されると、恥ずかしいやらウソくさいやら―――って……え?

 え゛ぇ゛ッ!? ちょっと、顔近付けすぎって―――きゃあッ!

「コラッ!」

 思わず悲鳴を上げようとした瞬間、ガーネットの杖がフリードの後頭部を直撃してくれたので、あたしは事無きを得た。

「もう、女の子を見るとすぐこれなんだから」
「誤解を招く言い方はやめてくれよー。ボクは女の子だったら誰でもいいワケじゃない、ちゃんと可愛い限定で選んでいるんだから」

 あきれ口調のガーネットに、フリードが後頭部をさすりながら弁明している。

「あ、もちろん一番好きなのはガーネットだけどね!」
「はいはい」

 ガーネット、全然相手にしていない。

 何となくこれで二人の関係が見て取れるな……。

 あー、それにしてもビックリした。マジでキスされちゃうかと思ったよ。

 ドキドキする胸をなで下ろしていると、フリードがあたしを振り返ってこう言った。

「ビックリさせてゴメンね、もうしないから」
「ホ、ホントだよー、約束ね!」
「うん。ボクも命は惜しいから」

 彼はそう言って笑うと、あたしの隣のアキレウスを見た。

「―――ゴメン……ね?」

 開口一番フリードにそう言われて、アキレウスは複雑そうな表情を見せた。

 ……? 何でアキレウスに謝ってるんだろ?

 アキレウスの回答を待たずに、フリードはすぐに別の話題に移った。

「アキレウスって、魔物モンスターハンターのあのアキレウス?」
「……あぁ」
「“ダウスダコマの魔竜”を討ち取った?」
「……そうだ。オレ一人の力じゃなかったけどな」

 そういえば以前、パトロクロスのお父さんであるローズダウンのラウド王も、アキレウスのことを尋ねる時にその名前を出していたっけ。“ダウスダコマの魔竜”は、魔物ハンターとしての彼を語る時に外せないキーワードらしい。

 詳しく聞いたことないけど、今度何かの時に尋ねてみよう。どんなエピソードなのか、聞いてみたい。

「へぇー、想像していたのと全然違うなぁ。もっと筋骨隆々の、ゴツい男なんだと思っていた。意外と細いし、若いんだな」
「それはほめられているのか?」
「もちろん」

 フリードはにっこり微笑んで、アキレウスの隣のパトロクロスに視線を移した。

「―――それに……王子サマ」

 周囲を行き交う人達に聞こえないように配慮した為なのか、声のトーンが幾分低くなった。

「ローズダウンの王子サマにこんなところで会えるなんて、感激だなぁ」
「私のことはそういう呼称で呼ばないでくれ。名前でいい」

 チラッと周りを気にしながらパトロクロスが言うと、フリードは笑顔で頷いた。

「うん、分かったよ、パトロクロス様」
「……呼び捨てにしてくれていい」
「呼び捨ては気が引けちゃうなぁ。じゃあ、パト様で」

 フリードはそう言うと、パトロクロスの返事を待たずにさっさとガーネットの元へ戻ってしまった。

 パトロクロスは唖然あぜんとした様子でアキレウスと顔を見合わせると、溜め息をついた。

 何だか変わった人……フリードって。

「豪華なメンバーだね」

 フリードのその言葉を聞いて、ガーネットは得意そうな表情になった。

「でしょー」

 そんな彼女の耳元に唇を寄せて、フリードはあたし達には聞こえないくらいの声で何かを囁いたようだった。

「―――ガーネット、アイツのコト好きだろ」
「え?」
「アイツ……パト様のコト」
「えー? 良く分かったわねぇ」

 目を丸くするガーネットに、フリードが再び何かを囁く。

「分かるよ。紹介する時、アイツのトコだけ声のトーンが高くなった」
「やだ、ホント?」
「うん。アイツのコト見てる時は目がキラキラしてるし」
「ちょっと、アイツって言うのやめなさいよ。それにしてもあんた、よく見ているわねー」
「ガーネットのことは、いつも見ているよ」

