71 / 125
第五章 お泊りに行きたい
#71 ドキドキの限界
しおりを挟む
「えーっと、ところでさ。明日はどうする? 風呂」
空気を変えるようにヒナはそう切り出す。
明日以降も一緒に入浴するのか。さっき一度話題に上がったものの、曖昧なまま流れてしまった。
夜宵の美しい水着姿を明日以降も見れるとなればヒナとしても魅力的な話だが、毎日がこれでは心臓が持たないとも思う。
結局彼は決定権を夜宵に委ねることにしたのだ。
湯船の温度のせいか、顔を赤くしながら夜宵は苦笑いを返す。
「あはは、そうだね。毎日こんなことしてたら怒られちゃうし、ほどほどにしておこっか」
「怒られるって、誰に?」
ヒナの純粋な疑問に、夜宵は少し戸惑いながら答えた。
「それは。えーっと、ヒナの彼女、とか?」
自信無さげな夜宵の言葉にヒナは口を挟む。
「彼女なんていないよ。お前だって知ってるだろ」
ヒナのことをリア充爆殺委員会の会長に祭り上げて、絶対にリア充になっちゃダメなんて念を押してきたクセに何を言うのだろうか?
「じゃあ、未来の彼女とかかな。ほら、水零とか、光流ちゃんとか、琥珀ちゃんとかヒナと仲のいい女の子は沢山いるし」
それは夜宵の本心だった。
ヒナは人気者だ。
今の状況をあの三人に知られたらどう思われるか、正直怖い。
しかしそれを聞いたヒナは納得いかなかった。
「なんでだよ」
何故自分の周りの女の子の名前ばかり挙げておきながら――
「なんで、その中にお前はいないんだよ」
静かな問いかけに夜宵は驚く。
「そ、それはだって。みんな可愛いし、それに比べたら私なんて、陰キャだしコミュ障だし」
「夜宵!」
ヒナは語気を強め、彼女の両肩を掴む。
夜宵は驚いて彼の顔を見つめ返した。
怖いくらいに真剣な瞳が夜宵を捉えていた。
「あの三人のことなんて今は関係ないだろ。俺は、お前と一緒にいるだけで目茶苦茶ドキドキしてるんだよ!」
「えっ」
彼の言葉に夜宵は目を瞠る。
――そうなの?
――ヒナは女の子に慣れてて、私なんかじゃドキドキしないんじゃなかったの?
もはや完全に勢いだった。この場の勢いだけでヒナは大事なことを口にしようとする。
「他の誰よりも俺はお前でドキドキしてるんだよ。俺は、お前のことが――」
「ま、待って!」
彼の言わんとすることを察して夜宵はそれを遮る。
その言葉にヒナは動きを止めた。
夜宵は気まずそうに視線を逸らす。
「待ってよ。まだ、早いから」
その言葉の意味をヒナは知っていた。
一ヶ月前にも彼女から言われたことだ。
夜宵はまだまだ子供で、恋もしたことがないから。
自分が『普通』に追いつくまで待って欲しいと。
「私さ」
「うん」
ヒナから顔を逸らしたまま、夜宵はポツリと呟く。
「コミュ障でさ、引きこもりで、人と会話するのが苦手でさ」
「うん」
「男の子とお付き合いするなんて、まだまだできないんだよ。こんな私じゃ、すぐに愛想を尽かされちゃう」
そんなことない、とヒナは言いたかった。
でもそれはエゴだと思った。
ヒナがどれだけ夜宵のことが好きでも、夜宵は夜宵自身のことが好きになれない。自分に自信が持てない。
それは彼女が自分で解決するしかない問題だ。
夜宵は自分を変えようと頑張り始めたばかりで、まだまだ時間が必要で。
だからそれまで待つ。それが友達としてヒナが守るべき約束だった筈だ。
「ごめん」
ヒナは謝る。あの日、公園で交わした約束を破るところだった。
「ううん、私こそ」
夜宵は首を横に振る。
きっと彼は今、一世一代の勇気を振り絞って愛の告白をしようとした筈だ。
それを止めた。告白すら許さない。自分がそれを受け止める勇気がないばかりに。
彼にはとても酷いことをしてるという自覚がある。
「えっと、その」
夜宵は言い淀む。
なんだか気まずい雰囲気になってしまった。
「先に上がるね」
「あっ、おう。どうぞ」
夜宵の肩を掴んでいたヒナの手が緩む。
彼女は湯船から立ち上がり、浴槽の外へ出た。
水を吸った夜宵の髪が背中に張り付くのをヒナは茫然と眺める。
やがて彼女は脱衣所の扉を開けて、その向こうへと姿を消した。
一人になったヒナは湯船に肩まで浸かりながら、後悔の入り混じった言葉を吐き出す。
「ごめんな。それと」
――大好きだよ。夜宵。
空気を変えるようにヒナはそう切り出す。
明日以降も一緒に入浴するのか。さっき一度話題に上がったものの、曖昧なまま流れてしまった。
夜宵の美しい水着姿を明日以降も見れるとなればヒナとしても魅力的な話だが、毎日がこれでは心臓が持たないとも思う。
結局彼は決定権を夜宵に委ねることにしたのだ。
湯船の温度のせいか、顔を赤くしながら夜宵は苦笑いを返す。
「あはは、そうだね。毎日こんなことしてたら怒られちゃうし、ほどほどにしておこっか」
「怒られるって、誰に?」
ヒナの純粋な疑問に、夜宵は少し戸惑いながら答えた。
「それは。えーっと、ヒナの彼女、とか?」
自信無さげな夜宵の言葉にヒナは口を挟む。
「彼女なんていないよ。お前だって知ってるだろ」
ヒナのことをリア充爆殺委員会の会長に祭り上げて、絶対にリア充になっちゃダメなんて念を押してきたクセに何を言うのだろうか?
