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第六章 布教に行きたい

#85 光流と琥珀のドキドキ野球拳1

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 眩い夏の日差しを一身に浴び続けるアスファルトの道路に同情しながら、冷房の効いたリビングで俺はテレビのチャンネルをいじる。
 特に見たい番組も見つからず、最終的には高校野球の放送を垂れ流すことにした。

『しかしここまでの試合展開を見るに、大林と小林のバッテリーは素晴らしいですね』
『はい、二人は小中高とずっと一緒の野球部でバッテリーを組んできた間柄ですからね。大林くんのボールを知り尽くした小林くんのリードは見事ですよ』

 解説者のそんな寸評をなんとなく聞き流していると、横から別の声が割り込んできた。

「あの二人、付き合ってるんじゃないですかね?」

 緩くウェーブのかかった亜麻色の髪に赤いリボンカチューシャをつけた少女が俺の隣に座る。

「絶対デキてるよ。人気のない野球部の部室に思春期の男子二人、何も起きない筈もなく」

 続いて俺の座るソファの背後に立ち、栗色の髪をうなじでまとめてポニーテールにした少女が言葉を挟んだ。

「キミ達、爽やかなスポーツマンを腐った目で見るのはやめよう」

 妹と後輩に向けてそう咎めると、隣に座った光流は、ぷくーっと頬を膨らませた。

「お兄様はわかってないですね。女の子は恋バナが好きなんですよ」
「そーっすよ先輩」
「まるで男同士の恋バナで盛り上がる女子が一般的であるみたいに言うのは全世界の女の子に失礼だから謝ろうね」

 そこで琥珀は何かを思い出したように言葉を挟む。

「恋バナと言えば、光流って結構モテるんすよせんぱーい。この前なんかサッカー部のキャプテンからコクられたんすから」

 な、なんだと!
 それはまあ、光流は兄の俺から見てもメチャクチャ可愛いし、そういう話のひとつふたつあっても不思議じゃないが。
 しかし、なんというかその、光流に彼氏ができるという事実をものすごく認めたくない自分がいるというか。
 だってほら、悪い男に引っかかったりしたらって思うと心配だろ?

「うっわー、先輩めっちゃ動揺してるっすね。顔が面白いことになってますよ」
「ホントですね、お兄様のそんな顔初めて見ました。シャッターチャンスですね」

 俺の様子を見て意地悪く笑う後輩と、クスクスと肩を揺らしながらスマホで撮影する妹。
 そうして光流は得意げに言った。

「どうですお兄様? お兄様が夜宵さんとイチャイチャしてる時の私の気持ちが少しはわかりましたか?」

 ああ、そうだな。
 夜宵の家に泊まりに行くとき不機嫌だったり、ちくちく言ってきたのはこういうことか。
 しかしそれはそれとして。

「とりあえず盗撮はやめなさい。お兄ちゃんはキミをそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「では撮影許可をください」
「駄目です」
「お兄様に拒否権はありません。大事な家族の写真を残しておきたいという妹心です」

 そう言って光流はまたカシャカシャとスマホからシャッター音を響かせる。

「俺の肖像権はどこ?」
「この前、部屋に落ちてたのを拾いました」
「そんな肩叩き券みたいなノリで落ちてないからね! というか俺の写真なんか撮ってどうするのよ?」

 そう問うと光流は口元に手を当て、お淑やかに微笑んで見せる。

「ご安心ください。大切な家族の写真を他人に見せたりバラまいたりなんてしませんよ」
「ひかるー、私にも先輩の写真送ってー」
「いいですよー」
「一秒で矛盾するなキミ!」

 一方で琥珀は自分のスマホを操作し、口元に嫌らしい笑みを浮かべていた。

「うわあ、シスコンな先輩の間抜けヅラがよく撮れてるねえ」

 そして彼女はソファーの後ろから乗り出し、俺の顔を覗き込む。

「ねえねえ先輩、もし私も同じように男子からコクられたりしたら、先輩は心配してくれるっすか?」

 まったくこいつは、なんだかんだで構ってちゃんなんだよなあ。

「当たり前だろ。お前も光流も俺の大事な妹分だからな。変な男に騙されてないか見極める必要があるだろ」
「お、おおお」

 俺の答えに琥珀が目を輝かせる。

「もー! もー! 先輩ってばほんとシスコンで後輩コンっすよねー」

 後輩コンってなんだよ、とは突っ込まないでおく。
 琥珀の奴めちゃくちゃ上機嫌だし。
 そこで光流が口を開いた。

「サッカー部のキャプテンの件はご安心ください。『俺と付き合わねー?』みたいな軽いノリをLINEで送ってくるのような人は丁重にお断りさせていただきました」
「そ、そうか。うんうん、それはなにより。そんなヤツ光流に相応しくないもんな」
「うわー、ガチモンのシスコンっすねえ」

 俺が安心してる横で琥珀が呆れているがまあいいとしよう。
 そこで琥珀は光流の方へ疑問を投げかける。

「じゃあさー、光流はどんな男子がタイプなのよ?」
「うーん、そうですね。やっぱり勇気のある人でしょうか」

 勇気か。しかし一体どんな行動をすれば勇気を示せるのか?
 その疑問を琥珀が代弁してくれた。

「具体的にはどんな人なの?」
「例えばですね。学校の屋上で全校生徒に聞こえるように愛を叫ぶとか、勇気あると思いません?」
「なるほど、光流ちゃん好きだー、って叫ぶわけね。そりゃあ確かに勇気いるわ」

 そこで光流は何かに気付いたように眉を顰める。

「いえ、やっぱりそういうことされると私が恥ずかしいので、学校の屋上で二次元嫁への愛を叫んでもらいましょうか」

 なにその罰ゲーム。

「逢坂大河ちゃん好きだー、みたいな感じか」
「そんな感じです。でもそんな人と一緒にいると周りの視線が痛いので、やっぱりお近づきになりたくないですね」

 シミュレーションの中で全校生徒に二次元嫁への愛を叫んだ挙句振られるの可哀想すぎるだろ。
 何だったんだよ今までの会話は。

「うーん、でも屋上で度胸を見せるって言ったらやっぱノーロープバンジーとかが思いつくよね」
「発想が怖いよお前」

 琥珀の呟きに俺が突っ込むと、彼女はこちらに顔を向けて力強く吐き出す。

「安心してください先輩。私、バンバンジーも好きっすから」
「どこらへんに安心ポイントがあるのかわからないんですが!? 言っとくけどバンジーとバンバンジーは名前が似てるだけで一切関係ないよ。野球と野球拳くらい別物だよ」

 そう返すと、琥珀はテレビに視線を向ける。
 そこでは相変わらず高校野球の試合が映し出されていた。

「先輩、その一言で新しい勝負を思いついたっす。野球と野球拳を組み合わせたハイブリッドな勝負、その名も野球野球拳!」
「ネーミングセンスが死んでるんで、もう少し口に出す前にちゃんと考えよう? で、何をやるって?」

 俺の問いかけに後輩は、ふふんと得意気に胸を張る。

「ルールは簡単っす。今テレビでやってるこの試合、どっちが勝つか賭けをするっす」

 ふむ。
 俺はテレビを見る。現在試合は同点で九回を迎えたところだ。
 なるほど、今ならどちらが優勢とも言い難く、公正な賭けになりそうだ。
 そう思っていると、テレビの中のバッターが白球を打ち返した。

『打ったー! 先攻の線香学園、九回表に貴重な勝ち越しタイムリーで一点リードです! これは後攻の航行商業は苦しくなってきました』

 あっ。

「というわけで私は線香学園が勝つ方に賭けるっす。さあ勝負開始っすよ!」
「待ってズルい! それズルいよキミ!」
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