 な……何か。何しゃべっているのか、よく分かんないけど。

「あの二人、だけ見てると何かいい雰囲気……恋人同士みたいじゃない?」

 見つめ合って、至近距離で会話しているんだもん。

 そういう関係でないことは分かっているんだけど、見ているこっちが何だか恥ずかしくなっちゃうよ。

「っていうか、多分、あのフリードってヤツがガーネットのこと好きなんじゃないか? なぁパトロクロス?」
「え?」

 話を振られて、パトロクロスは少し動揺したようだった。

「そ、そうか?」
「さっきアイツと話した時、敵意を感じなかったか? オレはスゴく感じたけど」
「……あれは敵意だったのか」

 あ、あの時かな。声のトーンを低くした―――何も周りに気を遣っただけじゃなかったんだ。

「アイツ、オレのことも確かめるような真似して―――」
「え? アキレウスのことも?」

 あたしは驚いて彼を見た。

 確かにちょっとイヤな感じではあったけど、あの会話の中で、彼の何を確かめられたんだろう?

「う……いやー――」
「あれは、アキレウスの反応を見る為のひとつの手段だったのか」

 パトロクロスには分かったようだった。

「あぁ……まぁ、多分……オレというか、オレ達に対してだと思うけど」

 ふてくされた表情で呟くアキレウス。

 何だかあたしだけ、事情をよく飲み込めていないみたい。

 それを聞こうと口を開きかけた時、通常の大きさに戻ったガーネットの声が耳に飛び込んできた。

「それはそうと、さっきも聞いたけど、あんたどうしてこんなところにいるの? ばあちゃん達は?」
「ゼン様達も昨日までここにいたよ。ドヴァーフでの滞在を終えて、ルザーに帰ろうとしていたんだ。ところが昨日、シャルーフが陥落したらしいって噂を聞いてさ。真相を確かめにドヴァーフに戻ったんだ。その時、ゼン様が宿屋に忘れ物をしちゃってさ。ボクがそれを取りに戻ってきたってワケ」
「―――何ですって!?」

 ガーネットが目を見開く。あたし達もその衝撃に息を飲んだ。

「シャルーフが……!?」
「本当なのか!?」
「あれ? 知らなかった?」
「初耳よ!」

 ガーネットは厳しい表情でフリードに詰め寄った。

「詳しく、話して」
「おっとっと……それが本当なのかどうかは、分からないよ。だから、ボク達もドヴァーフに戻ったんだから」
「いいから!」
「―――事の発端は、シャルーフとドヴァーフを結ぶ定期船さ。噂によると、半月ほど前からシャルーフからの船の往来がピタリと止んだらしい。そして、ドヴァーフからシャルーフに向かった船も戻ってこないという事態になった……ドヴァーフ側はどうにかしてシャルーフと交信を取ろうとしているらしいんだけど、どういうわけか全く連絡のつかない状況に陥っているようなんだ。実際、今はドヴァーフからの定期船は運航を停止しているらしいよ。
それと同じくらいの時期に、シャルーフの方角でたくさんの光が上がっていたのを見たとか、夜なのに海が赤く染まっていたとか、そういう目撃情報が相次いでいるらしくってね。ドヴァーフの上層部が沈黙を守っていることもあって、それに尾ひれがついて、この辺りまでその噂が広まってきているんだ」

 それが事実だとしたら……何ていう、ことなんだろう。

 シャルーフの人達は―――あぁそれに、シヴァの島へ渡るにはどうしたら!?

「例の血文字の件、あっただろ。キミ達はもちろん、その内容も知っていると思うけど―――シャルーフの件が事実だとしたら、敵は本気だってことだ。あれから魔物モンスターも増えてきているし、何かが起こるんじゃないかってみんな不安がっている。各国の上層部がどこまでこの件を把握しているのか知らないけど、近々共同声明を出さざるを得ないんじゃないかな」
「パトロクロス……!」

 ガーネットがパトロクロスを振り返る。彼は冷静な表情で頷くと、あたし達を見回し、こう答えた。

「憶測で議論しても始まらない……まずは、事実を確認することが先決だ。一刻も早くドヴァーフへ行き、レイドリック王に会おう。後のことはそれからだ」

 彼の言葉に、あたし達は頷いた。

 そうだよね。ここでオタオタしたって、どうしようもない。

 まずは、事実を確かめないと。全てはそれからだ。

「とりあえずは宿へ行こう。明日に備えて休まないとな」
「あ、じゃあボク、案内するよ。ゼン様の忘れ物取りに行かないといけないし。ボク達が泊まっていたトコ、なかなか良かったよ」

 はーい、と元気よく手を上げたフリードに案内されて、あたし達は小高い丘の上にある宿屋へと入った。

 部屋は幸い空いていて値段も手頃だったので、あたし達は今夜の宿をここに決め、クリックルを宿の人に預けた。

 ゼンおばあさんの忘れ物も無事にあったらしく、フリードは笑顔で宿屋の主人からそれを受け取っていた。

「ねぇパト様、ガーネットをちょっと借りてもいい? 久し振りだし、二人でゆっくり話したいんだ」

 同じくこの宿にチェックインしたフリードから、こんな要望が出た。

「あ、あぁ……ガーネットがよければ別に構わないが」
「やった! ガーネット、行こう。美味しいアストレアの郷土料理の店があるんだ。食事しながらゆっくり話そうよ」

 フリードの誘いに、ガーネットも笑顔で応じた。

「そうね、久し振りだし。行きましょうか」
「決まり! じゃあ行こう!」

 そう言ってフリードはガーネットの手を取った。

「じゃあみんな、ちょっと行ってくるわね」

 手を振って、宿の外に出て行く二人の姿を見送りながら、あたし達はお腹に手を当て、お互いの顔を見合わせた。

「……お腹減ったね」
「オレ達も食おうぜ」
「あぁ……そうだな」

 頷いて、パトロクロスが一度扉の方を振り返ったのが印象的だった。







 あたし達は宿の一階に設けられた食堂で夕食を取ることにした。

 他に何組かお客さんがいたけれど、耳を澄ませると、シャルーフという言葉が時々聞き取れた。

 シャルーフが陥落したという噂は、かなり広まっているみたい。

「ルイメンからドヴァーフの王都まではどのくらいかかるの?」
「んー……クリックルの足で順調に行けば、一週間から十日ってトコかな。ただ、魔物モンスターの数が増えてきているから、その辺がなー……なぁ、パトロクロス?」
「……えっ!? あぁ悪い、何だ?」

 カシャンとスプーンをスープ皿にぶつけて、パトロクロスはアキレウスの顔を見た。

「……どうしたんだ? さっきからボーッとして」
「あぁ悪い、これからのことを考えていて……」

 そう答えるパトロクロスの表情は、どこかぎこちない。

 何かさっきから変なんだよねー……どうしたんだろ。

 まさかとは思うけど……。

「―――もしかして、ガーネットのことが気になるの?」

 冗談半分、念の為聞いてみると、パトロクロスは持っていたスプーンをぼとっと落としてしまった。

「どっ、どうして私があいつのことをっ!」

 あまりにも分かりやすいそのリアクションに、あたしの方がビックリしてしまった。

 えっ……えぇーっ……本当に!? ウソ!?

 アストレア城では、ガーネットのことそんなふうに思えないって言っていたのに。

 何がどうして、いつの間に!?

「……そうなのか?」

 アキレウスも目をまんまるにして、パトロクロスを見つめている。

「そんなワケがないだろう!?」

 顔を真っ赤にしてパトロクロスが言う。

 いや、あたし達もそんなワケないと思っていたんだけどね。でも、だって、そんなふうにしか見えないんだもん。

「ガーネットを行かせちゃって良かったの? あの人絶対、ガーネットのこと好きだよ。今頃口説いているかも」
「手が早そうだよなー、アイツ」
「だから、どうしてそういう話になるんだ!?」

 あたしとアキレウスは顔を見合わせた。

「……だって」
「なぁ」
「……お前ら」

 ヒクッ、とパトロクロスが口元を引きつらせる。

「様子を見に行かなくていいの?」
「―――夜風に当たってくるッ」

 パトロクロスはガタンと立ち上がると、真っ赤な顔のまま外に出て行ってしまった。

「あー、怒らせちゃったかな」

 そう言うと、アキレウスはちょっと笑った。

「本気で怒ってるワケじゃない、照れてるだけだよ多分」
「……だといいけど。ねー、それにしてもちょっとビックリだね」
「そうだな。ガーネットを好きなのかどうかは置いといて、意識しているのは間違いなさそうだな」
「あのパトロクロスがねー……」

 分からないもんだなー、人の心って。

 あたしはチラッとアキレウスを見た。

 あたしも……頑張ろうっと。







 宿を出たパトロクロスは一人、小高い丘の上に座り、夜のルイメンの町を眺めていた。

 ささやかな明りで映し出された国境の町の夜の風景は、ざわめく彼の心を少しだけ落ち着かせてくれた。

「ふーっ……」

 深い溜め息をもらすその頬を、夜風が緩やかになでていく。

「何をしているんだ、私は……」

 誰にこぼすとでもなく唇からもれた自嘲気味の呟きは、夜の闇に溶けて消えていく。

「まるで子供だな……」

 言葉尻に、またひとつ溜め息が混じった。

 自分の中に、こんな子供じみた感情があったとは……意外だった。

 いつもいつもまとわりつかれて辟易へきえきしていたはずなのに、それが、まさか……こんなにも鬱屈うっくつとした精神状態を生みだすとは。

「子供だ」

 一人ごちて、はぁーっと長い溜め息をもらす。

 まるで子供の独占欲だ。

 普段自分の手にあるものが、他人の手にあると、急に輝いて見える……極端な話、あれと一緒だ。

「私ともあろう者が……」

 幾度目かの溜め息をつこうとしたその時だった。

「私ともあろう者が―――何だい?」

 急に降って湧いたその声にぎょっとして振り返ると、いつの間にか、そこにフリードが立っていた。

「なっ……」

 気配を、まるで感じなかった。
 
 フリードは意味ありげに微笑むと、パトロクロスの隣にやってきた。

「ここ、いいかな?」

 そう言うと、パトロクロスの返事を聞かないまま、そこに腰を下ろしてしまった。

 ―――この男、気配を消して……。

「……どういうつもりだ?」
「別に……パト様とちょっと話がしたくてさ」

 フリードはそううそぶくと、ルイメンの夜景に視線を走らせた。

「へぇ、こうして見るとけっこう綺麗だなぁ。男二人で見てるのも、もったいないね」

 パトロクロスは無言でフリードの横顔を見つめたが、飄々ひょうひょうとしたその表情からは、何を考えているのか読み取ることが出来なかった。

「……ガーネットはどうしたんだ?」
「気になる?」
「深い意味はない。尋ねただけだ」
「さっき一緒に帰ってきたよ。今日は、フツーに食事して、話して、それだけ」

 含みを持たせるような言い方をする。

「パト様がここにいるのに気付いたから、ガーネットに黙ってボクだけ来ちゃった」

 あはっ、と笑って、フリードはパトロクロスの瞳を正面から捉えた。その瞬間、柔和だった表情が、別人のような鋭さを帯びた。

「ガーネットのこと、どう思っている?」

 その表情の変化と質問の内容にパトロクロスはいささか戸惑ったが、それをおくびに出すことなく、表面上は冷静に切り返した。

「……どう思っていたとしても、君に話す義理はないだろう」

 ガーネットのことを恋愛対象として考えたことはなかったが、あえてそういう言い方をした。

「だよねー」

 フリードは飄々とした笑顔に戻ると、さらりとこう言った。



「ボクは、好きだよ」



 ドクン、と胸が波打つのを、パトロクロスは感じた。

「ボクは、ガーネットのことが好きだ」

 ―――なっ……。

 ワケの分からない動悸で息苦しくなるのを覚えながら、パトロクロスはつとめて平静を装った。

「何故、私にそんなことを?」
恋敵ライバルだからだよ」

 けろりとしてフリードはそう告げた。

「恋敵? 私は―――」
「貴方がガーネットのことをどう思っていようが、彼女は貴方のことが好きなんだよ。……今はね。だからパト様、貴方はボクの恋敵ってワケ」
「……なるほど。そういうことか」
「『なるほど』って何だよ、ムッカつくなぁーっ。ガーネットに想われてるってだけでもムカつくのに、その悠然とした態度! ボクより背ェ高いし、足長いし―――いろんな意味ですんげームカつく」
「ムカつく―――」

 パトロクロスは呆気あっけに取られてフリードを見た。

 町のならず者ならいざ知らず、自分が王族だと分かった上で、こんな言葉を投げかけてきたやからは初めてだった。

 カチンとはきたが、ここで突っかかっていくのも大人げがない。

「……」

 額に手を当て、ふー、と息を吐いて自分を落ち着かせると、パトロクロスはフリードに問いかけた。

「ガーネットのどこがそんなに好きなんだ?」
「ふーん? 冷静なんだね……まぁいいや。ガーネットの好きなトコ? いっぱいあるよ」

 そう言って、フリードは指折り数え始めた。

「可愛くて、元気が良くて、ハッキリしていて―――優しくて。頭も良くて、向上心があって、何でも器用にこなしちゃうけど、決しておごらなくて……数え上げればキリがないな。ボクは、彼女の全てが好きだね。いいトコも、悪いトコも、全部ひっくるめて。ガーネットの存在は、ボクという存在を高いところへ導いてくれるんだ」

 そう言い結んで、フリードは夜空を見上げた。

「高いところ?」
「そう。彼女の向上心には際限がないんだ―――高みを目指してのぼり続ける彼女を見ていると、彼女に相応しい男である為に、ボクも頑張らなきゃって気になるんだよね。お互いを高めていける存在……っていうのかな」

 フリードの言わんとするところは、パトロクロスにも何となく分かるような気がした。

 この旅を通して見てきたガーネットの姿が、脳裏に浮かぶ。

 パーティーのムードメーカー的な、いつも元気で明るい笑顔、戦闘時の冷静な判断力と白魔導士としての力量、一人魔導書を読みふける、普段とは違う静かな表情―――実は意外と家庭的で、野宿の時などはあり合わせの材料で美味しい料理を作ってくれたり、つくろい物が上手な一面は、パトロクロスを驚かせたものだった。

 確かに、いろんな意味で刺激は受ける……な。

「ボクは昔からガーネットのことが好きだった。彼女以外に、本気で好きになった女はいない。色んな女と付き合ってきたのは、経験を重ねることで自分を磨く為。彼女と付き合う時に、より良い男になっていたかったから。だから、ガーネットに対して、今まで本気でぶつかったことはなかった―――今まではね」

 フリードはそう言って、魅惑的な薄茶色の瞳をパトロクロスに向けた。

「これからは、全力で彼女の心を奪い取りに動く」
「……」

 静かな、けれど揺るぎない意志を乗せた、宣戦布告―――しばらく無言で視線を交わした後、フリードはふっと口元を緩めた。

「じゃあね、パト様―――話せて、良かったよ。今度はドヴァーフで、会おう」

 そう言い残して立ち去っていくフリードの後ろ姿を眺めながら、パトロクロスは複雑な心境で、しばらくその場に座っていた。

「―――ふー……」

 長い長い、溜め息をつく。

「何だっていうんだ、いったい―――」

 ワケの分からないイライラにさいなまれながら、パトロクロスは額を押さえた。

 どうやらまた、頭痛の種がひとつ増えたことだけは間違いなさそうだった―――。 
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