「じゃあ、未来の彼女とかかな。ほら、水零とか、光流ちゃんとか、琥珀ちゃんとかヒナと仲のいい女の子は沢山いるし」
それは夜宵の本心だった。
ヒナは人気者だ。
今の状況をあの三人に知られたらどう思われるか、正直怖い。
しかしそれを聞いたヒナは納得いかなかった。
「なんでだよ」
何故自分の周りの女の子の名前ばかり挙げておきながら――
「なんで、その中にお前はいないんだよ」
静かな問いかけに夜宵は驚く。
「そ、それはだって。みんな可愛いし、それに比べたら私なんて、陰キャだしコミュ障だし」
「夜宵!」
ヒナは語気を強め、彼女の両肩を掴む。
夜宵は驚いて彼の顔を見つめ返した。
怖いくらいに真剣な瞳が夜宵を捉えていた。
「あの三人のことなんて今は関係ないだろ。俺は、お前と一緒にいるだけで目茶苦茶ドキドキしてるんだよ!」
「えっ」
彼の言葉に夜宵は目を瞠る。
――そうなの?
――ヒナは女の子に慣れてて、私なんかじゃドキドキしないんじゃなかったの?
もはや完全に勢いだった。この場の勢いだけでヒナは大事なことを口にしようとする。
「他の誰よりも俺はお前でドキドキしてるんだよ。俺は、お前のことが――」
「ま、待って!」
彼の言わんとすることを察して夜宵はそれを遮る。
その言葉にヒナは動きを止めた。
夜宵は気まずそうに視線を逸らす。
「待ってよ。まだ、早いから」
その言葉の意味をヒナは知っていた。
一ヶ月前にも彼女から言われたことだ。
夜宵はまだまだ子供で、恋もしたことがないから。
自分が『普通』に追いつくまで待って欲しいと。
「私さ」
「うん」
ヒナから顔を逸らしたまま、夜宵はポツリと呟く。
「コミュ障でさ、引きこもりで、人と会話するのが苦手でさ」
「うん」
「男の子とお付き合いするなんて、まだまだできないんだよ。こんな私じゃ、すぐに愛想を尽かされちゃう」
そんなことない、とヒナは言いたかった。
でもそれはエゴだと思った。
ヒナがどれだけ夜宵のことが好きでも、夜宵は夜宵自身のことが好きになれない。自分に自信が持てない。
それは彼女が自分で解決するしかない問題だ。
夜宵は自分を変えようと頑張り始めたばかりで、まだまだ時間が必要で。
だからそれまで待つ。それが友達としてヒナが守るべき約束だった筈だ。
「ごめん」
ヒナは謝る。あの日、公園で交わした約束を破るところだった。
「ううん、私こそ」
夜宵は首を横に振る。
きっと彼は今、一世一代の勇気を振り絞って愛の告白をしようとした筈だ。
それを止めた。告白すら許さない。自分がそれを受け止める勇気がないばかりに。
彼にはとても酷いことをしてるという自覚がある。
「えっと、その」
夜宵は言い淀む。
なんだか気まずい雰囲気になってしまった。
「先に上がるね」
「あっ、おう。どうぞ」
夜宵の肩を掴んでいたヒナの手が緩む。
彼女は湯船から立ち上がり、浴槽の外へ出た。
水を吸った夜宵の髪が背中に張り付くのをヒナは茫然と眺める。
やがて彼女は脱衣所の扉を開けて、その向こうへと姿を消した。
一人になったヒナは湯船に肩まで浸かりながら、後悔の入り混じった言葉を吐き出す。
「ごめんな。それと」
――大好きだよ。夜宵。
0
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上京して一人暮らし始めたら、毎日違う美少女が泊まりに来るようになった
さばりん
青春
都内の大学に進学し、春から一人暮らしを始める北の大地からやってきた南大地(みなみだいち)は、上京後、幼馴染・隣人・大学の先輩など様々な人に出会う。
そして、気が付けば毎日自分の家に美少女が毎日泊まりに来るようになっていた!?
※この作品は、カクヨムで『日替わり寝泊りフレンド』として投稿しているものの改変版ですが、内容は途中から大きく異なります。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる