4 / 7
私刑執行
しおりを挟む
放課後。校門を出てすぐ、眼前に立ち塞がった人に制服のリボンを引っ張られる。彼女は同級生の、縫胡桃。
「暴行すると、出席停止になってしまいます。手を離してください」
同級生が、陽菜のせいで罰せられるのは、懲り懲り。陽菜は、この光景が校内から見えないようにするため、咄嗟に塀が目隠しとなる位置へ身体を動かす。
今や、陽菜が嫌がらせを受けるのは日常茶飯事。
とはいえ、罰せられる人が増えることを望んではいない。早川が卒業するまでの一年半、陽菜が何もしなければ、平穏な日々を送れるはず。そう思い、我慢している。
「なんもしいひんでも、処分されるさかい、変わらへんどっしゃろ。ほな、こらどないですか?」
胡桃に、シャツの胸元を強く引っ張られ、はだける。
でも、生徒会に見られていなければ、大丈夫。今ならまだ、陽菜が勝手に転んだことにすれば済む。
陽菜は、籠の中の雛鳥。頂点に居続けたが故、井の中の蛙。陽菜は、解決のために暴力を用いたことが無いから、言葉で解決出来ると信じている。
「まだ大丈夫」
気丈に振る舞いたい意思とは裏腹に、恐怖でそれ以上の言葉が出てこない。
「大勢に見られてますで。恥ずかしいのに、よう平気でいられるなぁ。もっと、よう見したってください」
陽菜は、平気だと言ったわけではない。上手く意図を伝えることが出来ず、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「待って……やめて」
「何しても罰は変わらしまへん。せやったら、何しても構しまへんよね?」
(主張は正しい。程度は、処分内容に影響しない。だから、彼女にとっては構わない。私個人の心情として、嫌というだけ……どうすればいい? 手を出せば校則違反となり、同罪となってしまう。だから、抵抗する選択肢は除外……我慢して、耐えていれば終わる? どうすることが正解なの?)
「……罰は変わりません。でも、やめて欲しいです」
「やめると、減刑されるのん?」
周囲には、陽菜を取り囲むように、人の輪が出来ている。目撃者が多過ぎる。こうなってしまったら、陽菜が勝手に転んだと主張し、誤魔化すことは難しい。
「されません」
「せやったら、やめる理由無おすなぁ」
胡桃が、胸元を隠している陽菜の手を引っ張り、退けようとする。打開策を見出せない陽菜は、手に力を込め、ひたすら耐え続けることしか出来ない。
「ほんま、ええ表情やねぇ。隠さんと、もっと見せとおくれやす」
陽菜はやめて欲しくても、胡桃がやめなければならないと判断するに足る、合理的な理由を示せない。
(もういい……)
陽菜は抵抗するのを辞め、脱力し身を委ねる。
* * *
翌朝。登校中。
学校に近付くにつれ、好奇の眼差しが強まっていることを実感する。
校門前に立つ人から向けられる、強烈な視線。重い前髪越しに見えるのは、胡桃。向こうからは、前髪が邪魔で、目の動きはわからないはず。それでも、視線を交わしたくないから、意図的に視線を逸らす。
「よう来れるなぁ。明日はきいひんのやろうな」
目を合わせたくない。離れた場所を通る。それでも、陽菜に聞かせるように、大きな声で嫌味が放たれる。
陽菜は、生徒会の制裁対象。今や同級生からも、目の敵にされている。もはや学内に誰一人として、陽菜を擁護する者は居ない。校門前で、堂々と陽菜を批判する胡桃が、処分を受けていないことが、物語っている。
耳に突き刺さる嫌味は、胡桃以外の口からも放たれる。当初は様子を見るように、小声で放たれていた陰口が、周囲の声量に呼応するように、次第に大きくなっていった。
大きな声には、多くの声であるかのように、錯覚させる効果がある。
陽菜は、全員に責められているように感じる。気が滅入らないよう、聞き流そうと試みた。けれど一日中、耳に突き刺さり続ける陰口に、神経はすり減る一方。
* * *
翌朝。校門前には、また胡桃が立っている。
横を通り過ぎないと、校内に入ることが出来ない。俯いて、足を前に進める。
「今日も来はったんやねぇ」
陽菜の視界に入る、進路を塞ぐ足。進路変更を試みるけれど、妨げられる。
身動きを取れず、立ち止まっている間、浴びせられ続ける嫌味。四方八方から、耳に突き刺さる声が陽菜の精神を抉る。
なんとかして前に進もうと、人の配置を確認するために顔を上げた際、一瞬視界に入った、ゴミを見るような目が、脳裏に焼き付いて離れない。
* * *
翌朝。また胡桃が立っている。
「いつまで来るんやろ?」
無関係な第三者であっても、目や耳から入る情報は、無意識に脳に刷り込まれていく。
直接的な、生活への支障の有無に関わらず、来なくなっているかを確認するために探されるのは、精神的な負荷が大きい。
陽菜は、学校に来なくなることを望まれている。だから、登校しなくなるまで、嫌がらせはエスカレートしていく――。
「暴行すると、出席停止になってしまいます。手を離してください」
同級生が、陽菜のせいで罰せられるのは、懲り懲り。陽菜は、この光景が校内から見えないようにするため、咄嗟に塀が目隠しとなる位置へ身体を動かす。
今や、陽菜が嫌がらせを受けるのは日常茶飯事。
とはいえ、罰せられる人が増えることを望んではいない。早川が卒業するまでの一年半、陽菜が何もしなければ、平穏な日々を送れるはず。そう思い、我慢している。
「なんもしいひんでも、処分されるさかい、変わらへんどっしゃろ。ほな、こらどないですか?」
胡桃に、シャツの胸元を強く引っ張られ、はだける。
でも、生徒会に見られていなければ、大丈夫。今ならまだ、陽菜が勝手に転んだことにすれば済む。
陽菜は、籠の中の雛鳥。頂点に居続けたが故、井の中の蛙。陽菜は、解決のために暴力を用いたことが無いから、言葉で解決出来ると信じている。
「まだ大丈夫」
気丈に振る舞いたい意思とは裏腹に、恐怖でそれ以上の言葉が出てこない。
「大勢に見られてますで。恥ずかしいのに、よう平気でいられるなぁ。もっと、よう見したってください」
陽菜は、平気だと言ったわけではない。上手く意図を伝えることが出来ず、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「待って……やめて」
「何しても罰は変わらしまへん。せやったら、何しても構しまへんよね?」
(主張は正しい。程度は、処分内容に影響しない。だから、彼女にとっては構わない。私個人の心情として、嫌というだけ……どうすればいい? 手を出せば校則違反となり、同罪となってしまう。だから、抵抗する選択肢は除外……我慢して、耐えていれば終わる? どうすることが正解なの?)
「……罰は変わりません。でも、やめて欲しいです」
「やめると、減刑されるのん?」
周囲には、陽菜を取り囲むように、人の輪が出来ている。目撃者が多過ぎる。こうなってしまったら、陽菜が勝手に転んだと主張し、誤魔化すことは難しい。
「されません」
「せやったら、やめる理由無おすなぁ」
胡桃が、胸元を隠している陽菜の手を引っ張り、退けようとする。打開策を見出せない陽菜は、手に力を込め、ひたすら耐え続けることしか出来ない。
「ほんま、ええ表情やねぇ。隠さんと、もっと見せとおくれやす」
陽菜はやめて欲しくても、胡桃がやめなければならないと判断するに足る、合理的な理由を示せない。
(もういい……)
陽菜は抵抗するのを辞め、脱力し身を委ねる。
* * *
翌朝。登校中。
学校に近付くにつれ、好奇の眼差しが強まっていることを実感する。
校門前に立つ人から向けられる、強烈な視線。重い前髪越しに見えるのは、胡桃。向こうからは、前髪が邪魔で、目の動きはわからないはず。それでも、視線を交わしたくないから、意図的に視線を逸らす。
「よう来れるなぁ。明日はきいひんのやろうな」
目を合わせたくない。離れた場所を通る。それでも、陽菜に聞かせるように、大きな声で嫌味が放たれる。
陽菜は、生徒会の制裁対象。今や同級生からも、目の敵にされている。もはや学内に誰一人として、陽菜を擁護する者は居ない。校門前で、堂々と陽菜を批判する胡桃が、処分を受けていないことが、物語っている。
耳に突き刺さる嫌味は、胡桃以外の口からも放たれる。当初は様子を見るように、小声で放たれていた陰口が、周囲の声量に呼応するように、次第に大きくなっていった。
大きな声には、多くの声であるかのように、錯覚させる効果がある。
陽菜は、全員に責められているように感じる。気が滅入らないよう、聞き流そうと試みた。けれど一日中、耳に突き刺さり続ける陰口に、神経はすり減る一方。
* * *
翌朝。校門前には、また胡桃が立っている。
横を通り過ぎないと、校内に入ることが出来ない。俯いて、足を前に進める。
「今日も来はったんやねぇ」
陽菜の視界に入る、進路を塞ぐ足。進路変更を試みるけれど、妨げられる。
身動きを取れず、立ち止まっている間、浴びせられ続ける嫌味。四方八方から、耳に突き刺さる声が陽菜の精神を抉る。
なんとかして前に進もうと、人の配置を確認するために顔を上げた際、一瞬視界に入った、ゴミを見るような目が、脳裏に焼き付いて離れない。
* * *
翌朝。また胡桃が立っている。
「いつまで来るんやろ?」
無関係な第三者であっても、目や耳から入る情報は、無意識に脳に刷り込まれていく。
直接的な、生活への支障の有無に関わらず、来なくなっているかを確認するために探されるのは、精神的な負荷が大きい。
陽菜は、学校に来なくなることを望まれている。だから、登校しなくなるまで、嫌がらせはエスカレートしていく――。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
歩みだした男の娘
かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。
それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。
女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。
庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話
フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談!
隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。
30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。
そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。
刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!?
子供ならば許してくれるとでも思ったのか。
「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」
大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。
余りに情けない親子の末路を描く実話。
※一部、演出を含んでいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる