上 下
53 / 54

53

しおりを挟む
 二人の背中が見えなくなるまで微動だにせずその様子を見送っていたノラオは、二人の姿が視界から消えた瞬間、全身から力を抜いて、大きな息を吐き出した。

『はー……。太陽の光、マジやべーな。消耗半端ねぇ。ヒマリお前の身体から出れなかった理由が分かるわ……これが浄化の光、ってヤツなのか』

 その言葉を示すように、ノラオの輪郭を彩る淡い光が陽炎のように揺らめいて、上空へと吸い込まれるように少しずつ昇っていっているのが見えた。

 それに比例してノラオの姿は徐々に淡く薄くなり始めていて、もうすぐ彼がこの世から消えていってしまうことを示唆していた。

 ―――成仏、しかけているんだ。

 それを悟って、あたしはきつく唇を噛みしめた。

 それはあたしが当初から強く望んで、ずっと目指してきたことだった。

 そしてここしばらくのノラオの様子から、薄々その時が近いんじゃないかって、密かに感じていたことだった。

 なのに今、薄々予感していたそれが現実になろうとしている局面に立ち会っているという事実に、あたしは涙が溢れて止まらなかった。

 それは間違いなくノラオにとっても良いことで、自然の摂理にもかなっているはずのことなのに。

「ノラオ―――……」

 ボロボロ大粒の涙をこぼすあたしを見やったノラオが、困ったように後ろ頭をかいた。

『泣くなよ……』
「だっ、てぇ……」

 ひっく、と喉を鳴らすあたしの頭にためらいがちに手を伸ばしたノラオは、ゆっくりと掌を置くと苦笑してみせた。

『お前にとっちゃいいこと尽くめのハズだろ? もうオレに乗っ取られることもねぇし、着替えも風呂も気ぃ使う必要なくて、快適に過ごせるんだから』

 そうなんだけど。そうなんだけど……!

「べっ、勉強、教えてもらえなくなっちゃうし……」
『自分で頑張れ。後は勉強にかこつけてレントに面倒見てもらえば、一石二鳥だろ』
「うぅ、蓮人くんにバカだってバレる……」
『しょうがねぇだろ、バカなんだから。薄々レントも察してるよ。それにお前は頑張れるバカだから、大丈夫』
「そっ、それに、恋愛相談、乗ってもらえなくなるっ……」
『マキセがいんだろ。あいつ頼りになるじゃん』

 ―――分かってる、分かってるよ、でも。

「ううっ―――さ、寂しい~……。寂しいよぉぉぉ……!」
『バッカお前、言うなよ! そういうコト……!』

 ああ、最後の最後にノラオを泣かせてしまった。

 笑顔でお別れ出来なくて、ゴメン。

 でも、あたしの方がノラオの何倍も大泣きしているもん。だから許して―――全然、理由にはなんないけど。

「げっ、元気でねぇ……! あたしも、色々頑張るから……!」
『ぶっは、死人に向かって何だよ、ソレ』

 空元気を装うように大袈裟に吹き出してみせたノラオは、手の甲でぐいっと涙を拭うと、最後にあたしを優しく抱きしめた。

 ひんやり冷たいベールに包まれたみたいな、そんな感触―――ずっと一緒にいたのに初めて知る、ノラオの感触。

『たくさん迷惑かけて悪かったな、ヒマリ。でも、お前とレントのおかげで、やっと在るべきところに行くことが出来そうだ―――そこでゆっくり、エージを待つよ。ありがとう、ヒマリ。幸せにな。わりぃけど、タケやみんなに宜しく伝えておいてもらえるか』

 あたしはとめどない涙を顎に伝えながら大きく頷いて、輪郭も感触もおぼろげになっていく、消えゆくノラオにしがみついた。

「ノラオッ……ノラオはあたしのキューピッドだよ。ノラオがいなかったら、ノラオがきっかけをくれなかったら、蓮人くんとこんなふうに親しくなること、なかったかもしれない。こんなに大好きになれる人だって知らないまま、何のきっかけも持てずに卒業しちゃって、そのまま二度と会うこともなかったかもしれない。スゴくスゴく、人生もったいないことになっていたかもしれない……!」
『はは。そう言ってもらえるんなら、半世紀彷徨い続けたオレの人生にも意味あったよなぁ? ヒマリ、ありがとう。オレの人生に意味をくれて。レントへの想いが成就するよう、空の上から祈ってる―――』



 その言葉と優しい笑顔を最後に―――ノラオは、光の中に融けていった。



 キラキラ輝く粒子になって、消えていった。



「ノラオ―――ノラオッ……ありがとうー!」

 夏の空へキラキラ昇っていくノラオの残滓ざんしにあたしは大きく手を振って、彼に心からの言葉を伝えた。

 まるでそれに応えるように、キラキラキラキラ、淡く綺麗な光の粒子が、太陽の光に照らされて煌めいていた―――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

黒王子の溺愛

如月 そら
恋愛
──経済界の華 そんなふうに呼ばれている藤堂美桜は、ある日パーティで紹介された黒澤柾樹に一目惚れをする。 大きなホテルグループを経営していて、ファンドとも密接な関係にあるというその人が、美桜との結婚を望んでいると父に聞かされた美桜は、一も二もなく了承した。 それが完全な政略結婚であるとも知らずに。 ※少し、強引なシーンがあります。 苦手な方は避けて下さいね。o(_ _)o  ※表紙は https://picrew.me/share?cd=xrWoJzWtvu #Picrew こちらで作成させて頂きました!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

群青よ、歌え ~陽キャでリア充な俺が恋をしたのは、底辺だと思っていた地味系陰キャ女子でした~

虎戸リア
恋愛
御堂涼真(みどう りょうま)高校二年生、陽キャでスクールカーストトップの彼は頭脳明晰なイケメンであり、ユーモアもある紳士。彼の周囲には常に美男美女が集まり、毎日面白おかしい高校生活を送っていた。 だからこそ彼はその完璧な青春に――退屈していた。 「ねー、いい加減付き合おうよ~」 「付き合ったら、お前としかデートできなくなるじゃん」 「いや、それが普通なんですけど」 周囲の美少女達と仲良くしながらも、恋も愛もなくただただ友達として接していた涼真だったが、ある日彼は、とある美しい歌声に惹かれて、一人の少女と歌に運命的な出会いを果たす。 「もしかして……同じクラスの地道(じみち)さん、だよ……ね?」 「っ!! な、ななななんで御堂君がここに!?」 それは涼真のクラスメイトであり、彼がこれまで視界の端にすら入れていなかった、クラスの最底辺と揶揄される地味系オタク女子の地道瑠璃子(じみち るりこ)だった。 最初はぎこちない関係の二人だったが、ひょんなことからライブイベントに出ることになる。 「みんなにさ、叩き付けようぜ瑠璃子の歌。世界をぶっ飛ばそう」 「涼真君、そんなの私には無理だよ……」 「大丈夫、全部俺に任せろ。作詞作曲編曲から主要な楽器の演奏までマルチにこなせるのが、この御堂涼真様よ」 こうして涼真の完璧で退屈な青春は終わりを告げ、群青色の恋が始まったのだった。 *完結まで執筆済み *ラブコメ要素は風味程度 *ハッピーエンド保証 *ヒロインNTR等一切無し *主人公はヒロイン一筋

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...